Lightnews — Scholar-powered news

たかな

@kanabook925.bsky.social

2/2
手直ししたのは主にギャル。令和のギャルに口調を変えましたw

＊
　――イブ当日
　しのぶはプレゼントの紙袋を抱えて、待ち合わせ場所に向かっていた。
　紙袋の中には赤い手編みのセーター。ど真ん中に鬼童磨の生首が描かれている。肩のあたりは黒い血垂れ模様。ちゃんと恥を晒せるよう『Ｄ☆ＵＭＡ』と名入れもした。一瞬浮かんだ『Ｙｏｕ（くたばれ）　Ｂａｓｔａｒｄ（くそやろう）』はさすがに止めておいた。悪意が強過ぎるのはよろしくない。善意でダサい。ギリギリアウト。狙うはこのあたりである。
　一二月も終わりというのに、今日は季節はずれの暖かさでコートもいらないほどだった。温暖化は深刻だが、今回に限っては天の恵みだ。逃げられないよう、童磨にはプレゼントを身につけてデートしたいと伝えてあるのだ。律儀に着ればせっかくのイブが黒歴史だし、断ればこちらが振る口実になる。どちらに転んでも構わない。
　この日の為にひと編みひと編み想い（）を込めたセーター……

「……しっかり役目を果たしてくださいね」
　紙袋を見つめ、思わず悪い笑みをする美少女。
　と、すれ違う人の話し声が耳に入った。
「ねー、あの子がＳＨＩＮＯＢＵじゃない？」
「ほんとだ。すごい『ＳＨＩＮＯＢＵ』」
　……何でしょう？　待ち合わせ場所に近付くにつれ、周りの人がチラチラとこちらを見ている気がする。首を傾げながら先を急いだ。
　そしてその謎はすぐに解けることになる。
「なっなっなっ……！？　何ですか、アレ！？」
　待ち合わせ場所には、薄紫色のセーターとブラウン系のサングラスをクールに着こなすモデル並みの男がいた。セーターには蟲柱・胡蝶しのぶの顔と日輪刀の切っ先が器用に描かれている。毒を表してるのか切っ先からは一段濃い紫で飛沫模様まであった。芸が細かい。
　そして極めつけが『Ｉ　♡　ＳＨＩＮ♡ＢＵ』。

「あっ、ＳＨＩＮＯＢＵだ」
「え、ガチ双子なんだけど！　ジワる～。ストーリー上げよ」
「ぎゃ――！！　ダメですっっ！　肖像権っ！　訴えますからね！」
　ギャルを全力で制止し、童磨の元に向かった。
「おまっ、お前はっ！　なんてもの着てるんですかっ！」
「あっ、しのぶちゃーん♡ほらほら見てぇ、クリスマスだからダサセーター着てみたよ。でも、愛情はたっぷり込めたんだぁ♡」
　サングラスを外すとクールな印象がガラリと変わり、人懐っこい虹色の瞳が現れる。その蕩けるような一途な笑顔に「ギャップやば！」という声が上がった。周囲がざわつく。無論、好意的にだ。
「人を巻き込むなっ！　……ってお前、記憶が……！？」
「あ、こないだの鍋のとき思い出してくれてたよねぇ。嬉しかったよ♡」
「こんの糞野郎～～～！！」
　つまり、とぼけたフリしてずっと記憶があったのだ！

ギリギリと睨んでいると、パッと手の中の紙袋を奪われてしまった。
「あっ、それは……！」
「うわぁ、以心伝心だね！　俺のセーター作ってくれたんだぁ♡」
　取り返そうとするも難なくかわされる。
「うーん、でも俺はもう着ちゃってるからなぁ」
　芝居がかった様子で空を仰ぎ、すぐにパチーンと指を鳴らした。
「あっ、そうか！　君が着ればいいんだよ！　ペ・ア・ル・ッ・ク♡」
　ガシッとしのぶの細い両肩を掴まれた。有無を言わさぬ笑顔。
「……ひっ！？」
　助けを求めて周りを見ても微笑ましく眺めるだけ。そして悪いことに、今日のしのぶはコートなしのパンツスタイルだった。なぜなら季節はずれの暖かさだったから。寒くなる（ゆうはん）前に帰る予定だったから。スカート姿なんて見せたくなかったから！
「ほーら、ビッグシルエットも可愛いよ～」

December 2, 2025 at 11:28 AM

本城あきら

@akirahonjo.bsky.social

(2/2)

その後の審神者の消息を知らないが、全ての刀を手放して歴防本部を辞した以上、鶴丸を憶えてはいまい。機密事項の多いこの仕事は、退職時に記憶が処理されることになっている。
髭切は、自分から尋ねたくせに聞いているのかいないのか、ふうんと気のない相槌を打った。
「国永の煙草は主の影響？」
「なんでそうなる」
「紙巻吸ってる男士って割と珍しいし、吸い慣れてるくせに全然おいしそうじゃあないからねえ」
そう言われて、鶴丸は髭切から目を逸らした。確かに嗜好品としては葉を刻んで煙管でふかす方が主流だ。人向けに作られた煙草は刀剣男士には雑味が強く、肺を汚すにも刺激に欠ける。
煙を吸い込む時間の分だけ、赤く光る先端を見つめて考える。
鶴丸はふっと煙の混ざった息を吐いた。
「……刀の焼入れの温度って知ってるか？」
「知らない」
「大慶に聞いた話だと、刃文を焼く時の温度がだいたい800度らしい。で、吸ってる時の煙管の先が同じくらい、紙巻だともう100度近く熱くなるそうなんだが」
鶴丸は煙草を持つ手を眺めた。素肌の出る人差し指と、指先まで手袋に覆われた中指。硬い掌底が一寸と少し露出する。その手の形。戦うために生まれた体の形を。
「それだけの熱が手の内にあれば、何か変われるんじゃないかと思ったんだよな。自分で自分を打ち直すような、何かが」
鶴丸は目を閉じて、煙を胸の奥深くまで吸い込む。髭切も目を閉じて聞いていた。
「うん、いい話だね。それで本当の理由は？」
そして目を開くと笑顔で切って捨てる。文字通り煙に巻かれてはくれないらしい。

鶴丸は襟足の後毛を撫で、もう一呼吸分だけ時間を置いた。これだから苦手なのだと大きく息を吐き出せば、己の体から出る煙が視界を少し曇らせる。
「……主が吸ってたんだよ」
「おや、図星だったのかい？馬鹿みたいだね」
「だろ」
鶴丸は短く自嘲した。吸い始めた理由ではなく、それを伏せようとしたことの方だ。
髭切も笑って、鶴丸に手を差し出した。
「一本ちょうだい。僕も吸ってみたい」
「残念だな。今吸ってるのが最後だぜ」
空になったパッケージを見せた後、フィルターぎりぎりまできっちり吸い切ってからねじ消した。髭切は唇を尖らせる。
「けち」
「何言われたって無い袖が振れるもんか。欲しけりゃ自分で買ってこい」
「ええ？ちゃんとお返しもあるのになあ」
そう言うと、髭切はアルミ箔が圧着されたプラスチックの小瓶を二つ取り出した。乳酸菌飲料のやわらかい橙色が揺れている。
「さっき自販機で買ったら二つ出てきちゃってねえ、片方あげるよ」
「これはもとから二個口売りの奴だろう。いらないなら弟にでもくれてやれ」
「弟にあげるには数が足りないからさ」
髭切は赤い蓋を大雑把に剥がし、瓶の口を軽く咥えて傾けた。
「博愛主義だな」
彼の弟である膝丸は引継係の中にさえ、七口もいる。彼らが内々でどう折り合いをつけているのかは知らないが、兄たる髭切が一振りだけを贔屓するわけにもいかない事情はわかる。
「どの弟も、たったひとりの僕の弟だからねえ。大事にしたいんだよ」

半分ほど中身の減った瓶を手に、髭切は目元に慈愛を滲ませた。それを見ていると口の中がやたらと苦く感じて、その分、瓶の中身が魅力的に映る。
鶴丸は目の前に置かれた瓶に手を伸ばした。
「そう言うことなら貰っとく」
「うん。どうぞ」
髭切は残りの中身を飲み干して、よいしょと立ち上がる。数歩歩いてから、ああそうだ、と声を上げた。
「思い出した。今日の八つ時にね、係長代理があの子のお見舞いに行くそうだよ。ばらばらに行っても迷惑だろうから一緒にどうかって。それを言いに来たんだった」
鶴丸の方を振り向いてそれだけ言うと、髭切は来た時と同じように屋上のへりから階下へ降りて行った。
その背中を見送って、鶴丸は残された飲料のアルミの蓋に爪を立てる。若干の逡巡ののち、一息で干した。
「……甘いなァ」
軽く頼りない小瓶を手のひらに包んで、低く呟く。後ろ髪を手で梳くと、季節外れの桜がひとひら、誰にも知られず舞い落ちた。

November 29, 2025 at 10:09 AM

🦋

@xonrriraa.bsky.social

ただ、誰かが自分のために何かしてくれる、という事実の扱い方が分からないだけだ。

川瀨は目を上げ、冷たく見える視線で玉森をひと睨みした。

「……もういい。行くぞ。」

玉森はぱちぱち瞬きをし、あわてて歩調を合わせながら、少しだけ間の抜けた笑みを浮かべた。
本人はきっと、自分がどれほど間抜けに見えるか気づいていない。

川瀨は横目でそれを見た。
耳の先が夜風に染まるように赤くなっているのを、自分でも誤魔化せない。

電車の扉が閉まり、音が二人を置き去りにする。

今夜の街は驚くほど静かで――
川瀨でさえ思う。

――今夜は、やけに長い。
このまま、終わらなければいい。

November 27, 2025 at 7:43 AM

maco

@sheissummer.bsky.social

なんてことない、今日の夢の話

不思議な夢を見た

家族でご飯を食べて帰る途中、ふとじいちゃんが『赤く実った南天の枝を買ってきて欲しい』って言ったんだ

妹と弟と3人で買いに行ったんだけどある神社に差し掛かったところから急に靄がかかり、小雨が降り出した

『早く帰らなきゃね』僕がそう言うと妹と弟が先を急ごうと重ねた
僕らは車も走るような大きなトンネルを抜けて、外に出た
曲がり角を曲がったらいつも買いにくる花屋さんだ

しかし花屋さんはそこには無かった
いつもと違う山道のような光景が広がり、何重にも下に同じような道路が見えた
『道間違えちゃったかなあ』と僕が言うと、妹たちがアッと声を上げた
手には南天の枝があった

じゃあとりあえずミッションは達成したことだし帰ろうか、なんて言ったところおあつらえ向きに遠くに駅が見えた

よし、電車に乗って帰ればすぐ着くね
3人の意見が一致した
山を降り（山なんてあるような地域じゃないが）、くねくねした道を進んだ
見たこともないようなブロック塀があったのに携帯の電源は切れていた

チクショウ、勿体無いチャンスだったのに

なんて言っていたら駅に着いた

駅の名前は『行違』となっていた

見たこともなかった

僕らは慌てて路線図を見た

知らない路線の名前だった
ひとつも知っている駅なんてなかった
真ん中には
『すべてのにんげんのみなもと』
『みなさんおかえりなさい』と書かれていた
なんだこれ、まるでパラレルワールドじゃないか

僕らが落胆していたところ
妹がアッと声をあげた
全路線図を見たら『山手線』との表記があった

これなら知っている電車だ！
乗り換えできる駅まで行こう！
そう僕らは心躍らせた

しかし山手線も僕らの知ってる駅はひとつもなかった

『もしかしたらこちらの言葉ではこう言う表記をするのかな？』と僕が言うと、いつも冷静な弟が言った
『さすがにおかしい、電車に乗るのは危険だよ』

わかった、と僕らは頷き、今まで来た道を引き返すことになった

確かあの時、神社あたりからおかしくなったんだ
神社まで戻ろう、どこかに手がかりがあるはず

雨が激しくなってきた

霧も立ち込めているせいで視界が悪く、気温がグッと下がってきた
もう夜だ

ない
ない、ない
どこにもない、来た道を歩んでいるはずなのに
僕らの来た道が壁になっていた

行き場を失った僕らは寒さを凌ぐため、近くで見つけたコンクリート製の空き家で雨宿りをした

壁には誰かの落書きでこう書いてあった
（だあれもでれないよ　いっしょにいよう）
（こんなところにこなかったらよかったのに）
（あそぼうあそぼうあそぼうあそぼう）

妹はもう限界だった
涙を流しながら、もうこの世界から出られないのかもと言った

弟は項垂れていた
そうかも知れないと思っていた、来た道と思っていたところは壁になっていたからだ

もう二度と家族に会えないのかと思った

その時、手に持っていた南天が

（ここで記憶は現世に戻る）

November 20, 2025 at 5:33 AM

とかげ🦎

@tkg-in-night.bsky.social

（4/4）
サンプル終わり！

新郎新婦が魔法士であるならなおさらね。ウツボ役の妨害が激しければ激しいほど、愛の証明に相応しいですから。招待客もみんな喜びます」
「それなら、ナイトレイブンカレッジＯＢは誰にでも適性がありそうだが……」
　まだ、自分を選出した動機としては納得いくものではない。
「それに、トレイさんはすでにエタニティ・フロートの詳細をご存知でしょう」
「確かに、俺はリドルから聞いた」
　八年も前のことだ。まだナイトレイブンカレッジの三年生だった頃、リドルが突然の外泊を陽光の国から訴えてきて、心底驚いたものだ。ジェイドの口車に乗せられて群青の街での滞在を余儀なくされたとぼやいていたが、その言葉とは裏腹に、帰ってきたリドルの表情は実に晴れやかで、彼にとって特別な経験になったのだろうとトレイは嬉しくも思った。
　しかし、それならばなおのこと、ウツボ役は自分よりもリドルの方が適任に思える。
「答えになっていないな。リドルに任せなかった理由はなんだ？」
　ジェイドが自身のスマートフォンをすっとテーブルに差し出した。傷ひとつない画面が光って表示されたのは、マジカメのフィードだった。よく見慣れた、モストロ・グループのアカウント。長い指先がその液晶画面をトントンと叩く。少しラグがあって、一人の女性のアイコンがぱっと映し出された。一目で分かる、絶世の美人だ。フォロワーが一三〇万人もいる。
「明日、僕が式を挙げる相手です」

ドクリと心臓が大きく唸って、眩暈がした。
　トレイはこの人を知っている。招待状に記載された名前で検索をかけたとき、いちばん最初にヒットしたファッションモデルだ。あまりに世間離れしすぎていて、ジェイドの婚約者候補としてまったく想定していなかった。
「彼女は熱狂的なファンを多く抱えているので、式について事前に部外者に察知されたり、セレモニーの前に無用な野次馬を集めたりしたくなかったんです」
　ジェイドが彼女の最新の写真をぱらぱらとスワイプで示しながら語った。有名な雑誌の表紙の撮影、企業のＰＲ、有名アーティストとの誕生日会のプライベートな写真、ランニングする姿。
　規格が違いすぎる。何ひとつ敵うものを自分は持ち合わせていない。そんな思考が頭の隅をよぎって、トレイは自分に苦笑した。これまで散々ジェイドから遠ざかっておいて、今さら何を勝手に張り合っているというんだ。
「……有名人だな」
「おや、ご存知でしたか？」
「いいや。フォロワー数が多いから。正直、ジェイドの相手がこんな有名人だなんて思ってなかったよ。すごいな」
「ふふっ。恥ずかしながら、彼女の元に通い詰めて必死に口説きましたよ。イエスをいただくのに一年もかかってしまいました」
　絶世の美人。有名なモデル。インフルエンサー。……ジェイドが長い時間をかけて求婚した相手。明日、ジェイドはこの美しい女性と結婚式を挙げる。終わっている。そうだ、とっくの昔に終わっているはずの恋だ。始まってすらいないのだから。

「……ジェイドからアプローチしたのか」
　こういうとき、傷付くとわかっているのに詳細を掘り下げてしまうのは、体に馴染んだ癖のようなものだ。
　ジェイドはふい、と港に視線を投げると、遠い記憶を思い出すかのように、目を細めた。
「そうですね。出会ったのはヴィルさんのパーティーで、その日は連絡先を交換して終わったんですが、時間が経つほど、彼女のイメージが鮮明になっていって。……彼女以外には、考えられなくなっていたんです」
　その横顔にゆるやかな笑みが灯るのを見て、トレイは確信する。
　ああ、本当に恋をしているんだ、こいつは。
　テラス席に響く港の喧騒が、急に遠ざかって聞こえた。耳鳴りがする。自分だけが深い孤独の海に落とされたかのように体が冷え、うまく笑顔を取り繕うことができなかった。
　沈黙が流れたのでふと顔を上げると、それまでこちらを揶揄うような笑みを浮かべていたジェイドの瞳が、すっと温度を下げていた。
「……本音を言うと、口の固さを信用して、あなたをご招待しました」
「俺の？」
「トレイさんは、僕の秘密を誰にも明かさなかったようなので」
　ジェイドが視線を外したが、トレイは彼の横顔のラインから目を離さなかった。
　自分が抱えているジェイドの秘密なんて、ひとつしか思い当たらない。彼のユニーク魔法についてのことだ。
「それは……」

「おや、トレイさん。ボートの準備ができたようですよ」
　あからさまに会話を遮って、ジェイドがパッと顔を上げ、桟橋の方を指差した。船乗りが木製の手漕ぎボートを係留している。太陽が傾いて、パラソルより低い位置から熱くて赤い光が差し込んできていた。
「この季節は夕陽が眩しいですね。さ、行きましょう」
　ジェイドが立ち上がったので、トレイも誘われるままに席を立ち、彼の隣に並んだ。

本文終わり

November 16, 2025 at 10:06 AM

猫空鎖

@nekozorachain.bsky.social

文庫メーカーさんの新機能で文章ごとにフォントや色が変えられるようになったので何かそういう視覚的な強調を活かした話書きたいなーと思いつつ、『伴天連怪談』最新話の悪魔祓いシーン格好良かったな・・・の気持ちの魔合体。

文庫メーカーで文章を画像化したものです。以下、書いてある文章です。

****

「聞け。｜彼《か》の身を苦しめるものよ」
　男声でもなく女声でもない声。己の喉から発している音だというのに本当に自分の声かと耳を疑いたくなる。
　赤く充血した白目の中で際立つ白い虹彩。相手が見たものを瞳を通して盗み見る。崩れた家屋。折り重なる死体。捨て置かれた祭壇。緩やかに煙を上げる線香。
「去れ。ここにお前を信ずるものはいない」
　途切れた祈りに惑った｜それ《圏》は、一番近くにいた目撃者に取り憑いた。獣じみた声は必死に何かを訴えているのだろう。けど、耳を貸す資格も同情も自分には無い。
「返せ。この人はお前のものではない」
　声に込める｜圧《圏》を強めれば、喉の奥から溢れた血の味が口の中に広がる。
「……俺のものだ」
　｜閃光弾《スタングレネード》の衝撃音と金属が擦れる金切り音と、その他諸々が混ざったような嫌な音が一瞬の内に弾けて、そして消えた。煩わしい耳鳴りを頭を振って払い、努めて口角を上げる。

(二枚目に続く)

(一枚目の続き)

「旦那ー？聞こえてるー？そろそろ起ーきてー」
　短く刈り込まれたごま塩頭を両手で撫で回していると、のろのろと上がってきた手がそれを振り払った。
「……なかなか熱烈な告白が聞こえた気がするんだが」
「えー？旦那、俺の愛の言葉めちゃくちゃ軽いの知ってるでしょーが」
　きゃは、と笑うと白い目が訝しげに細められて、呆れたように伏せられた。
「そうか。それは騙されたな」
「演技賞もんでしょ」
「あぁ。見事なものだ」
　仕事に戻ろう、と立ち上がった相手の足下で影が不自然に揺れた。
「…………だーめ♡」
　さり気なく、その揺れる影を踏みつける。
「旦那の末路は、俺のものなの」
　お前みたいなやつにはあーげない。断末魔すら許さぬように踏み締める。今度こそ完全に消え去ったそれに、にこりと笑った。

November 3, 2025 at 6:37 AM

成底ない(ちどり屋)

@chidorinarisoko.bsky.social

いつか紡がれる物語①

その②

「おじいちゃん、本当に言っているの？　だって……」
「神官学校の推薦状は、中級以上の神官の推薦状があればいい。わしはそれを書いてやれる。十五歳になったのなら、入学の年齢としても十分だ」
テルハが頷きながら、アイルの肩に優しく手を置いた。
「アイル、お前であれば立派な神官になれる。このテルハ神官が保証しよう」
「だって、でもお金とか……僕は稼いでもないし、孤児の僕をここまで育ててくれただけでもありがたいのに、これ以上はお願いできないよ」
「そんなことを心配していたのか。仕方のないやつだな」
テルハが、ゆっくりアイルを抱き寄せ、背中に手を回した。
「のう、アイル。村の者たちがお前にこんなに誕生日の贈り物をしてくれたのだ。お前の日々の様子を見て、お前の成長を見てくれてのことだよ。誰も示し合わせたわけじゃない。お前の成長は、皆の楽しみだ。それにな、アイル」
「何？」
「孤児だなどと自分を卑下しなくてもいい。お前は、私の大事な孫の一人だよ。お前を見つけて育てると決めたときからな。だからそんな寂しいことを言わないでおくれ」
テルハがアイルの背中を、子どもをあやすようにトントンと撫でる。
「アイル、お金なら心配しなくていい。村の皆がな、アイルが神官学校に行くならお金を少しずつ出し合おうと言ってくれている」
「そんな、だって！」
アイルが、いつの間にか涙でじゃぐじゃになった顔を上げた。その顔を見て、テルハが笑いながら手ぬぐいでアイルの顔を拭った。
「だからの、アイル。この果ての村での三人目の上級

神官になっておくれ。それが村の皆の願いだよ」
　鼻水の流れている鼻をきゅっとつまむと、ふぎゅっとアイルは声を上げた。
「何も心配せずともよい。民と王家のために心血を注ぎなさい。さ、昼ご飯だ」
そう言うと、テルハが食卓の椅子に座った。台所でこっそりと様子をうかがってたナラが、とっと出てきて、アイルに飛びついた。
「アイル、神官学校に行っても、たまにはちゃんと帰ってきてね」
ナラがアイルの胸に顔を埋めて言った。
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
アイルがナラを抱きしめ返して言った。
「ほら、ご飯が冷めちゃうから。早く食べちゃお！」
ナラがアイルから離れる。その目尻は、少し赤くなっていた。三人は、時折鼻水をすすりながら、昼食を一緒に食べた。
　アイルは昼食後、村の入り口に繋がる道の草刈り、そして結界の見直しをしに行く。村の入り口には、魔物が入って来ないように結界が張られている。石柱の上に、様々な色に刻々と変化する炎がある。胸の前で手を組んで魔除け用の祈りを唱えると、炎は大きく揺らめいた。結界は十分に機能しているようだ。
　草刈り用の大鎌を持ち、南の森に入っていく。湿度の高い森の中は、村へと続く石畳の道以外は、どっぷりと重い泥状の地面がうっそうとした森を形作っている。
　石畳の周りに生えてきた草を払いながら刈っていく。村から離れれば、魔物がいつ出てきてもおかしくない。腰に下げた剣をできるだけ使わなければいいな、そう思いながら草を刈っていく。時折、背後に魔物の気配がないか、獣が襲ってこないかを確認していく。
　石畳の向こうから、かすかな物音がする。アイルは手を止め、音のした方を向くと、腰を落として目を細

めた。
　魔物か、獣か、それとも盗賊の類いかもしれない。石畳の先から、白い装束の人物が歩いてきているのが見えた。
「ジェイド！」
　アイルは思わず叫んだ。ジェイドと呼ばれた人物は、手を軽く上げてアイルに挨拶をした。「やあ、アイル。見ないうちに随分大きくなったな」
神官服の上にマントをつけ、旅装束に身を包んでいたジェイドは、背中に布で包まれた細長い棒を背負っていた。ナラの実の兄であり、果ての村出身の、上級神官である。

October 26, 2025 at 11:48 AM

シェル紫

@10000byakuren.bsky.social

用端末を取り出した。
　皇紀が戻ると、彼女はスマートフォン片手にノートPCを扱っていた。途端に眉間に皺が寄る。
「……おい、ここが何の店か忘れたのか」
「すみません、緊急で修正の案件が入って……今、確認し終えたので大丈夫です」
　PCを閉じてスマートフォンと共にバッグにしまう。忙しいというのは本当らしい。
「お料理とお酒と会話を楽しむラウンジなのに、個人的なお仕事を持ち込んですみませんでした」
「……」
　今日の彼女は謝ってばかり。皇紀は申し訳なさそうにしている彼女に興味はなかった。それよりも大事なことがこの手の中にある。半分ほどに減ったナッツの皿を引いて、代わりに一皿置いた。エージェントが意外性に瞬きする。
「これは……サンドウィッチ？」
「猪肉だ」

「メイン、サンドウィッチなんですか……？」
　そんなことある？とメニューを見ようとした時、もう一皿が出された。
「あとは、パンプキンスープ」
「十月ですからね！美味しそう」
「冷めない内に喰え」
「はい！いただきます！」
　エージェントはまず温かそうなスープをいただく。
「美味しい……優しいまろやかさ」
「牛乳の類いは使ってねぇ」
「それなのにこんなにミルキーなんですか。かぼちゃそのものが甘いのかな」
「そういうタイプを仕入れた」
「なるほど……あったまります。サンドウィッチもいただきますね」
　ひとつつまんでもぐっと齧る。皇紀が想定していた通りの一口の大きさだった。
「ん……お肉の存在感が強い。粒マスタードが良いアクセントですね」
「手前が粒マスタード、奥がピクルスで味付けをしている」

ひとつ目のサンドウィッチを食べ終え、奥のピクルス味に手を伸ばす。それにも齧りついて、オニオンピクルス特有の酸味を楽しみつつも肉の味を確かめた。皇紀が持ってきたレモン水を間に挟む。
「お前、仕事が残ってるってわかっててアルコール頼んだのか」
「一杯だけなら酔わない、つもりですから！」
「……」
　得意げに胸を張る彼女をじっと見る。赤い両の目に据えられると、気まずくなったのか自動的に白状し始めた。
「病み上がり二週間後、そろそろ宗雲さんの選んだ美味しいワインが飲みたかったんです……」
「『ウィズダム』で隠し事が出来ると思うな」
「そうでした」
　ふふっと笑ってもう一口齧る。他の三人が見ればあまりにも可愛らしい尋問に唖然とするかもしれない、それほどまでに何もしない、まるで尋問ごっこ。
　そんなことにも気づかないエージェントは、笑った後に「あ」と何かに気づい

た。
「……クリームチーズ？ちょっと入ってるんですか？」
「正解だ」
「本当に？やった！」
　手放しで喜ぶ彼女に皇紀は薄っすらと口角を上げた。こうしてサンドウィッチ四つとスープ、ナッツを完食したエージェントは笑顔で帰って行った。
　ウィズダム営業終わり、彼らはエージェントの訪問の件を共有した。
「それで、何も言わずに帰しちゃったの？そのお客さん浄の担当だよね？あとで話せるよ～って教えてあげればよかったのに」
「……」
「お前の魚料理が美味しかったって褒めていたレディだったはずだけどね」
「そいつが探していた女だったかどうかまでは知らねぇ」
　皇紀のいつも通りの対応に颯と浄がクレームを入れる。やれやれと浄がクラスリーダーを見た。
「……どうする、宗雲？」

October 22, 2025 at 2:57 PM

らも

@ramokamo.bsky.social

は入らないように言っていたはずだけど」
「さあ、突然顔が見たくなって？」
「あまりこの状況でふざけない方がいい」
「そう、ムカついた？ムカついたらアンタはオレを殺す？」
沈黙。
「今殺してくれれば、あの人と同じ景色が見られるかもな││」
「もういい」
言い終わるか終わらないか、烏有の耳の奥からめりめりと音がした。実際にはそれは舌先からの音で、骨と粘膜を伝って烏有の鼓膜を震わせているのだった。
「きみの話を聞いていても分からない。行動に移した動機を聞いているのにはぐらかされても正直気分が悪い、不可解だ。そういうものだと納得できればいいんだけど、それはぼくにとって失望になるらしい。失望するような相手と仕事はしたくない」
烏有の身体が痙攣し、弓なりに反る。飯豊の声と肉の千切れる音が同時に聞こえて、口内が熱くて、寒かった。感じるものは痛みと声と温度、ただそれだけで、

握りしめたシーツが硬いのか柔らかいのか、自分が声を上げているのか黙りこくっているのか、息をしているのかどうかも烏有にはよく分からなかった。生理的な涙が頬を伝い、飯豊の左手の指を濡らす。飯豊もまた、この世に存在する体温というものはこれだけだと言わんばかりの目で、涙に濡れて冷えていく指を見ていた。
「次腑抜けたやり方をしたらこの舌の根ごと引きちぎるからね」
烏有がごくん、と喉を鳴らす。ほのかな塩味となまぐさいぬくもりで、かれには自身の口内に溢れる液体が赤い色をしているのだと分かった。飲み込んだそばから止まることなく溢れ出てくる液体を喉に沁み込ませながら、呼吸を求めて何度も何度も飲み下す。吐き出そうとしても、飯豊の手のひらが烏有の鼻や口の穴をすっかり覆ってしまっていたから、烏有が溺れてしまわないようにする方法は一つしかなかった。ごくり、ごくり、振動を感じているうちに、烏有の目の前がぼんやりとしてきた。舌先以上に頭が痛む。脈打つように規則的に、頭蓋が破裂しそうな錯覚を覚える。投げかけたい言葉は、烏有の中でぐるぐると、逆流する血潮とともに体内を巡って、そうして飯豊の鼓膜を震わすことなく、腹の内に残っ

たまま。烏有はゆっくりと瞼を下した。
　飯豊は、烏有の喉が嚥下をやめたのを確認した後、滑らすようにかれの口から手を離した。嘆息の音が室内に落ちる。手のひらを除菌シートで軽く拭いて、そのまま烏有の口元も拭う。シーツに血が付いていないことを確認し、使い終わったシートをゴミ箱に放り込んだ。俄かに振り上げた腕をぴたりと止め、窓の外のつまらない景色をただ茫然と見ているように、やや脱力気味に伸ばされた腕の先までを眺める。緩慢な動作で肘を曲げ、手首を返して自身の手のひらをのぞき込んだ。こびりついていた血の跡はすっかり拭き取られ、皮膚は少し乾燥している。ついさっきまでの、小さな金属球をつまんでいた感触がまだ残っている。分厚い肉の抵抗があったことを覚えていて、飯豊の指先が震えた。ゆるくこぶしを握り、首を左右に数度傾けながら、なおも眺める。梟のように静かな瞳から放たれる視線はかれの手の向こう、どこか遠くの景色をとらえようとするように揺らいでいた。

October 14, 2025 at 12:41 PM

真朱(まそほ)

@masoho11.bsky.social

2/2

を出し、ちいライナとちいメディを両手に乗せて挨拶をする。
「初めまして、キュレネよ」
「私はキャストリスです、よろしくお願いします」
「ヒアンシーと言います、この子はイカルンって言うんですよ」
「プルッ、プルルッ」
　キュレネとキャストリスとヒアンシーとイカルンの挨拶に、ちいライナとちいメディはこくりと頷いて互いに手を握り合って三人と一匹を見上げた。
「ちいノン様とちいモス様とは違って、大人しい性格なのですね」
「耳と尻尾が猫、だからでしょうか？」
　キャストリスはちいメディに人差し指をゆっくり近付け、その指先に抱き付かれるとはわはわしながらキュレネとヒアンシーを交互に見る。
「キャストリスが優しいの、ちいメディはすぐに分かったのね。　ちいライナも警戒していないもの」
「キャスたん、中指も伸ばしたらちいライナ様も抱き付くと思いますよ」
「えっ、こ、こう、ですか？　はっ、はわはわわ…っ」
　中指にちいライナが抱き付いてキャストリスは更にはわはわし、そんな彼女を微笑ましくキュレネとヒアンシーは見つめていた。
「お待たせ、お茶とクッキーだよ」
　ファイノンは三人分のお茶とクッキーを持って来てテーブルに置き、モーディスが自分とファイノンのお茶とちい達の飲み物とクッキーを盛った皿を乗せた盆を持って来た。
「食器を更に持って来てくれて、助かる」
「実は、まだまだいっぱいあるんです。　今度は全部持って来るので、ちいちゃん達の好みの物を貰ってください」
　ヒアンシーの言葉にモーディスは「ああ、感謝する」

と言ってテーブルに盆を置くと、胸の谷間に挟まるちいノンとちいモスに手を差し出して移動させ、テーブルの上に降ろす。
「ちいライナとちいメディも、お茶とおやつにしようね」
　キュレネも掌をテーブルの上に移動させると、ちいライナはちいメディの手を取り歩いてテーブルの上に移動し、モーディスの元に移動するとテーブルの上に乗せられた手に二体ともしがみ付いた。
「あら、モーディスママがいいのね」
　ほっこり見つめながらキュレネは言い、ファイノンが淹れた茶を飲む。
「すまないが、ちいノンとちいモスにクッキーを食べさせてやってくれ」
　モーディスはそう言って、キュレネとキャストリスとヒアンシーを見上げて誰が食べさせてくれるのかと、目と表情で訴えるちいノンとちいモスを見て苦笑し、ファイノンはちいライナにおやつのクッキーが乗った皿を差し出し、ちいライナが一枚手に取り一口齧ってからちいメディに差し出すのを見て微笑んだ。
「メデイモス、この子達も求愛給餌をするよ」
「ああ、そうだな」
　ちいノンとちいモスもしていた求愛給餌を微笑ましく見つめ、ファイノンはモーディスが差し出したクッキーを口に含む。
「あら、貴方達も求愛給餌をするのね」
「違うぞ、これはファイノンの胃袋を掴んでいる」
「求愛給餌と、どう違うの？」
「俺の料理を食べないと生きていられない、そんな風にに依存させようと思っている」
　モーディスの言葉にファイノンはギョッとし、キュレネは笑い、ヒアンシーは苦笑して、キャストリスはちいノンとちいモスにクッキーをあげていた。
「ちい達が出現するまでは、本気でそう考えていた。

俺に依存し執着するようになればいいと、な」
「今はそうじゃないの？」
「結婚を見据えた恋人になったから、愛し愛されようと思っている」
「メ、メデイモス……」
　ファイノンは恥ずかしがり、そんな彼を見上げ微笑んだモーディスはちいメディにクッキーを手渡す。
「俺の全てでお前を愛してやろう、ファイノン」
「……メデイモスが、漢前過ぎる」
　真っ赤な顔を両手で顔を覆い、ファイノンはそうポツリと呟いた。
「俺のファイノンは初心だな、そこもまた愛でるに値する」
「モーディス、あんまりファイノンを揶揄うのは駄目よ？」
「揶揄ってなどいない、本心だ」
「ファイノン様、モーディス様に凄く愛されていますね」
　ヒアンシーの言葉がトドメとなりファイノンはゴンッとテーブルに額を打ちうけ、それに驚いたちい達が慌てて彼の頭に駆け寄ると、ちいノンとちいモスは白髪を両手で撫で、ちいライナとちいメディは髪にすりすりと全身を擦り付ける。
「パパが心配なのね、本当に可愛いわ」
　キュレネはくすくすと笑い、キャストリスとヒアンシーは頷いて心温まる光景にほっこりしながら微笑んだ。

「ファイノン」
　ちい達を取っ手付きの籠のベッドに寝かせたモーディスは、先にベッドに横になっていたファイノンの名を呼び、ベッドに乗り上げ座る。

「メデイモス？」
　何かあったのかとモーディスの名を呼んだファイノンは、左手を取られて豊満過ぎる乳房に押し当てられて瞠目し、上体を跳ね起こした。
「……しないのか？」
「ええと、もう少し清い関係でいたいと言うか……君ともっと恋人のあれこれをして、関係を深めたい」
　顔を赤くし狼狽えながらも、しっかりとそう言ったファイノンにモーディスは微笑み、彼に抱き付いて押し倒す。
「お前は本当に、いい男だ……他の者に取られないよう、俺のものだと印を付けておかないと安心出来んな」
「君以外と恋愛したいと、結婚したいと思わないから、安心して」
「本当に、いい男だ」
「惚れ直した？」
　モーディスはファイノンにキスをし、顔を上げて妖艶に微笑んだ。
「ああ、惚れ直した」
　そう言って深いキスをして来たモーディスの背中に腕を回し、ファイノンは今晩眠れるかの心配をしながら肌理細やかな背中を撫でた。

　翌朝、ちいが更に出現していない事に安堵したファイノンとモーディスは、今日は何をしようかとベッドに寝たままで話し合い、会話の途中でキスをし合ってはにかみ笑いながら、ちい達が起きる前にとベッドを降りて身支度をして朝食を共に作るのであった。

October 2, 2025 at 7:44 PM

とりいとうか

@gearfoxoo.bsky.social

【TKaH】血のカーニバルの話、あるいは陽キャのゴアと陰キャのゴアの話。

#とりいとらいぶらり

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
付記に「Three Killers at Home」、「とりいとうか」と記載されています。
画像情報：generated by 新書ページメーカー / オリジナル素材 / フォント：源暎こぶり明朝

以下は本文の内容です。

　ステイツの夜には、キラーがよく似合う。暴力と理不尽の化身、スラッシュ。凄惨な解体劇の主、ゴア。狂気と理知の融合体、サイコ。人間の形を失ったもの、モンスター。人々の合間で語られる伝説、フォークロア。

『ＡＣＴ２１　ＣＡＲＮＩＶＡＬ　ＯＦ　ＢＬＯＯＤ』

　裏路地は、鉄錆の香りと赤い飛沫で満たされていた。その中央、スポットライトのような街灯に照らされて、ピエロが一人立っている。
　白塗りの顔、頬まで覆う笑顔のメイク。足元には、ズタズタに切り刻まれた肉と骨の山。だというのに指だけはきれいに切り取られ、臓物の山へ規則的に突き立てられている。

「……汚い、帰る」
「待て待て待て、早いって判断が」
「ピエロは精神科医に次いで差別と偏見に晒されている職ですが、こういう現場を見てしまうと何とも言えませんね」
「先生それギャグで言ってる？」

　踵を返したエリアスの襟首を引っつかみ、沈痛な顔を作ったアンソニーにツッコミを入れるフレッドは開幕から大忙しである。

「あのクソジャッロと似たようなタイプ？」
「いえ、ゴアでしょうね。ピエロはゴアかモンスターと相場が決まっています」
「……一番有名なピエロはフォークロアじゃなかった？」

「彼は真の意味で伝説ですから」

　排水溝からターゲットの子どもたちに挨拶するピエロ、というのはステイツ全土に知られたフォークロア系キラーピエロの特徴である。何なら排水溝という単語自体が彼を指すまでになっていた。
　閑話休題。目の前のピエロはニタニタ笑いながら三人を見ている。向こうもこちらがキラーであることは察しているらしく、下手に襲いかかってはこない。むしろ、自分の犯行を誇示すると決めたらしい。
　手術用と思われる青い手袋越しに、まだ温かい臓物を拾い上げてうっとりと眺める。次いでそれを地面へと投げつけ、ポケットから手品のように取り出した指を突き立てていく。と、そこでフレッドがエリアスをつかんだまま声を上げた。

「なぁアンタ、それ、ゴアいのはわかるんだけど」

　ピエロはグリッと首を巡らせ、フレッドに視線を向ける。フレッドはジタバタと抵抗するエリアスを何とか押さえようと努力しつつ続けた。

「アンタの殺しには観客ウケが足りねぇ！！」
「……フレッド、離して」
「離したら即帰ンだろが！！」

　まぁそれはそう、とエリアスはひょいと腰を曲げた。まるでジャポンの護身術、ジュードーの技をかけられたかのように吹き飛ぶフレッド。ガチャンガチャンと音がしたので、今日もめちゃイ

ケウェポンを持っていたらしい。
　ピエロは自身の犯行にケチをつけられたことで気分を害したようで、ニタニタ笑いはそのままにナイフを構えた。ナイフ投げで使うような、細身ながらも鋭い刃。しかし、その振り上げられた腕に突如巻きつくものがある。
　蛇のようにうねり絡みついたのは、漆黒のロングウィップ。細い革を複雑に編み上げた、ＳＭ界隈のスタンダードアイテム。誰が、と視線を巡らせたピエロに微笑みかけるのはアンソニーだ。

「やっぱ先生ＳＭの人じゃん……」
「これは護身用の武器ですよ。絡めてよし、打ってよし、リーチも長い、使い勝手のいいものです」

　地面に伏したままのフレッドが呻く。と、アンソニーが手首をひねれば、ロングウィップによって締め上げられたピエロの手首が砕けた。そうして武器を引き戻し、まだやりますかとばかりに首を傾げるアンソニーを見て、笑みを消したピエロは暗闇へと消えていく。

「マ、同意のないプレイは嫌われる原因だもんな……」
「フレッド君、社会復帰訓練として、助けてくれてありがとうって素直に言う所から始めてみませんか？」
「タスケテクレテアリガトウ」

　あからさまな棒読みである。どの道キラーなので社会復帰はできない。もぞもぞと起き上がったフレッドは、とりあえず吹き飛ばされた恨みとば

October 1, 2025 at 11:37 PM

千路

@chir02gs.bsky.social

転生現パロ弟子バロ(2/2)

く頭を動かす。衝動的な行動に、バンジークスは自分自身でも少し驚いていた。何か言葉に出来る明確な理由付けがあってしたことではない。だが、言葉にするとするならば。
「……キミを、愛しいと思ったから」
　言葉にするのはどうにも気恥ずかしい。しかしそう伝えれば、これ以上赤くなることはないと思えた亜双義の顔がまた赤さを増した。視線を彷徨わせた亜双義は赤い顔のまま「……まったく、貴方という人は……」などと小さく呟いた後、再び顔を上げてバンジークスを上目遣いで見つめる。彼の真っ直ぐで熱い視線が絡む。――いつだって彼の瞳は情熱を纏っているが、今彼が灯しているそれはただの熱ではないことをバンジークスは解っていた。色を纏ったその炎。今度は亜双義から伸ばされた手が、バンジークスの頬をまるで何か予告するかのようにするりと撫でる。その瞳に、手のひらに、バンジークスは期待する。まるでパブロフの犬のようだった。
「……今日、しますか？」
　内緒話のように普段より少しだけ低い声で亜双義が囁く。バンジークスが小さく睫毛を伏せて、「……、ああ」と返事をすると亜双義は嬉しそうにその目を細めた。
「オレはすぐにでもいいが」
「いや、それは、ちょっと……腹も減っているし、シャワーも浴びたい」
　急に積極的になる亜双義に反比例するように唇をまごつかせるバンジークスに、亜双義はふっと少し呆れたように苦笑した。急に及び腰になって落胆させただろうか、と思ったが、空腹なのも長旅でかいた汗を風呂場で流してからにしたいのもバンジークスの本音だった。バンジークスの一瞬の心配をよそに、亜双義はすぐに気持ちを切り替えたようで当初の明るい表情に戻る。

「まあ、飯は冷めないうちに頂いた方がいいな」
　そう言って、亜双義の手がバンジークスの頬から離れていく。亜双義の温度が離れていくことに、ほんの少しだけ寂しいように思ってしまった自分は随分な贅沢者になってしまったものだと思う。
　バンジークスは漸く靴を脱いで部屋に上がろうとする。と、亜双義が先程バンジークスの頬に触れていた手をこちらに差し出してきた。まるで淑女（レディ）をエスコートする紳士のようなその振る舞いに、バンジークスはぱちりと目を瞬かせる。しかし亜双義がじっとバンジークスを待っているさまを見て、バンジークスは少し躊躇った後にその手に自分の手を重ねた。亜双義は満足げに笑って、バンジークスの手をきゅっと握りこむ。再び亜双義の体温が、今度は手のひらから伝わってくる。亜双義の振る舞いに少し気恥ずかしくなったバンジークスは「そのようなことをしなくても」と言うが、亜双義は意に介した様子はなく、その手も離される気配は無い。亜双義は手を繋いだまま廊下を歩き、その途中でバンジークスをちらりと振り返る。そして亜双義が口を開く。
「オレも、貴方を愛しいと思ったからですよ」
　そうバンジークスを見つめる亜双義の瞳は、このうえないほどに柔らかい色をしている。もしかしたら先程の自分自身も、こんな表情で彼のことを見つめていたのかもしれないと、バンジークスは思うのだった。

September 12, 2025 at 12:23 PM

つかさ

@harutoomi.bsky.social

ワンライ過去お題チャレンジ
お題はさくらんぼ
大佐中尉でできている。いちゃいちゃはしていない。いや、行間ではしてるけども。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。

画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Reuben Mcfeeters on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝

以下は本文の内容です。

　大したことではないとロイは思う。
　先月何度か夜の店に行っていたのだ。期待した情報が上がらなかったので、もう行かないことにした。わざわざそれを司令部で口にしたのは、確かに軽率だったかもしれないとは思う。多少後ろめたかったせいかもしれない。
　指名していた嬢はエリザベスという名の金髪の可愛い子で、大変甘えるのが好きな娘だった。
「君は妬きもしないだろうけど」
「つきあいもお仕事でしょう。そもそもこんなところで話さないでください」
「仕事なんだからいいじゃないか」
　リザは大変冷淡な目をした。これは怒らせたなと、正直に言えば思ったのだ。
「いや、まあ……。気をつけるよ」
　ロイは膝の上で手を握った。失敗した気がしたが、大したことではないとそれを打ち消す。
　リザは公私の別はきっちりつけるタイプである。昼間不愉快なことがあったからといって夜まで引きずることはないだろう。
　今日は彼女は早上がりだから、夕食をごちそうしてくれる約束である。

　悩んだ末にロイはワインを買って行った。ドアをあけたリザはいらっしゃいと笑顔だった。ロイはどきどきしながらワインを渡す。笑顔は珍しい。昼間喧嘩をしたことは気にしてませんという表明だろうか。むしろ気にしているからこその笑顔ではないだろうか。
　夕飯はトマトのパスタである。デザートがあるので軽めにしようかととリザは言った。

「これ、暗殺者のパスタって言うんですよ。トマトを炒めながら作るので、すごく跳ねちゃって」
「美味しいよ」
　心から言った。煮詰めてあるのかコクのあるトマトは旨味があり、辛味があるのも食欲をそそる。パスタが焦がしてあるので香ばしい香りがするのもいい。
　軽めと言いながらスープもある。さらにデザートもあるならきっと許してくれたのだろうとロイは心からの笑顔になった。
　穏やかに食事は進む。せっかくだから手土産のワインも開けた。皿を下げたリザはパイを机に置く。ざくりと切ると、鮮やかに赤い果肉がのぞいた。あまずっぱい匂いもする。
「チェリーパイです」
　その言い方にどきりと胸が鳴った。ロイは笑顔をキープする。
「美味しそうだ」
　皿に一切れ乗せると、どうぞとリザはロイに差し出した。フォークで小さく切り分け、ロイはそれを口に運ぶ。
「うん、うまい」
「良かった」
　リザも切ったものを口に運ぶ。
「ところで知ってますか、大佐。チェリーには毒があるんです」
　会話の矛先が何やら不穏な気がしたが、とりあえずロイは笑顔をキープした。
「種類によってってことかい？」
「種にあるんですよ。……あら、あたり」
　リザは舌を出した。さくらんぼの種が乗っている。ロイはぎょっとしてフォークを取り落とした。

「噛まなければ平気です。そもそも微量なので人間には問題ありません」
「ああそう││なんだ」
「ええ、小動物……。犬には気をつけた方が良いんですけど」
「犬か」
「ええ、犬には毒です。回数を重ねれば」
「やっぱり君まだ怒ってるだろう？」
「何がですか」
　リザはフォークをケーキに振り下ろす。パイ生地がくしゃりと潰れた。はみ出す赤い果肉。
「怒ってません。別に。私、自分が妬いているとかそういうのを上手に出せないのはわかっています。ベタベタする子にあなたが喜ぶのだって自由です。そんな風に振る舞えばいいのかもしれないけど」
「リザ」
　泣かせた気がした。ロイは立ち上がる。リザは顔を上げる。その目は涙に濡れておらず、ただひたすらに険しい。
　猛禽類のようである。
　薄茶の目が底光りする。
「大佐、食事の途中です」
「そうだね……」
　座った。切り分けたチェリーパイがまた皿に載せられる。
「怒ってはいないんだな？」
「ええ、自分の至らなさが情けないだけです」
「君は素晴らしい人だ。何も不足はない。悪いのは私だ」
「でも甘えて欲しいって思ったんでしょう」
　リザはチェリーパイを食べる。ソースのついた

唇の端を親指で拭った。
「種はね、５つ入れました」
「……あたるとどうなるんだい？」
「特にどうもなりません。人が食べても問題ないんですよ」
　言いながら食べる。ロイも大人しくパイを口にした。さっきまでは美味しかったのに、今は味がしない。どきどきする。仕込まれたさくらんぼの種。
（犬には毒？）
　ちらりとロイはリザを見る。彼女は黙々とパイを口に運んでいる。胸にわいたのはいじらしさだった。彼女は自罰的なタイプだ。それなのに不満を匂わせた自分がいけなかったとロイは思う。
「もういい。もういいよ、リザ。私が悪かった」
「そんなこと」
「パイは全部私が食べる。君はもう頑張るな」
　リザは手を止めた。ロイを見る眉尻が下がっている。
「ごめんなさい」
「いいんだ」
　ロイは優しく微笑む。
　チェリーパイはまだたっぷり残っている。無理は駄目ですとリザは言って、ふたりは結局パイを分け合って食べた。食べきれなかったホールの半分は、翌朝に分け合った。

August 30, 2025 at 8:34 AM

藍沢柚香

@marsgarden.bsky.social

悲鳴（オルイア）
ホラー100再放送 78/100
#marsgarden

とある友人宅のドアが悲鳴をあげるんだよ。
何年か前のパーティーで、見せてあげるって言われたから、何人かでぞろぞろ見に行ったんだ。娯楽室のドアでね、よくあるチョコレートバーみたいな、内開きのやつ。
その友人は「よーく耳を澄ませなくても聞こえるからね、絶対」って笑いながら、そのドアを開けた。
確かに悲鳴があがったんだ。それこそ、古いホラー映画で聞くような、所謂絹を裂くような声だったんだけど、問題はその声の主がドアの向こうに立っていたことなんだよね。吸血映画だったら彼女が主役かなと思うような、古風なドレスを着込んだブルネットの女の子が裂けてしまいそうなほどに口を開けて絶叫していたけど、友人は何度も何度もドアを開け閉めして、「ほら、聞こえるでしょう？」って。そのたびにドアの向こうの彼女は身体の横で握りしめた拳を震わせながら絶叫していたみたいだった。

「……もしかして、これから行くパーティーの会場ってそこ？」
「そうだよ」
車のハンドルを握るオールは涼しげな表情で応えた。対向車のライトがその顔とドレスとを照らしだし、くちびるとスパンコールの花を輝かせて去っていく。
「そのスクリーム・クイーンは、君にしか見えなかったの？」
「あの場ではそうだったけど、そのあとで何人かが見ているね。友人は喜んでいるみたいだけど、昨日、別の日に彼女を見た友人から忠告をもらったんだ。『このところ、前と様子が違ってきている。ドアが開くのと同時に悲鳴を上げるだけじゃなくて、まずこっちを睨んでくるんだ。その場にいる人間の顔を覚えようとしているみたいに』」
ぶわりと全身の毛が逆立つ。シートと背中とのあいだに隙間が生まれることさえ厭で、身体を押しつける。シルクのシャツの肌触りさえ、この悪寒をどうにかしてはくれない。
「……くれぐれも会場で僕をひとりぼっちにしないでくれよ」

どうしようかな、と笑うくちびるは暗闇の中ではっとするほど赤く、悲鳴なんてなくとも蠱惑的だった。

August 27, 2025 at 11:21 AM

OP㌠ @ FOLIOにて通頒中

@gomiatsume.bsky.social

『Whispering Waltz』(1/4)
第二部途中のエトラ+ジェフの💎商短い手習。久遠~の前。家の親戚同士でイタリアに集まって庭でダラダラしてる中で、ジェフがぽろっと正義に惚気る話。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「Whispering Waltz」、「💎商SS」と記載されています。
以下は本文の内容です。

　この家で夕食どきに外に出るのは今年はこれが最後になりそうだった。八月に旬を迎えたプラムも目の前にある酸味と渋みたっぷりのものが今年は最後の収穫になるらしい。イタリア北部は夜風がもう冷たい。並木道にならぶ太いプラタナスは大きく青々とした薄い葉を生い茂らせているが、この冷風が昼も吹くようになればあっという間に色を変えるだろう。
　誘われるままに着いてきた正義は、ひととおり庭をぐるっと散策したあと、手持ち無沙汰をなんとか潰すためにディナーの準備の手伝いをした。とはいってもまだ時刻は十九時にもなっていない。長いテーブルには鮮やかな空色染めのクロスが何枚か敷かれているが、その上に置かれているのはチーズ、オリーブ、ブルスケッタ、ナッツ、それからワインとプロセッコが何本かだけだった。あと準備するものといえば人数分より少し多めのグラスとナプキンくらいのものだった。風で飛ばないようにと食材を中央からまばらに分散させていると、風のように通り過ぎていく人たちが剥き出しになったチーズやナッツを適当につまんでいった。リチャード、ヘンリー、それから正義の知らない親戚が何人か。思い思いにしゃべったりその辺に落ちていたサッカーボールを蹴って遊んだりしていると、あれ

だけ長いと思っていた陽がいつの間にかもう地平線の上に引っかかっていた。アペリティーボの時間が終わって灯りが太陽から電灯に変わり始めた頃、遅れてきたジェフリーがなだれ込むようにやってきた。ミントのように爽やかなグリーンのシャツにチェックのベストがよく似合っていた。
「いやぁごめんごめん、フライトが遅れちゃって」
　すでに長テーブルの上には今日のメインディッシュがずらりと並んでいた。中には半分以上減っているものもある。陽気に笑顔を振り撒いている巻き毛で垂れ目の男の方を振り向いて、男女の何人かが楽しそうに「やぁ、ジェフ」と手を上げた。きっとこの場を一番盛り上げてくれるであろう彼をみんな心待ちにしていたのだろう。まるでゴールを決めたサッカー選手のようにジェフリーは彼らの横を通り過ぎながらハイタッチを交わし、ヘンリーの正面、一番端の席に迷いなく腰掛けた。
「なに飲んでるの？僕もなにかもらおうかなぁ」
「ジェフ、まずはなにか食べた方がいい。空きっ腹にアルコールはよくない」
「よしてくれよ、ハリー！今日は各家のお母さんもお父さんもいない子供だけの

ゴールデンアワーだって聞いたからわざわざニューヨークからすっ飛んで来たのに！」
　少ししょんぼりとしたヘンリーをまぁまぁ、冗談だよ、そうだねじゃあまずはこのチーズを貰っちゃおうかなぁとわざとらしく破顔したあと、ジェフリーはふぅっと息をついた。彼は食事の間中、親戚の話に適当に相槌を打ちながら、ときどきリチャードの方へ視線を寄越したり、たまたま目が合った正義に手を振ったりしていた。そしてほとんどなにも食べずにどんどん飲みながら、それでも笑顔でその場を一番楽しんでいるよという顔をし続けていた。

　夜がふける頃、ようやくジェフリーの頬は赤くなり始めた。誰かが流している最近流行りのポップスで変なステップを踏んでいる彼の姿を見て、芝生の上でタバコを吸っていた親戚たちが笑った。まるで子供のダンスだった。ジェフリーの一人ステージが二曲続いたあとは、つられて立ち上がった男女のカップルたちが夜にとけるようなメロウなジャズの中で身を寄せて体を揺らした。
　ジェフリーは最初ヘンリーに手を伸ばしたが、彼は小さく体操座りをしたまま

の姿勢で顔の前で小さく手を振った。ジェフリーはふられちゃったとわざとらしい顔で泣いて見せると、今度は正義の方へやってきて問答無用で手を引いた。
「リッキー！中田くん借りるよ」
「ジェフ！」
　リチャードがやめなさいと制止しようとするその手を止めたのは正義だった。酔っ払いに引きずられるまま立ち上がりかけて、振り向きざまにリチャードに「大丈夫だから」と告げる。取り残された男の顔は半分だけがランプの灯りで照らされていた。そこに映っていたのはとまどいではなく、置いていかれた子供のようなさびしさだった。どこに行くのと尋ねたのに、いい子でねと返された子供のような、胸がひんやりするような表情だった。
「中田くん、元気ですか？元気そうだね。ところでリッキーは元気？僕が連絡してもちっとも返してくれないんだよ。だから君が知ってる範囲で教えてくれるとお兄ちゃん嬉しいな」
　正義は少し頼りないジェフリーのステップに合わせてついて行く。手はガッチリと掴まれていて抜け出すことは出来なさそうだった。正義は離れ際に見たリ

August 26, 2025 at 3:19 AM

御神楽

@rena-mikagura.bsky.social

ルパ小説本文サンプル（2/2）

ガルクラ合同誌（仮） Inshallah / 57th＆9th （5/8）
「でもそう言って、また違う子と歩いてたろ」
「見てたんですか。声掛けてくださればいいのに」
「声なんか掛けられないって。とてもじゃないけど」
　けらけらと笑って、掌を枕に組む。
　何日前だったか、駅前でルパを見かけた。彼女はいつも通りで、オフショルダーから覗く肩ににこにこ笑顔を乗せて、智と歩く時のように、ゆっくりした歩幅で歩いていた。ただ、その隣にいた女性に見覚えが無かっただけで。
　ファン、それもリアコ勢だと、すぐに解った。
　相手の顔を見上げてばかりいて、かと思えば視線が合って落ち着きなく目を伏せ、意識はふわふわ夢と現を行き来する。憧れの存在と私的に触れあう人間特有の、舞い上がった高揚感がそこにはあった。
　女性の耳元、ルパが囁きかける。彼女は顔をますます赤らめて、ルパの表情を初めて見つめ返す。
　そこまで見て、眺めてる自分がバカらしくなって立ち去った。

ガルクラ合同誌（仮） Inshallah / 57th＆9th （6/8）
「それに、あの子だって困るだろ」
「けどその子、元々桃香さんのファンだったそうですよ？」
　それで、仮に声を掛けたとして。思わずその先を想像して面食らう。
「……ガラじゃないな」
「照れてます？」
「そんなわけないだろ」
　辛うじて言い返すが、そう言われてしまえば、頬が赤いのも酔っているばかりとは言えなくなってくる。
「ガラじゃないって、ホントに」
　寝ころんだまま言ってのける桃香の視界を、ルパの影が覆う。彼女は普段通りの表情で、けれどその瞳だけは人を試すような色彩を湛えていた。
「そうですか？」
　問い掛ける言葉が、するりと耳に入り込んでくる。
　あ、ヤバいやつだ――直感的にそう思った。
　腕を持ち上げて押し退けることが、ただなんとなく煩わしく感じた。あるいはルパがその機微を捉えたからなのか。その所作は水が流れるようで、今も、自然と訪れた一瞬のような気がしてしまう。

ガルクラ合同誌（仮） Inshallah / 57th＆9th （7/8）
　唇が触れあう。二度、三度。
　酒臭い。桃香も相当呑んでいる筈だが、呑む酒が違うだけでこうも感じるものか。そんなどうでもいいことが浮かんでは消えていく。
　ルパの身体を支える腕が動いた。姿勢を崩してにじり寄っただけで、急にルパの存在が実在を伴って立ち現れる。意識させて、それを感じ取って。唇が離れて、鼻が擦りあわされ、頬に口付け、顎の稜線を下る。
　ほどけていく。一枚ずつベールを剥がすようにして、距離が縮まっていく。
　別に、指ひとつ触れていない。それでもルパの動きのひとつひとつが、彼女自身を示し、全身を触れ合わせるように意識を溶け合わせていく。手を引かれているとも気付かないまま、歩を刻んで移ろっていく。それは抱擁ではなく、先導でもない。静かにただそこに在ることが、聞こえぬ筈の鼓動さえ感じさせる。音が歩いていく。
　ふいに顔を離して、ルパがじっと見下ろす。

ガルクラ合同誌（仮） Inshallah / 57th＆9th （8/8）
　口を開くなら、これが最後だと言外に告げていた。ぼんやりと見上げていた桃香の唇が動いた。
「アタシとアンタ、何が違うんだろうな」
　ぱちくりと、ルパの大きな瞳がまたたかれる。
「その答えが聞きたいんですか？」
　本当に？　その問いに桃香は押し黙る。問われ、問い返し、今再びの言葉はない。桃香の、酔いに染まった頬と、とろけるような眼差し。どこか汗ばむ肌にまつ毛が影を落としている。その姿に背を撫ぜ上げる衝動。それをぐっと呑み下し、ルパは呟く。
…続

August 16, 2025 at 2:12 AM

Lior

@subtitlebitter.bsky.social

「緋色標本」（1/6）

交際し始めた2人の夜

#ゼン蛍

静寂が支配するアルハイゼンの自宅。壁一面に整然と並ぶ書物が、知の主の性格を雄弁に物語っている。
　その家屋の主であるアルハイゼンは、しかし今、難解な書物ではなく、腕の中にいる小さな存在に意識の全てを集中させていた。
　
　彼の膝の上には、旅人である蛍がこぢんまりと収まっている。
　最初こそ驚きとわずかな抵抗を示した彼女だったが、今は観念したように、しかしどこか落ち着かない様子で彼の胸元に軽く額を預けていた。
　柔らかな金色の髪が、アルハイゼンの着る外套の深緑に映えて、まるで闇夜に浮かぶ月光のようだ。
　
「……アルハイゼン」
　
　か細い、蚊の鳴くような声で蛍が呟く。その声には、困惑と、諦めと、そしてほんの少しの甘えが溶け込んでいるのを、アルハイゼンは聞き逃さない。
　
「なんだ、蛍」
　
　わざと落ち着いた、普段と変わらぬ声色で応じながら、アルハイゼンは彼女の腰に回していた腕に、そっと力を込めた。びくり、と小さな肩が震えるのが腕を通して伝わってくる。
　その反応が、彼の心の奥底にある何かをくすぐるように刺激するのを、アルハイゼンは自覚していた。

蛍は頑なに顔を上げようとしない。おそらく熟れたリンゴのように真っ赤になっているに違いない。
　その姿を想像するだけで、アルハイゼンの口元には微かな笑みが浮かぶ。
　
　普段、どんな強敵や困難な状況にも冷静沈着に立ち向かうこの旅人が、自分の一挙手一投足でこうも容易く揺らぎ、恥じらいに染まる。
　その事実は、アルハイゼンにとって何よりも甘美な報酬だった。
　
　元来、彼は効率を重視する。
　感情の機微というものは、論理で割り切れない非効率な領域であり、自ら積極的に関わろうとは思わなかった。しかし、蛍という存在が彼の人生に現れてから、その確固たる信条は静かに、確実に侵食されつつある。
　
　彼女に触れたい。
　この温もりを、この柔らかさを、この存在を、自分のものだと確かめたい。
　その衝動は、時として彼の理性を容易く凌駕する。
　そして、その衝動に従った結果もたらされる彼女の反応――戸惑い、羞恥、それでも拒絶ではない微かな受容――それら全てが、彼の内なる渇望を満たしていくのを感じるのだ。
　
　アルハイゼンは、空いている方の手で蛍の髪をそっと梳いた。絹のように滑らかな感触が指に心

地よい。そのまま指を滑らせ、彼女の小さな耳朶に触れる。蛍の体がまた小さく跳ね、彼の胸に顔を押し付けるようにして隠そうとする。
　
「……くすぐったい」
「そうか」
　
　短い返事と共に、アルハイゼンはわざと意地悪く、その耳朶に軽く息を吹きかけた。
　
「ひゃっ……！」
　蛍は今度こそ小さな悲鳴を上げ、彼の胸を弱々しく押した。潤んだ蜂蜜色の瞳が、抗議するように一瞬だけ彼を見上げたが、すぐに伏せられてしまう。その一瞬捉えた瞳の揺らめき、濡れたような輝きが、アルハイゼンの胸を強く打つ。
　
　ああ、本当に……君は面白いな。
　
　彼の知的好奇心を満たす存在は数少ない。その中でも、蛍は特別だ。
　彼女の思考は時に直感的で、彼の論理とは異なる道筋を辿るが、その結論はしばしば核心を突いている。そして何より、彼女のこの、感情の豊かさ。
　彼が長らく切り捨ててきたものが、彼女の中には色鮮やかに息づいている。
　
　アルハイゼンは蛍の顎にそっと指を添え、上向かせた。
　抵抗する力は弱々しく、すぐに彼の意のままになる。

間近で見る彼女の顔は、案の定、頬から耳、そして首筋までが熟れた果実のように赤く染まっていた。長い睫毛が小刻みに震え、潤んだ瞳はどこへ向ければいいのか分からないように彷徨っている。
　
　その表情を見るだけで、アルハイゼンの心は言いようのない満足感で満たされる。
　彼女を困らせたいわけではない。ただ、自分にだけ見せるこの無防備な姿が、たまらなく愛おしいのだ。
　この感情は非合理的だと頭の片隅では理解している。しかし、この温かな高揚感を、彼は手放したくなかった。
　
「そんなに顔を赤くして、どうかしたのか」
　わざと問いかけると、蛍はますます顔を赤らめ、小さな声で「アルハイゼンのせい…」と呟く。
　その掠れた声が、彼の独占欲をさらに煽る。
　
「俺のせいか。それは困ったな」
　言いながら、アルハイゼンは彼女の額に、そっと唇を寄せた。次はこめかみ、そして赤く染まった頬へ。蛍の体がその度に小さく震え、彼の服を握る手にぎゅっと力が入るのが分かる。
　その仕草がいじらしくて、アルハイゼンは吐息だけで笑った。
　
「君は、俺に触れられるのがそんなに嫌か？」
　核心を突くような問い。蛍はふるふると首を横に振る。その反応を待っていたかのように、アルハイゼンは彼女の唇に、ごく軽く触れるだけのキ

August 14, 2025 at 10:48 AM

猫山　凪

@nekoyamanagi.bsky.social

（4/4）

「ヌヌヌヌヌン（ロナルドくん）！　ヌヌッヌヌー（よかったヌー）！」

ぱちり、ぱちりと。状況が分からず、目の前で何処か安堵したような顔で見下ろしてくるドラルクとジョンの様子に。
ロナルドはのろのろと横たわっていた身体を起き上げた。
髪から背中から、ぱらぱらと砂粒が零れ落ちていく。
くらりとする目眩を覚えながら、ふるりと頭を振れば、再び首元にヒヤリとする何かを押し当てられた。
「……きみ、退治中に熱中症で倒れたんだよ。神社の方に行ったきみが帰ってこないってショッさん達が言うから見にきたら、境内の中で倒れてるんだもの。びっくりしちゃったよ」
いつもステンレスボトルで冷やしている氷嚢をロナルドの首筋に押し当てて、ドラルクは僅かに肩を竦めてみせた。
……あぁ、そういえば。下等吸血鬼を追って神社の石段を駆け上がっていたんだっけ、と。
何処かぼやけてはいるが、此処に至るまでの記憶を思い出した。それで下等吸血鬼を倒して、その後は……
……あれ？　――と。
そこから不意に、記憶が途切れている。
ぷつりと、まるで頁が切り取られたかのように。何も思い出せない空白に、胸の何処かがもやりとした。
熱中症で倒れたというドラルクの言葉を疑う訳ではないが、本当にそうだったろうか、と。
ふと胸を過ぎる疑問に、僅かに小首を傾げた。

何か、忘れている？

脳裏に過ぎる真夏の青空と、りん、と澄んだ音を鳴らす風鈴の音。
そして、その青を背に立つ黒い……？

駄目だ。そこより先は、まるで霧でも掴むかのように消えてしまった。
手放してしまった何かをもう一度手繰るように。
思い出そうとするけれども、くらりとする頭では、それ以上を辿る事が出来なかった。

「ほらほら、余計な事考えてないで、帰るぞ若造。下にタクシーを呼んだからな。熱中症で倒れたんだ。今日の仕事はもうお終い。マスター達からも直帰しろとのお達しだよ」

――立てる？　と。
膝に付いた砂埃を払いながら、立ち上がったドラルクが白い汚れのない白い手袋で手を差し出してくる。
それを見上げながら、手放してしまった何かを思い出す事を断念した。

「ヌヌヌヌヌン（ロナルドくん）、ヌイヌヌヌヌ（だいじょうぶ）？」
「えー、ジョン、心配してくれるの？　ありがとーなー♪」
「全く、手の掛かる五歳児だこと。きみ、帰ったらまず真っ先に風呂だからな。砂まみれゴリラなんだからな」

ドラルクの手を取って、じゃりりと石畳を踏み鳴らし、いつもの様に帰路に着く。

一言多いドラルクを砂にしながら、心配してくれるジョンに、デレっと笑うロナルドは、先程あった事など、もう覚えてはいなかった。
理不尽に砂にされた姿をなすなすと文句を零しながら戻し。先を歩くロナルドの背を見送りながら、ドラルクはちらりと境内の昏がりへとその赤い瞳を向ける。
光も指さない社のその片隅に、幾つもの細かく引き千切られた白い蛇の亡骸が転がっていた。
それは夜の闇に紛れ、朝には他の生き物達によって跡形も無く消えていくだろう。
勝手に人のものに手を出そうとした不遜な輩には丁度良い末路だ。
あの真昼の青空は、私だけのものだ。誰にも掠め取らせてなるものか、と。
ゆらりと燻る仄暗い執着をその赤い瞳の中に宿し、ドラルクは瞳を細めた。

「おい、何してんだよ、クソ雑魚砂おじさん。お前が直帰だって言ったんだろ！」

中々着いてこないドラルクの様子に、石段の前までジョンと先に行ったロナルドが振り返る。
その瞳に揺れる真昼の青は、未だ綺麗なまま。
何も知らない昼の子は、ただ真っ直ぐに同居人へとその瞳を向けた。
そんなロナルドへといつもの様に、享楽主義者の顔を貼り付けたドラルクは、へらりと笑った。

「待ってよー、ロナルド君。私、きみを迎えにここに登ってきて疲れてるんだよ。そんなに急いだら死んじゃうよー」

「あぁ？　こんな短い階段で！？　どんだけ雑魚なの！！　死んだら置いて先にタクシーで帰るからな！！」
「私が呼んだタクシーなのに！？」

仄暗く揺らめく執着は、享楽の仮面に隠して。
シンヨコの竜は今日も、隣を歩く真昼の青空を見上げては、その赤い瞳を眩しそうに細める。
いつか、いつか。
その青を我が手に捕まえるまで。

真夏の青空になどくれてやるものか、と。
りん、と響く風鈴の音に、ちらりと睨みを利かせながら。
ドラルクは何事も無かったフリをして、先に行ったロナルドの後を追うのだった。

August 12, 2025 at 12:27 PM

ゆべ

@yubetuee.bsky.social

ローコラ＋ﾎｰｷﾝｽ/オベーション（転生現パロ/最終頁）

太陽の正位置：歓喜、成功、成就、幸せな恋など

ふたりへ気取られぬよう目を凝らす。いつしか内職を進める手は止まっていた。
　うそつけ、おれはわかってるぞ、当ててやろうか。にんまりとわらう大男が、相応にでかいその手の人差し指を立てる。
「この、ルビーだろ。七月の誕生石って書いてるし」
　もしかして、プレゼントにでも、って思ってくれてたか。先ほどの飾り気のなさはどこへやら、やはりおどけるような気質であるのか、と見ず知らずの人間を評価し直しながら、その冗談のあまりのくだらなさに片頬が上がる。あの男が、他者に誕生石を贈るなど、想像しただけでちゃんちゃらおかしい。そもそも、そういったものを贈り合う存在を、隣に置いている姿自体が思い浮かばないのだ。百歩譲って置いたとして、それならば石や花などといった生易しいものではなく、抜いた自分の心臓を渡すような、そんな極端な苛烈さを見せるのではないかとさえ勝手に考えている。
　それだから、いや、と、男が意表を突かれたように大男を見上げたその瞬間までは、ひとりでしたり顔をしていたのだ。ああ、誕生石か。そこは、見てなかったな。思いもよらなかったとばかりに、当惑した声が、途切れる。
「……おれは、どっちかというと、あんたの目に似てると」
　思って。今度こそ指から紐が滑り落ちた。ばらばらと落ちる月長石が、ビーズマットに受け止められて音もなく身を寄せあっていく。落ちかけたひとつを塞き止め、トレーに集めている間にも、そんな歯の浮きそうな台詞をぶつけられた大男は、途端にその切れ長の目を泳がせて、はくはくと口

を開閉してことばを見失っていた。きっと生来はこういった正直な人間なのだろう、そんな生真面目そうな大男を捕まえて、男は、そこへあたかも畳み掛けるかのように、ふ、と、笑んでみせるのだ。
（──これだ）
　買おう。赤い原石を掴んだであろう男が、迷いもなく狭い店内へと入ってくるのにも、おれはもはや慌てる気も起きなかった。直前に見たあの、胸焼けのするようなあまいほほえみが、己の知るかぎりでの男の像を引っ掻き回しては嵐のように過ぎ去っていく。他人のプライベートなぞ覗き見るものではなかったのだと、苦虫を噛み潰したような気分でつくづく痛感していると、男がこちらのこの顔に気がついたようであった。
「おまえは……」
「トラファルガー・ロー」
　あれほど腑抜けた面を見せておきながら、いまさらそのように緊張を走らされても応える気にもならない。ひそかに見ていたことは棚に上げ、なにかもの言いたげな男を遮るように名を呼んではタロットを広げて混ぜる。どしゃ、と音がしたのは、追ってきた大男が装飾品を落としでもしたのだろう。カードをひとつの山に戻し、横に撫ぜるように崩すこの手を、怪訝に眺める男の目が、ふと、ちらりと一枚のカードにずれた。
　抜き取ったそのカードをめくる。
「……おい、べつに、占いに来たわけじゃあ」
「──百パーセントだ」
「あ？」
「そのまま、迷わず行け」
　それも、勝手に持っていけ。引いたタロットを

見せながら、困惑するばかりのその手の中の石を指せば、眉間に皺を寄せつつも、男はしばしカードの寓意画を見つめるのだ。視線が、手のひらの鋼玉に移る。まるで、だれかを重ねるかのように。
「……タダよりこわいものはねえと言うが」
「そう思うなら、何人か客を斡旋することだな」
「ああ……まあ、考えておこう」
　当てがあるのか、片頬を上げた男が、そのまま背後で装飾品を広い集めていた大男を手伝っては、連れ立って店を出ていく。いまや、男に対する苛立ちは消え失せていた。入れ替わるように、だれかが店に入ってくる。
「……ホーキンス、今のは」
「ああ……悪運の強いやつだ」
　いや、単純に、そういう星の下にいるのかもしれん。いつか助言した手前か、時折こうして顔を見せる、顎に傷を持つおとこが、この手のカードを覗き込む。
　正位置の太陽は、いつまでも燦然と輝いていた。

オベーション

2025.07.31

July 31, 2025 at 3:14 PM

星

@cadoma2.bsky.social

🌸から告白済みの流花が雨宿りする話④

オフェ鬼、覚醒👹

「そ、こで喋んな、クソギツネェ……」
「じゃあ、また逃げたら」
　ダメ押しとばかりに耳に吹きかければ、桜木の身体がぶるっと震えた。触れた頬がみるみるうちに熱を帯びていく。こいつは本当に俺のことが好きらしい。ようやくその実感がストンと腹に落ちた。
　季節は秋だが、湿気と汗でじっとりと吸い付く肌は熱苦しい。わざと背中に腕を回さなかったが、桜木は俺から身体を離そうとはしなかった。そして桜木と離れがたいのは、不思議なことに俺も同じだった。
　俺がこんなことをしているのは、俺からも、自分の気持ちからも逃げ回っている桜木に決着をつけさせるためだ。それなのに、この感覚はなんだろう。
　しっとり湿り気を帯びた肌から伝わってくる温度と小動物のような小刻みな震え。そいつに意識を取られていると、身体の底にむらっと不穏な熱が集まってくる。それは下腹、腹、胸とあっという間にせり上がって、俺自身の体温を上げていく。
　試すようなことを言っておいて、どうして俺までこんなザマになっているんだ。これではまるで桜木と同じだ。
　体内で燻ぶる未知の熱に困惑する俺の耳元で、今度は桜木の声が囁いた。
「ぜってえ、後悔すんなよな」
　なんだよ、とその顔を覗き込もうとした瞬間、視界が赤でいっぱいになった。
　口元に、湿った柔い感触。鼻にも何かが当たっている。接したわずかな面積から、じわりと熱が伝わってくる。口づけられているのだと分かった瞬間、辺りを包んでいた雨の轟音が止まった気がした。
　ぼやけた視界の中に見えた桜木は、ぎゅっと目をつむっていた。そのせいか、桜木の唇は俺のと少しズレていたが、無我夢中でそれにも気づいていないらしい。
　そろそろと背後で手が動く気配がしたかと思うと、硬い指先がおずおずと俺のＴシャツを握りしめた。ぺとりとくっついたままの桜木の唇から上擦った声が小さく漏れた。
「んう……」
　子犬のような悩ましげな鳴き声。普段のガサツさはど

緊張で身体をガチガチにしている。きっとこれが、こいつが生まれて初めて誰かにする愛情表現だ。花火のように派手で騒がしい男は、こんな風に好きな人にキスをする。きっとまだ世界中で、俺しか知らない。
　心臓がどくりと一際強く鳴る。より濃厚な血が全身に送り出されたように、身体に、脳に、冴え冴えとした衝動がみなぎった。視界が急激に狭くなって、辺りを包む暗闇も雨音も遠ざかる。
　目の前の赤と、互いの鼓動。これが、もっと欲しい。もっと、もっと――
　頭の中で響いた声に身体が乗っ取られる。初めて芽生えた肉欲は、俺の理性を瞬時に溶かした。
　距離感を掴みあぐねてフラフラと揺れる桜木の身体を片腕で荒々しく引き寄せると、思いがけない動きに桜木が瞠目する。反射的に飛びのこうとする首筋を、獲物に食らいつくカマキリのように、もう片方の手でがっちりと捕まえる。
　手繰り寄せた背中をまさぐると、タンクトップのふちに引っかかった指先が筋肉に包まれた肩甲骨の段差をかすめた。ぴくと身体を震わせ、桜木の唇が、あ、と丸く開く。そこを狙ってぱくりと一段深く吸い付けば、いよいよ桜木の肩が派手に跳ねた。
「っ、きつねぇ、ん……！ん、んぅ……」
　薄い口内の粘膜をねぶってやれば、暴れかけた身体からへなへなと力が抜けていく。熱くて、意外と甘い口の中を探求するように、ひとくち、ふたくちとキスを深めていく。懸命に仕返ししているらしいが、くにゃくにゃした舌は押し返す力もなく、俺に吸われるがままになっていた。
　ボロいベンチに倒れ込みそうな背中を支えながら夢中で桜木の身体を愛撫する。とはいっても、こんなことをするのは初めてで勝手が分からない。とにかく、身体の底から溢れてくる律動をそのまま桜木に押し付ける。深々と交わった唇と、密着した胴。上体を本能任せにズリズリと摺りつける。いつの間にか、下腹にずっしりと宿っていた重みにも構っていられなかった。
「っ、るかわ！」
　服の裾に手を突っ込んで、うねる腹筋の感触を掌全部

で味わったところで、桜木の叫びで我に返った。
「ハア……やりすぎだ、バカ……」
　赤い顔がギロリと俺を睨め上げた。いつもなら喧嘩の合図でしかないその視線が、赤く染まって涙を湛えている。初めて見た顔に、どっきん、と心臓がまた大きく鳴った。
「俺とエロいことしてーんじゃなかったのかよ」
「っ……！　だ、だからって、いきなりベロ入れてくるやつがあるかよぅ……」
　わざとあけすけな言い方をしても否定はされなかった。それでもまだ怖かったのか、ウブな男は唇をへの字に曲げてぽろぽろと涙をこぼしている。
「クソッ、めちゃくちゃしやがってえ……俺だって……」
「そのザマで何言ってんだ。おら、しっかりしろ」
　力無くしなだれた桜木の身体を支えるように抱き上げる。密着していると、桜木の股間もほんのり大きくなっているのが分かってしまった。
　ちょっとやりすぎたかもしれないが、桜木もちゃんと興奮している。気持ちよくできたのだ。そう思うと気が大きくなってしまう。
　こっそりと桜木の厚みのある身体を指先で辿って、ハーフパンツのウエストゴムの跡を指先でなぞる。その瞬間、腕の中の身体がぴくりと反応したかと思うと、がばりと赤い頭が起き上がった。　
「いーかげんにしろクソギツネ！俺んこと別に好きじゃねえなら、これ以上は何にもさせねえ！」
　まだ潤んだ赤い目が俺のことをキッと睨む。喚く桜木の言葉に、そう言えば結局告白への返事をしていないことに気が付いた。
「じゃあ、好き」
「……はあーーーーーー？！」
　一呼吸おいて、桜木が目をかっぴらいて、こめかみに青筋を立てて叫ぶ。
「じゃあってなんだ！この天才、そんなに安いオトコじゃねえんだよ！」
　いつもの調子でピーピー喚き始めたどあほうを、取り押さえるようにガッシリと抱きしめると、長い腕をよじって桜木が本気で暴れる。猛獣のような膂力に危うく

吹っ飛ばされそうになるが、ここで離す訳にはいかない。
「安いか高いか知らねえけど、てめえは俺が欲しいんだろ。だったら我慢してんじゃねえ。好きとかは正直分かんねーけど、てめえがやりてえことは一緒にやるし、してもらったら返すようにする。付き合うって、それで合ってるか」
　一息にまくし立てると、大人しくなった桜木がぽやんとしたツラで俺を見つめる。コロコロと本当によく表情の変わるやつだ。
「で、でも部活は、」
「てめーがダチでもコイビトでも、バスケじゃ関係ねえ。俺のこと倒してえなら、いつでも受けて立つ。今までと何にも変わんねえだろ」
　啖呵を切って見せると、桜木はしばし俺の顔を呆然と眺めて、脱力したように片手で顔を覆った。
「俺とキツネがコイビトかよ……笑える」　
　大きな手の甲から覗く口元は、微妙な表情を浮かべていた。にやけているようにも、べそをかいているようにも見える。
「てめー、ホントに俺のこと、平気なんだな」
「まだ分かんねえなら、もっとしてやってもいーけど」
　耳元をするりと指でくすぐってやると、カンベンしろよ、と桜木がようやくほんの少し笑った。

　俺たちの関係には名前がついたが、雨は相も変わらずザアザアと降りしきっていた。
「てめーはともかく、俺様はこんなとこで寝るなんざゴメンだな」
　隣の桜木が、屋根の片隅に張ったクモの巣を見上げて言った。ずっと向かい合っているのは気恥ずかしくて、でも何となく離れがたくて、俺たちはベンチに並んで肩をくっつけ合っていた。
　桜木が俺の肩に軽く頭を預けると、少し冷えてきた夜の空気に桜木の汗が香った。今までもずっとこうしていたかのように柔い髪の感触は肌に馴染んだ。
「一緒に寝てみるか。せっかくだし」
「ふざけてんなよ、てめえは……色々早すぎんだろ」
　戯れを口に出してみれば、桜木が恥ずかし気に顔を伏

July 27, 2025 at 1:36 PM

鳥抹茶

@mattyabird.bsky.social

8/17インテ賢マナレノフィ新刊　『南の国の大人たち』サンプル
全年齢 / B6 / 50頁くらい
表紙デザイン：八月様（https://skima.jp/item/detail?item_id=233512）

モブがめちゃくちゃ出てきます。部数アンケートをツリーの最後にぶら下げるので欲しい人はぽちっとしていただけると嬉しいです！