奇妙な世界
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短篇小説・翻訳小説・怪奇幻想小説大好きアカウントです。ファンタスティックなものが好み。読書ブログ「奇妙な世界の片隅で」をやってます。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。ブックガイド系同人誌も作ってます。#日本怪奇幻想読者クラブを主宰しています。
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著者の生前は刊行されなかった作品ということで、当時の政治状況や風刺的な部分が多分にあるのだと思いますが、そうした部分を差し引いても十分に魅力的な物語です。
次に何が起こるか分からないワクワク感と同時に、読んでいくうちに気分が高まっていくような奇妙な祝祭感があります。幻想文学の名作といっていい作品でしょう。
主人公である巨匠が登場するのが、かなり遅く250ページを超えたぐらいのところ。それまでは悪魔たちのやりたい放題が描かれる、というのも人を食っています。主人公が登場する章タイトルが「主人公登場」なのも笑えます。
モスクワを翻弄する悪魔たちと、、巨匠、マルガリータの話と並行して、ピラトとイエスをめぐる宗教的なお話が展開されていくのも異色です。イエスが重要なのはもちろんなのですが、後悔をかかえるピラトについてスポットライトが当たっており、最終的に巨匠とマルガリータの運命に関わってくるところも興味深いですね。
人間の過去や運命を読み取るウォーランドが、思い通りに人間を動かすのはもちろん、手下たちが人間をからかいながら、ふざけ回るところは本当にブラック・ユーモアたっぷりです。特に、のっぽで背広の男コロビエフと太っちょの巨大黒ネコ・ベゲモトの傍若無人さは強烈です。
タイトルの由来である巨匠とマルガリータは、互いに恋をする作家と人妻。巨匠はピラトとイエスをテーマにした小説を書いたものの酷評され、自信を喪失してしまいます。彼の才能を信じる人妻マルガリータは、巨匠のために悪魔に協力する…というのが後半の展開といえるでしょうか。
ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(石井信介訳 新潮文庫)を読了。モスクワに突然現れた悪魔とその手下たちが人間たちを翻弄するという幻想小説です。

ある日モスクワに現れた教授ウォーランドは、実は悪魔でした。チェック柄の背広を着た邪悪なのっぽ、巨大な黒ネコ、口から牙がのぞく赤毛の殺し屋、全裸の女吸血鬼などの手下を従えた悪魔は、人の運命や秘密を言い当て 、人間たちを翻弄していきますが…。

人間たちの間に現れた悪魔が混乱を引き起こす…という幻想小説です。街中に現れた悪魔たちがやりたい放題を重ねていく、というのが序盤の展開で、この部分が本当に痛快。
作中でも描かれていくのですが、そうした違いを超えて、やはりある種の愛情があることが最終的に証明されることになります。
それまでの挿話が悲恋に終わる物語ばかりであるだけに、孫一郎とおたつの恋が安易なハッピーエンドを迎えないであろうことは予測できるのですが、そういう意味で思いもかけない結末には、説得力がありますね。
軽妙でユーモラスなタッチで綴られるお話ですが、その内実は意外にダークでシリアス。魅力的なファンタジー小説です。
大枠となる物語では、孫一郎とおたつとの交流が描かれていきますが、孫一郎自身の、過去に別れた妻への未練と後悔、弟である清吉に家を任せてしまっていることへの気後れなどが描かれていきます。
孫一郎は優しさの塊のような男で、弟からも慕われているのですが、自らの頼りなさを自認するがゆえに、周囲の人間に申し訳なさが先に立ってしまう…というところも人間的に魅力がありますね。その申し訳なさはおたつに対しても発揮されているのですが、しかし、おたつの側は一方的に孫一郎に愛情を抱いていくのです。
人魚であるおたつが、人間と似てはいてもやはりその生態は異なっていること、人間的な感情を本当に抱いているのか?などは、
人魚に恋された男が、その恋をあきらめさせようと不幸な異類婚姻譚(人間と人間ならざるものとの恋物語)を語っていくという枠物語の形を取ったファンタジーです。
孫一郎がおたつに話す物語は、皆人間と人間ならざる者の結婚が、不幸な形で終わるものばかりでした。これであきらめてくれるだろうと思いきや、その逆。おたつにとってはその不幸な結末が幸福と見えるらしいのです。
それぞれの挿話は昔話をもとにダークな形で変奏した物語ばかりで、どれも魅力があります。特に、大猿の嫁となった女性が猿を殺そうとするもののなかなか果たせない…という「猿婿」、人魚の肉を食べ不老となった尼と若殿との交流を描く「八百比丘尼」は秀作ですね
藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』(新潮文庫)を読了。人魚の少女と人間の男性の恋をめぐる幻想的なファンタジー作品です。

商売に失敗し、腹違いの弟にその地位を譲った孫一郎。結婚にも失敗した孫一郎は、若くして亡父から受け継いだ屋敷で隠居することになります。その屋敷にはなぜか人魚の少女が暮らしていました。おたつと名乗る人魚は孫一郎になつき、夫婦になってあげると話します。結婚をあきらめさせようと、孫一郎はおたつに人と人ではない者たちの不幸な結婚の話を始めますが…。
「おそらくその数時間後、ドクトル・モンテスが検視を行っている最中に、孤独な手がアホウドリの剥製を作っていたわけです。この対照的な状況をどう理解すればいいでしょうね? 娘は毒殺され、鳥は偽の命を吹き込まれる」。

長篇とはいいつつ、長さ的には中篇的な作品で、かちっとまとまったミステリの秀作だと思います。
ちなみに、解説では、ボルヘスとビオイ・カサーレスのミステリ趣味や、本作も収録されたシリーズ〈第七圏〉についての情報も記されていて、こちらも興味深く読むことができます。
また事件により、登場人物間の秘められた愛憎が明らかになる…という部分でヒューマン・ストーリー的な要素もあります。
技巧派として知られる著者二人だけに、その雰囲気、文学性といってもいいと思いますが、そうした部分は高いですね。
例えば、殺人が起きた直後、同じ建物の地下で、トランクの間に死んだアホウドリが内臓が取り出された状態で発見されるのですが、そちらに関して表現される部分は象徴的です。引用します。
1940年代に、アルゼンチンの幻想作家シルビナ・オカンポとアドルフォ・ビオイ・カサーレスが共作した唯一の長編小説で、ボルヘスとビオイ・カサーレスが中心となって刊行された推理小説シリーズ〈第七圏〉から刊行されたミステリ作品です。
砂嵐に見舞われたホテル内で起こる殺人事件が描かれます。容疑者は少数、ほぼエミリアとアトウェルに絞られた状態で、誰が犯人なのか?というフーダニットが追われていきます。
動機は分かりやすく見えるものの、真相は思わぬ人物の思わぬ感情から出ていることが分かるなど、意外性もありますね。
シルビナ・オカンポ、アドルフォ・ビオイ・カサーレス『愛する者は憎む』(寺尾隆吉訳 幻戯書房)を読了。

海沿いの保養地を訪れた医者の「私」ことウベルマンは、そこでかって患者だったメアリーが姉妹のエミリア、その恋人アトウェル、医者のコルネホ、マニングらと保養に来ていることに気づきます。「私」は彼らと交流することになりますが、直後にメアリーが毒で死んでいるところを発見されます。
アトウェルが婚約者のエミリアだけでなく、メアリーとも関係があったこと、エミリアが姉から高額の宝石類を相続できることなどから、エミリアが犯人と目されますが…。
母親が妹にばかり執着し愛情をもらえなかった娘が、それを正すために地獄風景を利用する…という、こちらも歪んだ愛憎が描かれており、徹頭徹尾ダークな色調のホラーでした。
「まなざし地獄のフォトグラム」(長谷川京)
地獄の風景が予兆のような形で実体化し見えるようになった世界。その地獄風景に現れる人々は、未だ存命ながら、画像の姿は死に際の容貌や装いを表しているといいます。そして映る景色は、その責め苦の種類から罪を表しているというのです。
SNS企業「パライソ」に努める「私」は、写真を見続けているうちに、自身の母親と妹の姿を地獄の風景内に見つけます…。
人間の罪が地獄の風景という形で赤裸々になってしまう…という恐ろしい世界が描かれています。その地獄風景を画像として共有する社会もまた地獄のようなのです。
無限の空間を落ち続けることになった男の姿を描く作品です。救出の可能性はあり得ず、ただ落ち続けるだけ。ただし一緒に落ちた篠ノ目も同じ目に合っているはずで、落ち続けながらも二人が出会う可能性もある…というところで、不思議な手触りの作品となっています。
天才に嫉妬する友人・鷹無の側からだけでなく、篠ノ目の側も鷹無に不穏な思いを抱いているのです。永遠に落ち続ける空間という不条理な環境にも関わらず、そこに二人の男の愛と憎悪が描かれていくところでユニークなホラー作品となっていますね。
「フィクション」である女性と出会った男を描くホラー作品です。女性の異様さが明らかになったあと、どこからどこまでが現実が分からなくなる…という不条理な展開が魅力です。

「愛に落ちる」(久永実木彦)
天才的な研究者・篠ノ目の相棒として活動していた鷹無は、篠ノ目に対する嫉妬の念と、彼の研究についていけなくなっていることから、別れを切り出しに向かいます。篠ノ目は並行宇宙につながるワームホールのようなものを人為的に生み出す研究の最中でしたが、彼のパソコンにふと触ってしまったことから、突然黒い穴が広がります。
鷹無は無限の暗闇を落下し続けており、いつまで経っても終わりが見えないのです…。
ロボットに痛みを感じさせる…という、ある種モラルに反する実験が描かれます。実験者である公太郎は、ひどい虐待の経験者であり、自身の行為を突き放して見ることができると同時に、そこに倒錯した感情を抱いている…という部分が読みどころでしょうか。
痛みに対する哲学的な議論も読みごたえがあります。

「初恋」(牧野修)
女性に苦手意識を持つ「ぼく」は、大学で出会ったアズマアズミには積極的に話しかけることができ、告白することになります。しかしアズミは自分は人間ではなくフィクションであるため、つきあうことができないというのです…。
人間の怨念や祟りが、それを吸収し増幅する最近の影響によって起こっていた…という科学的な解釈のホラー作品です。「科学的」に解明されても、それによって起こる事象はやはり怖いのです。大量の死者が出る戦争などでは、目立った「タタリ」が起きない理由についても説得力のある理論が語られています。

「あなたも痛みを」(菅浩江)
人間の福祉のため、ロボットに痛みを感じさせてその反応を見る研究が進められていました。ひそかにその実験を続ける東雲公太郎は、ロボットに様々な種類の痛みを与え続けていましたが…。
以下、特に印象に残った短篇について詳しく記します。

「タタリ・エクスペリメント」(柴田勝家)
人間の死や自殺が続くことが多い事故物件の周囲で、新種の磁性細菌を発見した生物学者大規模な火災事件の場所は以前に一家心中があったことから、調べたところ裏手の井戸から同じ最近マグネトスピリルム・ヤサキエンスが見つかります。この菌は人間の怨念に強く反応し、恨みを抱いて死んだ人間がいると増殖するというのです。近づいた人間にも悪い影響を及ぼすというのですが…。
空間を転送させる代わりにある条件を人間にもたらす花を描いた「漏斗花」(篠たまき)、物理的な実験の失敗で、空間を永遠に落ち続ける羽目に陥った男を描く「愛に落ちる」(久永実木彦)、地獄の風景が前もって啓示として現れるようになった世界を描く「まなざし地獄のフォトグラム」(長谷川京)、人間の死後は完全な無であることが判明し、それについて議論が交わされる「『無』公表会議」(斜線堂有紀)、人間に擬態するAIが広まった世界を描く「システム・プロンプト」(新名智)などを面白く読みました。
謎の寄生生物に寄生され変容した少女が、同級生たちを惨殺していくという「ロトカ = ヴォルテラの獣」(坂永雄一)、宇宙を彷徨い戦い続ける超越的な知性に憑依された人間たちが戦いに巻き込まれるという「戦場番号七九六三」(小田雅久仁)、最愛の姉を羆に殺された少女が復讐のためにマタギに協力を依頼する「我ら羆の群れ」(飛鳥部勝則)、怪談「牛の首」をめぐって奇怪な事件が起こる「牛の首.vue」(空木春宵)、初恋の少女が自身を「フィクション」だと主張する「初恋」(牧野修)、蘇らせた死者を労働者として使おうとした男を描く「ヘルン先生の粉」(溝渕久美子)、
日本SF作家クラブ編『恐怖とSF』(ハヤカワ文庫JA)を読了。全編書下ろしによるホラーSF短篇のアンソロジーです。アプローチがユニークな作品が多いですね。

どれも面白かったですが、様々な幽霊を認識する観測機が描かれる「#」(梨)、「タタリ」を科学的に解釈するという「タタリ・エクスペリメント」(柴田勝家)、VR世界の深層に入り込んだ少女が幽霊と出会う「始まりと終わりのない生き物」(カリベユウキ)、人間の治療に応用するためにロボットに痛覚を与え、様々な痛みを与え続ける実験を描いた「あなたも痛みを」(菅浩江)、
「優作の優」
幼いころからの友人・優作。彼は融通が利かないほどの優しい男で、頼まれたことはほぼ全てを引き受けてしまうほどでした。その態度の狂気を感じながらも、その行動にあるルールがあることに気づいた「僕」は、付かず離れずの関係を保っていました…。
欲しいといえば物をくれ、頼んだことは可能な限り全て叶えようとする、という狂気じみた優しさを持つ男を描いた物語。彼がとんでもない事件を引き起こすのかと思いきや(実際、いくつか起こしてはいるのですが)、その「優しさ」の秘密が明らかにされ、本当の意味での優しい男だったことが分かる結末には感動があります。
「海になる」
ある日体から海水を排出するようになってしまった広志。海水だけでなく、魚や海の生物までが出てくるようになります。やがて人間の持ち物や体の一部までが現れはじめますが…。
ある日海水を始め、海のものを吐き出すようになってしまった男を描く、ナンセンスな恐怖小説です。海に関連するものが出てくるようになったと思ったら、殺人の痕跡までもが現れる…というところで、俄然ホラー味が強くなります。