城輪アズサ
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城輪アズサ
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見たコンテンツの感想とか上げていきます。
note→ https://note.com/wheelfort
同人サークルのほう→ https://santarosemedia.booth.pm
Reposted by 城輪アズサ
【公式サイト解禁】

今年7月5日に開催される小さな文芸即売会【辺境有機体】の公式サイトを公開するグェ!
主宰は小説家・藤井佯( @hitohitsuji.bsky.social )グェ

ノンジャンルの文芸即売会、唯一の共通点は、出店者がみな「書くことによって考え続けている人」であるという点グェよ

半年以上先のイベントグェけど、手帳にメモしといてほしいグェ!

beneficial-leotard-545.notion.site/2b82361e1e97...
辺境有機体 | Notion
Frontier organism vibrates beyond you.
beneficial-leotard-545.notion.site
January 6, 2026 at 5:00 AM
music.youtube.com/watch?v=aZqr...

あまりに季節に合っていないが良すぎるので聴きまくってる
仮定した夏
YouTube video by Harumaki Gohan - Topic
music.youtube.com
January 9, 2026 at 3:43 AM
Reposted by 城輪アズサ
January 6, 2026 at 4:37 AM
サリンジャー「バナナフィッシュにはうってつけの日」、「笑い男」(いずれも『ナイン・ストーリーズ』所収)読んだ。いずれも子どもへと語られる寓話が鍵になるのだけど、それが説話的な構造を持つことはなく、物語内でいかなる説明をもたらすこともない。作中の現実にかかわる多くの事柄は断片的に語られ、それもやはり統一的な物語をもたらすことがない。これもやっぱり子どもの目線、というより認識にかかわっているのではないか、と漠然と考えた。あの輝かしく、同時に鬱々とした時間(=少年時)のうちでは、価値付けや意味づけは否応なく偏って決して物語としての像を結ぶことがない。こうした語りのレベルでは、「成熟」が克服されている
January 5, 2026 at 12:42 PM
前々から気になっていた国木田独歩「武蔵野」をようやく読んだ。秋から冬にかけての東京郊外の風景を軽妙に描写しながら、その場所性をツルゲーネフ(の二葉亭四迷訳)の引用で強調する手管はかなり面白い。ここでは関東に特有(と国木田のいう)「落葉林の美」が、ロシア的大地=風景との二重映しで見出されている。こうした文章の多重化はまた第七章がはぼ友人の手紙の援用だったことにも認められると思う。あと最終章では〈郊外〉に固有の物語性、みたいな話が出てくるが、これは世紀末という状況を前提した時、100年後の文学を重ね合わせることもできるような気がする。
January 4, 2026 at 6:32 AM
『リリイ・シュシュのすべて』についてXに書いた感想を上げる。ここでは言葉/現実の二層について言及しているが、まあやっぱり重要なのが音楽の層なのは間違いない。鬱ロックっぽいリリイ楽曲、沖縄の民謡(?)、ドビュッシーは、言葉で作られたもうひとつの層を強力に補完する(=リリイだけが僕にとってリアル)ように見えるが、じつのところそれは殺伐とした現実を言葉の層に繋ぎ止める蝶番でもあるような気もする。本作においてエーテルは感性を媒介するものとして説明されるけど、青猫の存在はその「媒介」が天使的(非身体的)な殺伐さを呼び込むことを端的に示している
January 3, 2026 at 9:53 AM
note.com/wheelfort/n/...

まとめとして書きました
2025年が終わる前に(個人的に)語っておくべき同年のコンテンツ三つについて素描的に書いています
新年のお供にぜひ……!!
【時評】オルタナ・ガルクラ・実写秒速──2025年の一断面|城輪アズサ
はじめに 今年も終わるので総括的な記事を書こうと思い、noteのアプリを立ち上げた。2025年12月31日。現在時刻は8時35分。年明けまでに書き終わるかは分からないが、とにかく進めてみることにする。  2025年。色々なことがあったような気もするし、何ひとつ進展がなかったような気もする。元々このnoteは映画についての時評を(伊藤計劃にならって)上げていくつもりで開設したのだが、それでいえ...
note.com
December 31, 2025 at 9:22 AM
今更ながら『ナミビアの砂漠』を見た。公開当初の宣伝とか需要のされ方から勝手に今泉力哉とか松井大悟とかの雰囲気を感じ取って身構えていたのだが、自己言及的な側面がかなり強く、かなり血が通っているという感じがあった。聖化されることのない精神疾患に代表されるいくつかのモチーフはこう言ってよければ「現代的」なサブカルの「気分」に対する自己言及として機能していると思う。その点で今泉とか松井に対しては異質なのだが、むしろ文化全体に対しては誠実という感じはあるのかもしれない、とか
December 26, 2025 at 1:39 PM
プライムで配信が終わるそうなので今更ながらダリオ・アルジェントの『サスペリア』を見たが、かなり面白かった。赤を基調とした鮮烈な色使い、接写に象徴される大胆なカメラワーク、そして身体が切り裂かれることへのオブセッション。ホラー/サスペンスの初期衝動みたいな映画だと思う(なんか陳腐な感想な気がするが、そう思ったのだからしょうがない)。あとシンセをベースにした音楽も良かった
December 26, 2025 at 2:43 AM
c.bunfree.net/c/kyoto10/54...

こちらでも宣伝……
1/18の文学フリマ京都10に出店します(G-51)
サブカルャー批評誌〈過視〉の創刊号を販売する予定です、ぜひ!
[文学フリマ京都10・評論・研究|アニメ・マンガ・ゲーム] SRM
文学フリマ京都10(2026/1/18(日) 12:00〜)の【SRM】(評論・研究|アニメ・マンガ・ゲーム)をチェックしてみよう!
c.bunfree.net
December 24, 2025 at 11:55 AM
放置してたインディーオルタナっぽいやつをいくつか聴いているが、羊文学の影響が強すぎるだろ……という気持ちになった。好きだからいいけど(あるいはもっと上位のジャンルからの影響なのだろうか?)
December 21, 2025 at 11:45 PM
note.com/net_stones/n...
一応こっちでも上げておく
上京(者)の物語としての『ガルクラ』を戦後の犯罪史/音楽史のあるポイントと併せて読む……みたいな論考です。やたら長い(というか、わりと混乱のなかにある代物)ですがぜひ
ガルクラオルタナティブ──〈上京〉の精神史に小指を立てるために|net stones
Writer:城輪アズサ 本稿は2025年5月の文学フリマ東京で初頒布された『ブラインドvol.3』に掲載された論考「ガルクラオルタナティブ──星々の振り子 『ガールズバンドクライ』/トゲナシトゲアリと「上京」をめぐる長い試論」を全面改稿したものになります。 『ガルクラ』との出会いは、自分にとってひとつの事件だった。ロックとはある種の渇望や衝動に形を与えるものだ、という言い方があるが、こ...
note.com
December 20, 2025 at 10:37 PM
「芸術家が作品について当の作品以外のことを語るのを拒む場合にも、受容者の側には語るべきことがあるということ、──黙って観照することはできないということ──、それが批評家の存在理由である。批評家をこう定義することができる。批評家とは、すべてが語られてしまったときにも依然として語るべき何かを有している人間であり、作品について作品以外のことを語りうる人間である、と」(エマニュエル・レヴィナス(合田正人訳)「現実とその影」(『レヴィナス・コレクション』p.303))
December 18, 2025 at 11:27 PM
『1984年』を再読していた。最初に読んだのは高2くらいの時だったのだが、あのころは本当に何も読めてなかったのだなと痛感する。たえずなにかを思い出そうとするウィンストンの身振りと運命は、まさに未来=歴史の終わりにおける革命のイメージを体制に簒奪された後の革命のイメージを産出することの困難さを示している。そして肝要なのはこの「過去」がきわめて個人的である種の生活保守性をたたえているという点で、これが集団的なものになった瞬間に、その理念は植民地経営に支えられた近代英国の帝国主義を是認するものになってしまう。かつて植民地支配の現実を目の当たりにしたオーウェルがそこに逃げ込むことはできない
December 15, 2025 at 2:09 PM
ようやく実写【推しの子】の劇場版を観た。PLANETSの座談会で吉田さん(だった気がする)が指摘していたように、実写版は原作よりも徹底して時事性を高めているのだけど、本作においてそれを一手に担う二宮和也はその役を全うしていたと思う。というか原作のもつ戯画的なアプローチを前提にしたシニカルさ(時事性の「雰囲気」を強調すること)がまったく肌に合わなかったので、そういうやり口はそれなりに好きではある(もちろん、コンテンツを突き抜けてなにか広範なコンテクストを読むことがはらむ倫理的問題には注意すべきだが)。
December 15, 2025 at 1:41 PM
空木春宵「感応グラン=ギニョル」、いわゆる直球の奇想って記憶の限りはじめて読んだけど、絢爛な文体が目に楽しくてけっこう好きだった。三人称を〈〉で撹乱する夢小説的な仕掛けもSF的だし。ただけっこうシニカルなところもあって、作中で欠損した少女たちが演じる「拡張現実的な」演劇(ハクスリーの「感覚映画」みたいなやつ)があくまでも(われわれにとって)虚構の仕掛けに留まることで、読み手は安全にその残酷な美しさを享受することができるという構造になっている。ここで文体は、むしろ表現内容から読み手を保護するものになっていて、あらゆる痛みや苦しみがまるっきり了解可能なものになっているということ。
December 10, 2025 at 2:51 AM