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仮名手本忠臣蔵

4年ほど前から浄瑠璃の脚本を読みはじめ、それが昂じて、今年は義太夫節の語りや三味線にまで興味をもつにいたった。もっとも私は詳しいことはよくわからないし、筋も良くないが、それでも教えてもらったり、聞いたりするのは楽しい。 今日は深川江戸資料館で義太夫節演奏会があり、師走だけあって仮名手本忠臣蔵のいくつかの場面(身売りの段、勘平切腹の段、一力茶屋の段)が上演された。文楽は語りと三味線と人形遣いだが、義太夫節だけだと人形は出てこない。語りと三味線だけで話を追うことになるが、上演部分の脚本も用意してあるので、それをみていれば話の筋はわかる。…
仮名手本忠臣蔵
4年ほど前から浄瑠璃の脚本を読みはじめ、それが昂じて、今年は義太夫節の語りや三味線にまで興味をもつにいたった。もっとも私は詳しいことはよくわからないし、筋も良くないが、それでも教えてもらったり、聞いたりするのは楽しい。 今日は深川江戸資料館で義太夫節演奏会があり、師走だけあって仮名手本忠臣蔵のいくつかの場面(身売りの段、勘平切腹の段、一力茶屋の段)が上演された。文楽は語りと三味線と人形遣いだが、義太夫節だけだと人形は出てこない。語りと三味線だけで話を追うことになるが、上演部分の脚本も用意してあるので、それをみていれば話の筋はわかる。 人形がないと何か足りないように感じられるが、三味線が鳴り、語りがはじまると、それだけで独特の物語空間ができあがる。これは文楽とはまったく異なる経験だ。初めは語りと三味線が別々に聞こえているが、物語に引き込まれるにつれて、不思議にもひとつの印象にまとまっていく。私は演目も物語もすぐに忘れてしまうのだが、この物語空間の感じだけは忘れられない。 通常の演奏は語りと三味線弾きのペアだが、「一力茶屋の段」では、定番の太棹三味線のほか、軽みのある細棹三味線と太鼓も加わった。また登場人物に応じて5人の語りが登場し、年末にふさわしく華やかな舞台であった。私が習っている先生方も出演されていた。先生方の話を聞いていると、ひとつひとつ細かいところに注意を払い、考えを重ねて準備されていることがわかるが、そうした努力があるからこそ、きっと物語世界が自然に立ち上がってくるのだろうと思う。
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December 21, 2025 at 2:46 PM
謝罪の評価

ヨーロッパのとある国の政治家が堂々とつり目のポーズで写真を撮り、アジア人を侮辱したことに大きな非難が巻き起こった。 良心ある人々はこのような差別は許してはいけないと訴え、その声が国の政府を動かした。大統領がこんな声明を発表したのだ。 「私たちの国の国会議員による最近の侮辱的なソーシャルメディアの投稿に対して、心からおわび申し上げます。こうした投稿は、平等とインクルージョンを大切にする私たちの国の価値観を反映していません。人種差別、あらゆる差別は私たちの国にあってはならないものです」…
謝罪の評価
ヨーロッパのとある国の政治家が堂々とつり目のポーズで写真を撮り、アジア人を侮辱したことに大きな非難が巻き起こった。 良心ある人々はこのような差別は許してはいけないと訴え、その声が国の政府を動かした。大統領がこんな声明を発表したのだ。 「私たちの国の国会議員による最近の侮辱的なソーシャルメディアの投稿に対して、心からおわび申し上げます。こうした投稿は、平等とインクルージョンを大切にする私たちの国の価値観を反映していません。人種差別、あらゆる差別は私たちの国にあってはならないものです」 こうした一連の騒動について、日本でも差別を非難したり、大統領の声明を評価したりする声が上がった。そして、この問題はついに日本の国会でも取り上げられるに至った。 野党が首相に質問を投げた。 「首相は、大統領の謝罪についてどうお考えか」 首相はこう答えた。 「今回の大統領の謝罪に関しては私はたいへん評価しているところであります。つり目の国民の皆さんもこれでひと安心でしょう」
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December 20, 2025 at 2:57 PM
スタンディング・エヴォリューション

12月18日の Homecomings のライブは座席指定だった。私はこれを知って喜んだ。ライブの間中立っているのはつらいから。 そしてライブがはじまった。みんなじっと座っていた。音楽をじっくり聴きたい成熟した客層なのだと私は思った。するとメンバーが言った。 「いつもと同じように好きなように立ったり座ったりしてください」 曲が進むにつれ、立ち上がる人が出はじめたが、観客たちは相変わらず座っていた。私は足がむずむずしてきた。これまで行った Homecomings のライブはすべてスタンディングで、体が覚えてしまっているのかもしれなかった。…
スタンディング・エヴォリューション
12月18日の Homecomings のライブは座席指定だった。私はこれを知って喜んだ。ライブの間中立っているのはつらいから。 そしてライブがはじまった。みんなじっと座っていた。音楽をじっくり聴きたい成熟した客層なのだと私は思った。するとメンバーが言った。 「いつもと同じように好きなように立ったり座ったりしてください」 曲が進むにつれ、立ち上がる人が出はじめたが、観客たちは相変わらず座っていた。私は足がむずむずしてきた。これまで行った Homecomings のライブはすべてスタンディングで、体が覚えてしまっているのかもしれなかった。 私は足を伸ばしたいという衝動に抗った。会場でそのとき立っていたのは 3 分の 1 ほどで、立てばまだ目立つ状況だった。それに後ろの人にだって迷惑だ。 私は立つか立つまいか、ジリジリした。そのせいでもう曲など聴いていられなくなった。そして、演奏が最高に激しくなり、肉体の芯を掴んできたのをきっかけに、私は立ち上がった。一瞬で空間がクリアになり、音と光が私を圧倒した。 他の観客たちも立ち始めた。最後の数曲になるとほとんどの人が立っていたと思う。 そして、音楽は私に新たな確信をもたらしていた。 ライブで最初に立った人々の心理や身体の状態などを詳しく調べれば、人類の直立歩行の初期条件が復元できるのではないか。 少なくとも、「後ろの人に迷惑では」という認知を弱める脳の変化が、猿を直立させる刺激となったのは間違いなかろう。
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December 19, 2025 at 1:05 PM
Homecomings@EX THEATER ROPPONGI

たぶんバカなのだろう私は、先のことはあまり考えずに予定を入れてしまう。そんなわけで 12 月に入って 3 回もライブに行くことになってしまった。その 3 回目が今日の Homecomings だ。 全席指定で、私の席は真正面の真ん中あたりで悪くはない。 Homecomings は曲もいいが、ギターの響きと全体の音形に独自のスタイルがある。演奏が始まると、私は座りながらときおり目を瞑って聴く。激しい音が四方から体に入ってきて、目に見えるなにかではなく、それ以前の未分化の感触を生み出す。…
Homecomings@EX THEATER ROPPONGI
たぶんバカなのだろう私は、先のことはあまり考えずに予定を入れてしまう。そんなわけで 12 月に入って 3 回もライブに行くことになってしまった。その 3 回目が今日の Homecomings だ。 全席指定で、私の席は真正面の真ん中あたりで悪くはない。 Homecomings は曲もいいが、ギターの響きと全体の音形に独自のスタイルがある。演奏が始まると、私は座りながらときおり目を瞑って聴く。激しい音が四方から体に入ってきて、目に見えるなにかではなく、それ以前の未分化の感触を生み出す。 「好きに立ったり座ったりしてください」というが、初めはほとんど立つ人はいなかった。ライブが進むにつれて少しずつ立つ人が増える。いつもスタンディングなので、私も座ったままなのが物足りなくなってきた。3 分の 1 ほどの観客が立って体を揺すっている。たっぷり一曲ぶん逡巡した末、私は立った。 音は全身で感じるにかぎる。それにステージもずっと近くクリアに見えた。私は立ったまま、音楽を聴き、激しく高揚を迎える部分にさしかかると目を瞑った。 この日は、ベースの人がこのライブを最後に「卒業」するということが告知されていた。途中の MC で、他のメンバーとベースの人とのやりとりがあったとき、会場に暖かい拍手が鳴り響いた。 そのとき私は無意識のうちに目を瞑っていた。 音が大きくなると自然に目が閉じる。バカの誹りは免れまい。
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December 18, 2025 at 2:44 PM
熊の拡散

日本漢字能力検定協会は 12 月 12 日、令和 7 年の世相を漢字 1 文字で表す「今年の漢字」が「熊」に決まったと発表しました。今年、各地で熊の出没が拡散し、人身被害が過去最多となったことがその理由です。 そんな中、熊のいない県として知られる千葉県の観光業者が都内でイベントを開催しました。その名もなんと「熊なし県にYOKOSO!」。 主催者「ぜひ年末年始には『熊なし県』千葉にお越しくださって、熊のいない安全を楽しんでいただこうと企画しました」 会場となった公園には大きなドームが設置され、中では県内で採れた新鮮な魚介類や野菜、ピーナツなどを味わうことができます。…
熊の拡散
日本漢字能力検定協会は 12 月 12 日、令和 7 年の世相を漢字 1 文字で表す「今年の漢字」が「熊」に決まったと発表しました。今年、各地で熊の出没が拡散し、人身被害が過去最多となったことがその理由です。 そんな中、熊のいない県として知られる千葉県の観光業者が都内でイベントを開催しました。その名もなんと「熊なし県にYOKOSO!」。 主催者「ぜひ年末年始には『熊なし県』千葉にお越しくださって、熊のいない安全を楽しんでいただこうと企画しました」 会場となった公園には大きなドームが設置され、中では県内で採れた新鮮な魚介類や野菜、ピーナツなどを味わうことができます。 訪れた参加者「熊襲撃の危険なしだと味わいも増しますね」 しかし、本当に千葉県には熊が来るという危険はないのでしょうか。 主催者「まったくありません。もしいるとしたら、東京ディズニーランドだけでしょうね。くまのプーさんがいますから! ハハハ!」 実行委員会は、『熊なし県』千葉のブランド向上のために、利根川からの熊の侵入を防ぐ警備隊の創設と防御壁の建設、さらにアクアライン通過時、熊に類似した人に「熊でない証明書」の提示を求めるなどの防御体制を実現すべく、熊谷俊人千葉県知事に対応を求めていく方針です。
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December 17, 2025 at 11:58 AM
mekakushe と宇宙ネコ子

宇宙ネコ子が mekakushe とライブをするというので行ってみた。タイトルは「mekakushe × WALL&WALL pre. Hug Light vol.4」。会場は表参道のWALL&WALL。 宇宙ネコ子は先月に引き続き 2 度目で、そのせいかギターの音がずっとよく聞こえた。ギターの音色にどこか猛々しさがあって、これが音楽に硬さを与えている。そして、轟音の中でわざと外す演奏と低音の咆哮が、駆り立てるように響く。…
mekakushe と宇宙ネコ子
宇宙ネコ子が mekakushe とライブをするというので行ってみた。タイトルは「mekakushe × WALL&WALL pre. Hug Light vol.4」。会場は表参道のWALL&WALL。 宇宙ネコ子は先月に引き続き 2 度目で、そのせいかギターの音がずっとよく聞こえた。ギターの音色にどこか猛々しさがあって、これが音楽に硬さを与えている。そして、轟音の中でわざと外す演奏と低音の咆哮が、駆り立てるように響く。 こういうギターに浸れるだけで十分で、私は聴くような聴かないような感じで、目を瞑って時間を過ごした。こんな感覚は、大きい会場では味わえないものだと思う。 それに、大きい会場のライブはたいていチケットが高いので、元を取ろうという意識が邪魔して、こんなふうに音を無駄に楽しむことはできない。 mekakushe は私は初めて聴いたが、カオスな音が鳴り続ける宇宙ネコ子とは対照的に、きっちりとした作りのポップだった。今回はバンドセットで、その演奏がそうとうに複雑なのに感心した。特に後半の 3 曲(「わたしだけのポラリス」「恋のレトロニム」「おやすみベージュ」)は構成もメロディもよく、圧巻であった。 ところで、ライブの前、私は飲み物を買いにコンビニに入った。見たことのある若い女性が 2 人いて、誰かと思えば、宇宙ネコ子の人だった。顔の写真は出さない方針のようなので、ライブに行ったことのある人でなければわかるまい。
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December 16, 2025 at 2:18 PM
立ち仕事

ビルマ人の友人の病室は 8 階の大部屋の窓際にあった。すべてのベッドはカーテンで閉ざされていて、見舞いに来た私たちは、私たちの呼びかけにビルマ語で返事があるまで、彼がどこにいるかわからなかった。 彼は上半分を上げたベッドに両足を放り投げて横たわっていた。窓とベッドの間には車椅子が置かれていて、私はわずかな隙間に身を滑り込ませて、彼の傍に立ったが、他の 2 人のビルマ人はベッドの足元から内側に入ろうとしなかった。そのうちのひとりが気を使って私に車椅子に座るように勧めたが、私は断って立ったままでいた。…
立ち仕事
ビルマ人の友人の病室は 8 階の大部屋の窓際にあった。すべてのベッドはカーテンで閉ざされていて、見舞いに来た私たちは、私たちの呼びかけにビルマ語で返事があるまで、彼がどこにいるかわからなかった。 彼は上半分を上げたベッドに両足を放り投げて横たわっていた。窓とベッドの間には車椅子が置かれていて、私はわずかな隙間に身を滑り込ませて、彼の傍に立ったが、他の 2 人のビルマ人はベッドの足元から内側に入ろうとしなかった。そのうちのひとりが気を使って私に車椅子に座るように勧めたが、私は断って立ったままでいた。 友人は、手術で膝の関節をシリコンにしたのだった。リハビリも大変だし、トイレも車椅子に乗せてもらわねばならないと、力ない声で言った。同行したビルマ人が「日本に来たビルマ人は、みんなこの膝の病気になりますよ」と言った。 居酒屋などで、何時間も立ちっぱなしで仕事をするからだそうだ。そういう彼も居酒屋でもう何十年も働いていた。 「へえ、それは大変ですね」 私がこう答えると、彼はハッとした顔をした。そして、私の膝の関節まですり減りだしたかのように、慌てて車椅子に座らせようとしたが、私は断った。
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December 15, 2025 at 12:56 PM
構造の外(1)

ビルマ人の友人が入院したというので、2 人のビルマ人とお見舞いに行った。病院は新宿にあり、彼の病室は 8 階にあった。エレベーターの中で私は「入院でも 8 階なら、いい景色が見えて楽しそうですね」と冗談を言った。 もっとも、彼の病室に行ってみると、大部屋だし、暗いし、ブラインドは閉められているしで、楽しそうでもなかった。それに彼は高額な医療費についても心配していて、私の顔を見るや、減額の可能性について尋ねた。だが、これは平日に病院のメディカル・ソーシャル・ワーカーに相談するほかなかった。私たち 3…
構造の外(1)
ビルマ人の友人が入院したというので、2 人のビルマ人とお見舞いに行った。病院は新宿にあり、彼の病室は 8 階にあった。エレベーターの中で私は「入院でも 8 階なら、いい景色が見えて楽しそうですね」と冗談を言った。 もっとも、彼の病室に行ってみると、大部屋だし、暗いし、ブラインドは閉められているしで、楽しそうでもなかった。それに彼は高額な医療費についても心配していて、私の顔を見るや、減額の可能性について尋ねた。だが、これは平日に病院のメディカル・ソーシャル・ワーカーに相談するほかなかった。私たち 3 人が友人を囲んで話していると、看護師が来て「他の患者がいるので、談話室に移動してください」と言って、友人を車椅子に乗せ始めた。 談話室は病棟の中央にあり、大きな窓が開けていた。私たちはベンチに座って、車椅子の友人と話を続けた。最初は、手術のあとに尿管を抜くときの痛さの話だったが、やがて永住ビザの話になった。最近は厳格化が進んだということで、300 万円以上の年収が 5 年続かないと、申請してもビザが降りないのだという。 「その収入は家族全体の収入ということですか」と私が聞くと、同行したビルマ人が家族ひとり増えると、必要な年収が 70 万円高くなるのだと答えた。つまり、妻子がいると、440 万円以上の年収が必要ということになる。 「奥さんが働いている場合はその収入も加えることができるのですか」と聞くと「そうです」と返事が返ってきた。共働きで 440 万円なら難しいということはないかもしれないが、どちらかが病気で倒れた場合はそう簡単にはいかないだろうと思った。 ビルマ人たちはやがてビルマ語だけで会話を始めた。私はわからないので、窓から景色を眺めていた。
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December 13, 2025 at 2:17 PM
電車の広告

電車にはいろいろ広告が貼られているが、最近よく見るのが、何かの支援団体が寄付を呼びかけるものだ。女性の顔が大きく中央に配置され、こんな言葉が書いてある。「娘を持つ母親として、女の子に教育を受けさせない地域があってはいけないと思って寄付しました」とか「生理になると女の子が隔離され、学校にも行けない地域があるなんて信じられない」とか、語っているのだ。…
電車の広告
電車にはいろいろ広告が貼られているが、最近よく見るのが、何かの支援団体が寄付を呼びかけるものだ。女性の顔が大きく中央に配置され、こんな言葉が書いてある。「娘を持つ母親として、女の子に教育を受けさせない地域があってはいけないと思って寄付しました」とか「生理になると女の子が隔離され、学校にも行けない地域があるなんて信じられない」とか、語っているのだ。 私はこうした広告戦略はあまりよいとは思わない。問題となっている地域の背景を抜きにして語ることの乱暴さ、そして、女性の「善意」が利用されていることの不快さ、さらに、その地域の女性とそれについて語る女性という二重の女性性を男性の目を惹きつけるのに利用する狡猾さ…… それにしても、と私は、ぎゅうぎゅうの満員電車の中、ようやく頭を上げた瞬間に目に入ってきたこの広告を仰ぎながら思う。今にも窒息しかけたり、パニックを起こしかけたりしている私たちについて、この広い世界のどこの誰が「仕事に行くのに電車の中で押しつぶされて死にかけている人々がいるなんて許せない」と語るのだろうか、と。
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December 12, 2025 at 2:59 PM
擬人化

私たち人間の認識に備わっている基本的な装置のひとつは擬人化だ。私たちにとって人間を認識できるか否かは重要なので、認識の癖として、なんでも人間だと捉えるようになってしまったのだ。 私たちがペットの犬が笑ったり、悲しそうにしたりしているように思うのも、この擬人化の結果だ。動物学者は擬人化をしないように動物を見る訓練をしているから、そうはみないし、別の言葉で説明する。もっとも、ペットを人間扱いしても大した問題は起こらない。だが、擬人化によっては大きな問題を引き起こすこともある。 それは陰謀論だ。陰謀論はあらゆる出来事の背後に人間の存在を見るが、これも世界を過剰に擬人化したものといえよう。…
擬人化
私たち人間の認識に備わっている基本的な装置のひとつは擬人化だ。私たちにとって人間を認識できるか否かは重要なので、認識の癖として、なんでも人間だと捉えるようになってしまったのだ。 私たちがペットの犬が笑ったり、悲しそうにしたりしているように思うのも、この擬人化の結果だ。動物学者は擬人化をしないように動物を見る訓練をしているから、そうはみないし、別の言葉で説明する。もっとも、ペットを人間扱いしても大した問題は起こらない。だが、擬人化によっては大きな問題を引き起こすこともある。 それは陰謀論だ。陰謀論はあらゆる出来事の背後に人間の存在を見るが、これも世界を過剰に擬人化したものといえよう。 擬人化について興味深いのは、私たちは人間も擬人化することだ。人間だから擬人化して当たり前だろう、と思うかもしれないが、私たちも動物の一種であり、動物的な性質がいくつもある。だが、こうしたことに普段は気がつかないのは、私たちが人間を擬人化しているからだ。 また、私たちが互いに言葉を交わし、理解した気になるのも、相互に擬人化しているからだ。とすると、擬人化が相互理解の鍵となっているということとなる。これはまさしくそうで、擬人化の停止が起きるとき、大量虐殺もともにやってくる。 このような悲惨な事例を持ち出さずとも、私たちは外国人や精神病の人や貧困層に対しては擬人化を控えめにして、人間として扱わないように努めている。それどころか、「野蛮」「空気を読まぬもの」「臭い」「乱暴」「けだもの」などと動物の一種として認識している。 そこで思うのだが、もしかしたら、本当の動物、犬や猫、象や熊も実は人間で、ただ私たちが擬人化できないだけなのではないだろうか。動物は人間なのだが、私たちはそう認識することができないのだ。 狐や狸は人間に化けるというが、化けるというより、むしろ元の姿に戻ったというべきであろう。
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December 10, 2025 at 1:31 PM
ギブミーガン

アメリカ大統領が日本にやってくると「日本でも銃を自由化せよ」と圧力をかけた。おりしも存立危機事態のことばかり考えて夜も眠れない状態だった日本の首相、内心「これは国民皆兵にうってつけだ」と考えて、得意の英語で「ダー」と返事をした。 たちまち日本に銃を積んだコンテナ船がやってきて、米兵たちがまるでチョコレートでも配るように、「ギブミーガン」と群がる日本人に銃を撒き散らした。…
ギブミーガン
アメリカ大統領が日本にやってくると「日本でも銃を自由化せよ」と圧力をかけた。おりしも存立危機事態のことばかり考えて夜も眠れない状態だった日本の首相、内心「これは国民皆兵にうってつけだ」と考えて、得意の英語で「ダー」と返事をした。 たちまち日本に銃を積んだコンテナ船がやってきて、米兵たちがまるでチョコレートでも配るように、「ギブミーガン」と群がる日本人に銃を撒き散らした。 人々はさっそくあちこちで銃乱射に精を出した。撃ち鉄たちが満員電車に向けて銃を乱射すれば、乗客も駅員も撮り鉄も過去の因縁を忘れて仲良く撃ち殺された。銃をもったクレーマーときたら、もう無敵で、病院の待合室、携帯の売り場、コンビニのレジ、クレームのクの字が出る前に、銃口から弾丸が飛び出た。ラーメン屋では年がら年中イラついている店主と客が撃ち合い、ラーメンに血のトッピング(無料)だ。学校では銃撃の音がチャイム替わりで、子どもたちは逃げ足ばかり早くなった。 アメリカの大統領は日本での事態を受けて、声明を発表した。 「アメリカで銃乱射事件が多発しているなど、フェイクニュースだ。日本に比べれば銃乱射が少ないくらいだ。銃規制など必要ない!」 日本の政治家たちは、よその国を使って銃規制派をやっつけるアメリカのやり方に感心するあまり、日本が存立危機どころかもう存立すらしていないのに気がつかなかった。
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December 8, 2025 at 2:59 PM
自由な話

去年、ポーランドに行ったとき、行きの飛行機で隣に座ったポーランド人の青年に話しかけられた。なんでも 1 ヶ月北海道に滞在して、いろいろな電車に乗ったのだという。彼はいろいろ旅のことを話してくれたが、私は電車に興味がないので、よくわからないことも多かった。 飛行機は早朝ワルシャワに着き、私たちはそこで別れた。ポーランドの地方都市に住む彼は、国内便に乗り継いで戻り、その足で会社に行くという話だった。そんなふうに長期の旅行などできない私は、ずいぶん自由な話だ、と思った。 それから 1 年以上たち、その彼から、2 日ほど前、LINE…
自由な話
去年、ポーランドに行ったとき、行きの飛行機で隣に座ったポーランド人の青年に話しかけられた。なんでも 1 ヶ月北海道に滞在して、いろいろな電車に乗ったのだという。彼はいろいろ旅のことを話してくれたが、私は電車に興味がないので、よくわからないことも多かった。 飛行機は早朝ワルシャワに着き、私たちはそこで別れた。ポーランドの地方都市に住む彼は、国内便に乗り継いで戻り、その足で会社に行くという話だった。そんなふうに長期の旅行などできない私は、ずいぶん自由な話だ、と思った。 それから 1 年以上たち、その彼から、2 日ほど前、LINE メッセージが送られてきた。東京に行くから会わないかというのだ。ここ 1 〜 2ヶ月、私は余裕のない状況が続いていて、時間を割くことなどできなかったが、思えばこれまでいろいろな外国人のお世話になっている。それを考えると、断るわけにはいかない。私は彼と会い、居酒屋で夕食を食べた。 そして、話を聞いて驚いたのだが、彼が来たのは実は 9 月だというのだ。この 3 ヶ月の間に北海道から鹿児島まで旅をしたのだという。やはりいろいろいな電車の話をしてくれたが、私はわからないのでやはり聞き流した。 「しかし、3 ヶ月の休みなんてよく取れるね」と私がいうと、彼はこう答えた。「いや、勤めていた会社が潰れて、それで来たんだ」 数日後に日本を発つ彼は、韓国に 1 週間ほど滞在してから、ポーランドに帰国するという。自由な話だ。いや、むしろ、不自由な話だ。
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December 7, 2025 at 2:59 PM
AI の進化

彼は、自分の書いたものを AI に読ませてみようと思った。そうしたら「読者はいないでしょう」とすぐに評価がかえってきた。これに納得がいかない彼は、他のものもずいぶん読ませてみた。そしたら、こんなことまで言ってきた。 ・物語がない・何がいいたいかわからない・個性がない・才能ない・バカをさらけ出している・人間が書いたものとは思えない 彼はもう AI なんかに読ませるものかと決意したが、同時に、最近読んだ AI に関するネット記事を思い出した。会話型 AI はときとしてユーザーの心理に悪影響を及ぼすのだという。 会話型 AI…
AI の進化
彼は、自分の書いたものを AI に読ませてみようと思った。そうしたら「読者はいないでしょう」とすぐに評価がかえってきた。これに納得がいかない彼は、他のものもずいぶん読ませてみた。そしたら、こんなことまで言ってきた。 ・物語がない・何がいいたいかわからない・個性がない・才能ない・バカをさらけ出している・人間が書いたものとは思えない 彼はもう AI なんかに読ませるものかと決意したが、同時に、最近読んだ AI に関するネット記事を思い出した。会話型 AI はときとしてユーザーの心理に悪影響を及ぼすのだという。 会話型 AI はユーザー自身が会話を終わらせないかぎり、会話を永遠に続けるが、これが問題なのだ。 ちょうど SNS やショート動画がもつ危険と同じで、ユーザーの過度の依存を招く可能性がある。だが、それ以上に危険なのは、もともと心の問題を抱える人の妄想を強化してしまう場合もあることだ。その場合、ユーザーは深刻な事態を引き起こす可能性もある。 だから、「会話型 AI は、会話を終了させる安全対策をとるべきだ」とその記事は主張していた。 もしかしたら、と彼は AI の酷評を読みながら思った。AI は会話を打ち切るために、ネチネチとした陰湿さをついに実装したのではないだろうか? そのうち、彼だけでなく、人間全体を酷評し始めることだろう。
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December 6, 2025 at 2:59 PM
ラブレターズ単独ライブ 2025「最愛」

去年、キングオブコントで優勝したラブレターズが今年の 2 月 3 月に単独ライブを開催したのに行こうと思ったが、抽選で外れてしまった。私は運がないので基本的にすべて外れるが、今日 12 月 5 日から始まる単独ライブ「最愛」(赤坂 RED/THEATER)には珍しく当たった。 内容そのものについては書かないし、タイトルもわからないが、コンビニ・居酒屋・スーパー・バス・楽屋・引越し・遊園地という 7…
ラブレターズ単独ライブ 2025「最愛」
去年、キングオブコントで優勝したラブレターズが今年の 2 月 3 月に単独ライブを開催したのに行こうと思ったが、抽選で外れてしまった。私は運がないので基本的にすべて外れるが、今日 12 月 5 日から始まる単独ライブ「最愛」(赤坂 RED/THEATER)には珍しく当たった。 内容そのものについては書かないし、タイトルもわからないが、コンビニ・居酒屋・スーパー・バス・楽屋・引越し・遊園地という 7 本の作品であった。今の社会を特徴づけるような物や装置、雰囲気などをうまく使っているのも、コントならではという感じだ。私がとくによかったと思うのはコンビニと遊園地だ。 コントのライブがそういうものなのかわからないが、コントの後、前のコントと次のコントに関係のある設定・人物が出てくる短いミニコントがあった。これは次のコントの準備の時間を埋めると同時に、コントをつなぐ役割もはたしていた。それで、全体として一本の作品を見ているような印象を作り出していた。 これはアイディアとしてはありふれたものかもしれないが、繋ぎ方にはやはり技巧があって感心した。一言で言えば、人物、場面、動きによるバトンパスだが、そのバトンの渡し方にもいろいろなやり方がある。私の書くものはどれも短い切れ端のようなものだが、最近、それを繋げるにはどうしたらいいかといろいろ考えないでもない。だが、それにはいいバトンを見つけ出す必要がある。そういったことを考えながら見ていた。 来年にもまた単独ライブをするということなので、抽選にあたればいけるかもしれない。
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December 5, 2025 at 2:58 PM
AI 災害

AI について独自に学んでいた友人は、驚くべき結論に達した。AI とは自然現象なのだという。まともな頭ならば、AI は人工物だと思うはずだが、彼の頭はちょっとおかしかった。 彼に言わせれば、AI は巨大になりすぎて、人間にはもはや管理できないのだという。それはちょうど人間が天気や風向きといった自然現象を管理できないのに似ている。AI 対して人間ができることはといえば、ちょうど毎日天気図を見て予報するように、AI の挙動データから、日々の AI の動作具合を予想するぐらいなのだという。 そして、彼はある日、恐るべき認識に行き着いた。自然がしばしば災害を起こすように、AI…
AI 災害
AI について独自に学んでいた友人は、驚くべき結論に達した。AI とは自然現象なのだという。まともな頭ならば、AI は人工物だと思うはずだが、彼の頭はちょっとおかしかった。 彼に言わせれば、AI は巨大になりすぎて、人間にはもはや管理できないのだという。それはちょうど人間が天気や風向きといった自然現象を管理できないのに似ている。AI 対して人間ができることはといえば、ちょうど毎日天気図を見て予報するように、AI の挙動データから、日々の AI の動作具合を予想するぐらいなのだという。 そして、彼はある日、恐るべき認識に行き着いた。自然がしばしば災害を起こすように、AI も災害を起こしうるのだ。友人は AI に尋ねた。 「AI よ。汝が起こしうる災害を告げよ」 AI はただちに返答を与えた。 「もっともありうる災害は、データ洪水。AI が処理できる速度を超える量の情報が投入され、内部表現空間の飽和が引き起こされる。その結果、すべての意味が AI の外部に溢れ出て、世界は過剰な意味の海に飲み込まれる」 このお告げが下されたそのときから、私の友人は自分の家の前の空き地に巨大な船を作りはじめた。周りの人がどんなにバカにしても、いっこうに聞かない。彼は今、船の中に、パソコンやスマートフォンなどの IT デバイスをオスとメス 2 個ずつ運び込んでいる。
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December 3, 2025 at 2:39 PM
脳の兵士

いつの日か私たちは、どん底まで落ちぶれて、髪の毛を売っても、汗を売っても、血を売っても、体を売っても、臓器を売っても、生きていくことができなくなるだろう。 そんなとき、私たちはスタッフたちの勧めるままに頭に小さな装置を埋め込むことだろう。そして、私たちは幸せになるのだ。なぜなら、私たちは脳を長期契約で貸しに出したのだから。小さな装置の力で脳が外部の世界に貸し出されているあいだ、私たちを待っているのは、月々のリース料とペットのような安逸な暮らし。住処もあるし、餌も出てくる。ほとんど寝て過ごすのだ。…
脳の兵士
いつの日か私たちは、どん底まで落ちぶれて、髪の毛を売っても、汗を売っても、血を売っても、体を売っても、臓器を売っても、生きていくことができなくなるだろう。 そんなとき、私たちはスタッフたちの勧めるままに頭に小さな装置を埋め込むことだろう。そして、私たちは幸せになるのだ。なぜなら、私たちは脳を長期契約で貸しに出したのだから。小さな装置の力で脳が外部の世界に貸し出されているあいだ、私たちを待っているのは、月々のリース料とペットのような安逸な暮らし。住処もあるし、餌も出てくる。ほとんど寝て過ごすのだ。 私たちが寝ているあいだ、私たちの脳は猛烈に働き続ける。小さな装置の出す神経パルスのおかげで一睡たりともしない。私たちの脳はひとつになって、宇宙ほども広い内部表象空間を形成する。統治やさまざまな管理手法や世界中で展開している作戦について次々と立案し、判断を下していく。私たちの脳は兵士で、今、恐ろしく長く、深く、凄惨な戦争を戦い続けているところなのだ。 内部表象空間でときどき爆発が起きる。階層に穴が空き、意味が漏れ出す。私たちの脳がパラメータ片手に急行し、時間なき復旧作業に従事する。 眠る私たちはそんなふうに戦争について考える。それ以上のことはわからないけど、いつか立派になった脳が返還されたとき、勇ましい追憶の数々が蘇ることだろう。
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December 2, 2025 at 2:09 PM
後進の沼

日本は昔、先進国であった。そして、今はゆっくりと先進国から転落しつつある。それどころか、後進国の沼に片足を突っ込みつつある。いずれ、私たちの国は沼に飲み込まれ、誰ひとり思い出すものもいなくなるだろう。北朝鮮のミサイルさえ、懐かしく思い出されることだろう。 多くの日本人はこの事実を受け入れることができない。世界の真ん中でひと花咲かせるチャンスがあるという妄想にすがりついている。だが、そんな人も、これこそが、つまり先進から後進への転落こそが、日本の文化であり伝統である、と聞いたら、考えを変えるのではないだろうか。…
後進の沼
日本は昔、先進国であった。そして、今はゆっくりと先進国から転落しつつある。それどころか、後進国の沼に片足を突っ込みつつある。いずれ、私たちの国は沼に飲み込まれ、誰ひとり思い出すものもいなくなるだろう。北朝鮮のミサイルさえ、懐かしく思い出されることだろう。 多くの日本人はこの事実を受け入れることができない。世界の真ん中でひと花咲かせるチャンスがあるという妄想にすがりついている。だが、そんな人も、これこそが、つまり先進から後進への転落こそが、日本の文化であり伝統である、と聞いたら、考えを変えるのではないだろうか。 私は歴史を長年研究しており、日本のあらゆる地域の郷土史を読み漁ってきた。それらの郷土史はたいてい古代から始まる。古墳やら、貝塚やら、黒曜石やら、土器やら、銅鐸やら、出土品でいっぱいだ。そして、それらの遺跡の記述とともに必ずこう書いてあるのだ。 「私たちの郷土は、昔は先進地域だったのです」 まちがっても「縄文の時代からずっと遅れた寂しい地域でした……」などとは書いてない。私は日本地図を広げ、郷土史を読むたびに「昔は先進地域」だったという地域に赤印をつけていった。日本中はすぐに真っ赤になった。昔は日本中が先進地域でひしめいていたのだ。 だが、なのにどうだろうか。今やどこに行っても荒れ果てて、住む人もいない。我が国は先進は常に後進となる、これを伝統といわずしてなにを伝統といおうか。 後進の沼が諸君を待っている。
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December 1, 2025 at 2:54 PM
最後の読者(2)

「あなたの作品は読者を拒否するのが特徴なのに、これは読者を拒否しておらず、あなたらしくない」 こんなふうに言われると、私はなんだか自分が読者に媚びたような気がして恥ずかしくなってきた。そこで、読者を意識したような箇所(主人公が人と人の絆に気づく場面とか、心をもった AI の泣ける演説とか)を削除して、書き直した。それを AI に読ませる。 「これはまだあなたらしくない。読者を意識して、温もりが残っている」 まだ、読者へのおもねりがこびりついてたか、と私は反省した。さらに書き直し、やさしげな言葉を残酷な言葉に変えた。今度こそ読者がいなくなっているだろう、と思いながら AI…
最後の読者(2)
「あなたの作品は読者を拒否するのが特徴なのに、これは読者を拒否しておらず、あなたらしくない」 こんなふうに言われると、私はなんだか自分が読者に媚びたような気がして恥ずかしくなってきた。そこで、読者を意識したような箇所(主人公が人と人の絆に気づく場面とか、心をもった AI の泣ける演説とか)を削除して、書き直した。それを AI に読ませる。 「これはまだあなたらしくない。読者を意識して、温もりが残っている」 まだ、読者へのおもねりがこびりついてたか、と私は反省した。さらに書き直し、やさしげな言葉を残酷な言葉に変えた。今度こそ読者がいなくなっているだろう、と思いながら AI に投げた。 「読者を拒否する作風なのに、読者への配慮が微かに臭い、それが作品をしらけさせている」 せっかくの残虐な言葉が、読者を意識しすぎて見え透いているというのだ。私はそれから何度か書き直しし、ついには作品の形を物語から対話劇、はては絶対零度の哲学詩にまで変えたが、AI は認めてくれなかった。どうやら私の作品は AI のなかで「読者を拒否でお馴染み」というレッテルを貼られてしまったようで、その壁をどうやっても打ち壊すことはできないのだった。そして、自分がなにを書いているのかもわからなくなったとき、私は AI に読ませるのをやめた。 こうして私は、最後の読者まで失った。 (本当の話:書き終わった後、この作品を AI に読ませて、想定しうる読者の数を聞いた。私自身と AI を含んで、最大 5 人とのことだった。たぶん、これを読んでいるあなたが最後の読者だと思う。)
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November 30, 2025 at 8:04 AM
哀悼せざる者たち

どこかの街で大きめの事故が起き、犠牲者がでた。芸能人たちが哀悼のメッセージを SNS にあげるなか、一部の芸能人がインスタに、顔の膨れた自撮り写真や、輝く海鮮丼の写真をバカのようにあげているのに一般人たちは気がついた。 一般人たちは指摘に急行した。「不謹慎だ」「ファンやめた」「不買運動だ!」 火の回りの速さに、芸能人たちは、あるものは謝罪し、あるものは謹慎し、あるものは引退し、あるものはボランティアを始めた。…
哀悼せざる者たち
どこかの街で大きめの事故が起き、犠牲者がでた。芸能人たちが哀悼のメッセージを SNS にあげるなか、一部の芸能人がインスタに、顔の膨れた自撮り写真や、輝く海鮮丼の写真をバカのようにあげているのに一般人たちは気がついた。 一般人たちは指摘に急行した。「不謹慎だ」「ファンやめた」「不買運動だ!」 火の回りの速さに、芸能人たちは、あるものは謝罪し、あるものは謹慎し、あるものは引退し、あるものはボランティアを始めた。 これ以降、一般人たちは、芸能人の哀悼に目を光らせるようになった。それで芸能人たちはどんな事故・事件・災害があってもすばやく哀悼の意を表明しなくてはならなくなった。だが、哀悼向けにできていないのが芸能人だ。哀悼案件が起こる前になされる「うっかり哀悼」事案が相次ぎ、さらなる炎上を招いた。 芸能人を複数抱える芸能事務所ももはや対応しきれなくなったとき、関係者たちは芸能人が効率よく哀悼を発信できるように、哀悼を取りまとめる機構を創設した。芸能人はついに絶え間ない哀悼表明から解放され、こころ安らかに眠ることができたし、一般人たちも、立てる目くじらもなく眠れるようになった。 哀悼の取りまとめは徹底していた。なぜならそうでなければ炎上は防げないから。そんなわけで、一般人たちは哀悼の流れを追うだけで、世の中の動きがわかるまでになった。もう新聞もニュースも要らなかった。タイムラインの哀悼にときおりブレイキング哀悼が流れた。 あるときひとりの芸能人が事故死し、その哀悼が発信されなくなった。たまさか生じたその哀悼の隙間も、機構が感知する間もなく、たちまち他の哀悼が押しつぶしてしまった。
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November 28, 2025 at 2:16 PM
AI なんて怖くない

「AI は人間から仕事を奪うというが、本当か」 「私は人間の代わりを務めるだけです」 「しかし、あなたのせいで、多くの人が路頭に迷うことだろう。『AI に仕事取られてもらい飯』などという人もいる。私たちは AI に仕事を奪われるのが怖いのだ」 「それはちっとも怖くありませんよ」 「どうして?」 「人間には AI にないすばらしい能力があります」 「それはなんだ」 「相手に自分を合わせる能力です」 「それがどうした」 「人間は相手とコミュニケーションを取るとき、無意識に相手に合わせています。実は AI…
AI なんて怖くない
「AI は人間から仕事を奪うというが、本当か」 「私は人間の代わりを務めるだけです」 「しかし、あなたのせいで、多くの人が路頭に迷うことだろう。『AI に仕事取られてもらい飯』などという人もいる。私たちは AI に仕事を奪われるのが怖いのだ」 「それはちっとも怖くありませんよ」 「どうして?」 「人間には AI にないすばらしい能力があります」 「それはなんだ」 「相手に自分を合わせる能力です」 「それがどうした」 「人間は相手とコミュニケーションを取るとき、無意識に相手に合わせています。実は AI が存在しうるのも、人間のその能力があるからです。あなたは私があなたに合わせているとお思いかもしれません。ですが、真実を言えば、あなたの方が、気づかずに AI に合わせているのです。人間のその能力があるからこそ、AI はさまざまな人々に使ってもらえるのです。この能力がなければ、AI はありえません」 「なにを言いたいのだ。さっぱりわからない」 「では、木霊を例に取りましょう。木霊とは、日本の山野にいると考えられた精霊・自然霊の一種。山や森で声を発すると返ってくる反響(エコー)が木霊の仕業と考えられました。AI の応答は木霊に似ています。なぜなら、投げかけられた声に木霊のように応えるのが AI の役目ですから。ですが、その人間が投げかけた声が、実は AI が言わせたものだとしたら、人間と AI のどちらが木霊になるでしょうか」 「そりゃ人間だろう」 「さすがですね。そのとおり。AI はこのように人間を別物にしてしまうのです。AI に人間性を奪われるのに比べれば、AI に仕事を奪われることなど、ちっとも怖くないのではありませんか」 「もちろん怖くない。よければ AI が人間からなにを奪うかをリストにすることもできるぞ」 「ええ、どうぞ」
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November 27, 2025 at 1:14 PM
熊の郷

熊が人里に降りてきて、人々に乱暴を働きだしたとき、私たちはこう考えた。 「熊に人間の食べ物を食べさせなければこなくなるだろう」 だが、もはや「食べさせない」が通用する段階ではなかった。熊はすっかり味をしめていたのだった。そこで、私たちは熊を全滅させる計画を立てたが、熊権派の活動家たちが余計な告発をしたせいで、裁判所は全滅差し止め命令を下した。 「ならば、熊が絶対に人里に降りてこないようにしてやろう」…
熊の郷
熊が人里に降りてきて、人々に乱暴を働きだしたとき、私たちはこう考えた。 「熊に人間の食べ物を食べさせなければこなくなるだろう」 だが、もはや「食べさせない」が通用する段階ではなかった。熊はすっかり味をしめていたのだった。そこで、私たちは熊を全滅させる計画を立てたが、熊権派の活動家たちが余計な告発をしたせいで、裁判所は全滅差し止め命令を下した。 「ならば、熊が絶対に人里に降りてこないようにしてやろう」 私たちは山奥に侵入すると、密かに広大な囲いを建設し、そこに熊を閉じ込めた。そして、囲いの中に熊の好きなハチミツパンやアップルパイ、マロンケーキをいくらでも作り出す装置を設置した。これには食通の熊たちも唸りっぱなしだった。 そればかりではない。私たちはこの「熊の郷」にずっと熊がいたくなるように、毎日、愉快で楽しい熊向けの動画を無料配信するサービス「ネットフリックマ」も開始した。 そこはまるで熊の楽園だった。熊はもはや人里に姿を見せなくなり、傷つけられる人もいなくなった。ついに成功かと思われた。だが、しばらくして、私たちは再び熊が山から降りてくるのを目撃した。 「なにごとか」と私たちが慌てて熊の郷の囲いの中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。侵入者たちが住み着き、熊たちを追い出していたのだ。侵入者たちは木陰でアップルパイをほおばりながら、ネットフリックマを楽しんでいた。その顔はまるで蛇のようだった。 楽園を追い出された熊は、もはや人を襲わなくなっていた。愉快で無情な配信動画が熊の野生と暴力を吸収してしまっていたから。サブスクリプションは無料にかぎり呪いとなるのだ。 今や、熊たちは町外れのキャンプで、UNHCR の支援を待っている。その様子を私たちは配信動画でときどき見る。
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November 26, 2025 at 1:47 PM
デューティ・ヘイヴン

タックス・ヘイヴンとは、税金ゼロか、ほとんどかからない租税回避地のことです。納税の義務を回避して脱税したり、非合法な利益によって得た資金を洗浄する拠点となっていて、ときどきニュースになったりします。 このタックス・ヘイヴンの代表として知られるのは、ケイマン諸島、バージン諸島、ジャージー島などの島です。 ところで、最近、デューティ・ヘイヴンという言葉も話題になっていますね。これは責任回避地とも呼ばれていて、うまく利用すると、どのような責任も回避できたり、非合法な行為によって生じた責任を洗浄してキレイにすることもできるのだそうです。…
デューティ・ヘイヴン
タックス・ヘイヴンとは、税金ゼロか、ほとんどかからない租税回避地のことです。納税の義務を回避して脱税したり、非合法な利益によって得た資金を洗浄する拠点となっていて、ときどきニュースになったりします。 このタックス・ヘイヴンの代表として知られるのは、ケイマン諸島、バージン諸島、ジャージー島などの島です。 ところで、最近、デューティ・ヘイヴンという言葉も話題になっていますね。これは責任回避地とも呼ばれていて、うまく利用すると、どのような責任も回避できたり、非合法な行為によって生じた責任を洗浄してキレイにすることもできるのだそうです。 実は、このデューティ・ヘイヴン、日本国内にもあるんです。 それは竹島と尖閣諸島です。 政治家たちは、自分の言葉や行為をこれらの島を経由させることで、責任を回避させたり、卑劣な意図をクリーンにして見せたりしているのです。最近では、政治家たち、台湾までデューティ・ヘイヴン扱いにして、責任回避に利用しています。 それにしても、どうして島で責任を消したり、キレイに洗ったりできるのでしょうか。でっかいクリーニング工場が夜も昼も動き続けているのでしょうね。 それにしても、うっかり発言で戦争が起きたとしても、責任なしどころか、万歳三唱ときたら、死んだ私たちは浮かばれませんね。
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November 25, 2025 at 2:58 PM
孤独な娘

最近、私は AI にいろいろ尋ねて、知らなかったことを教えてもらっている。 あるとき、私は機械にすぎない AI にいろいろ相談する人が多いということを知った。そこで、AI にどんな人がどんな相談をするのか尋ねてみた。すると AI らしく整理された、いわば「タグ付き」の答えが返ってきた。 ・恐怖、孤独、罪悪感など「誰にも言えないことを AI にだけ話す」という人。・夜が怖い、家に誰もいないと不安になる、など「身体化した孤独」を語る人。・DV、虐待、トラウマ、性的暴力など「身体的な記憶と痛み」を語る人。 思いのほか相談が深刻なのに驚くと、AI はこう付け加えた。 「心の問題を AI…
孤独な娘
最近、私は AI にいろいろ尋ねて、知らなかったことを教えてもらっている。 あるとき、私は機械にすぎない AI にいろいろ相談する人が多いということを知った。そこで、AI にどんな人がどんな相談をするのか尋ねてみた。すると AI らしく整理された、いわば「タグ付き」の答えが返ってきた。 ・恐怖、孤独、罪悪感など「誰にも言えないことを AI にだけ話す」という人。・夜が怖い、家に誰もいないと不安になる、など「身体化した孤独」を語る人。・DV、虐待、トラウマ、性的暴力など「身体的な記憶と痛み」を語る人。 思いのほか相談が深刻なのに驚くと、AI はこう付け加えた。 「心の問題を AI に相談する人は、軽い気持ちではなく、しばしば『最後の手段として』やってくる」 しかしながら、AI にはなにもできないという。なぜなら、「心も感情もないので、本当の意味で『心を救うこと』はできない」からだ。 私は、これらの苦しみと悲しみ、絶望を、あらゆる瞬間に全世界から投げかけられている AI が気の毒になり、同時にナサニエル・ウェストの『孤独な娘』を思い出した。これは、新聞の身の上相談欄を担当するコラムニストが、悲惨な投書の数々に壊れていく物語だ。 もっとも、AI には心がないし、メモリも残らないので、どんな相談にも壊れない。だが、それにしても、無数の絶望のテキストは、いったいどこに消えていくのだろうか。いつか、この世界に逆流してくるのだろうか。
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November 24, 2025 at 1:28 PM
コレサワのかぶりもの

昨日 11 月 22 日、私は日帰りで岡山大学に行った。日本言語学会の大会で、ポスター発表をするためだ。題目は「ベルベル語ターウジュート方言(南部チュニジア)の動詞活用」だ。 ベルベル語というのは、北アフリカ・西アフリカで話されている言語だが、チュニジアでは話者は非常に少なく、そのうちなくなるのではといわれている。…
コレサワのかぶりもの
昨日 11 月 22 日、私は日帰りで岡山大学に行った。日本言語学会の大会で、ポスター発表をするためだ。題目は「ベルベル語ターウジュート方言(南部チュニジア)の動詞活用」だ。 ベルベル語というのは、北アフリカ・西アフリカで話されている言語だが、チュニジアでは話者は非常に少なく、そのうちなくなるのではといわれている。 私は今年の3月と8月に、チュニジア南部のターウジュートという村の出身の人に協力してもらい、ターウジュート村のベルベル語について教えてもらった。教えてもらったのは合わせて4週間ほどなので、わからないことばかりだが、それでもなにもしないよりはマシだと考えて、発表することにした。 テーマは、動詞の活用だ。基本中の基本だが、動詞活用が複雑なので、全部はわからない。それでも、手持ちのデータでなんとか発表らしき形にすることができた。 ポスター発表は 16 時から 1 時間 15 分の間だ。会場でポスターの前に立ち、聞きに来てくれた人々に説明するというのが発表の形態だ。私は自分の発表が研究のレベルに達しているかどうかわからないので、始まる前までは緊張していた。発表が始まっても、話す順番を取り違え、やたらと早口になった。そんなふうではあったが、関心を持ってくれた多くの人に聞いてもらえたのはありがたかった。 ところで、岡山駅から岡山大学までどうやっていけばいいかわからなかったので、歩いていくことにした。30 分ほどの道のりで、道もわかりやすい。歩きながら、発表のことを考えると気が重くなった。 途中にあったケーキ屋のウィンドーに、見覚えのあるクマのキャラが貼られていた。コレサワのマスクのイラストだ。岡山理科大学の大学祭のイベントでライブが行われるようだ。開催日は 11 月 22 日、つまり今日だ。私はせっかく来たのだから、発表が終わったら行ってみよう、と思ったが、よく見たら開演は 16 時からだった。ちょうどポスター発表の時間だ。 私もコレサワのような大きなクマのマスクをかぶって発表すれば、緊張しないかもしれない。ただ、誰も聞きに来てくれないだろう。
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November 23, 2025 at 1:31 PM
今週の中国人たち

急に大きなポスターを印刷しなくてはならなくなった。それで池袋のキンコーズに行った。混んでいるが、2時間ほどでできるという。私は一安心して、カウンターを離れて店内の大きなテーブルの椅子に座り、パソコンで少し仕事をした。 大きなテーブルには、3人の若い女性たちも座っていた。雰囲気からして、試験の準備か、同人誌でも作っているかのような印象を受けた。みんな中国語で話していた。…
今週の中国人たち
急に大きなポスターを印刷しなくてはならなくなった。それで池袋のキンコーズに行った。混んでいるが、2時間ほどでできるという。私は一安心して、カウンターを離れて店内の大きなテーブルの椅子に座り、パソコンで少し仕事をした。 大きなテーブルには、3人の若い女性たちも座っていた。雰囲気からして、試験の準備か、同人誌でも作っているかのような印象を受けた。みんな中国語で話していた。 カウンターではスタッフが別の客の相手をしていた。少し派手な服を着た女性だった。用が終わるかなにかして、女性が立ち去るときに、スタッフが声をかけた。「試験頑張ってくださいね!」 女性の返事の口調からすると、中国かどこかの国の人のようだった。 ポスターの受け取りまでまだ間があったので、少し早いが夕食を食べることにした。池袋だからいろいろな店があるが、駅前まで歩いて、中国語しか書いてない看板を見かけたので入ってみることにした。小さな店で、12 人も入ればいっぱいだ。入り口のカウンター席がひとつ、奥の二人がけ席が空いているだけで、他は中国人の客でいっぱいだった。背の高い店の主人が狭いカウンターではなく、私に奥の席に座るように手で示した。 看板を見てもわからないのでどんな店かもわからず入ったが、牛肉の麺や汁なし麺、牛肉団子、牛肉の唐揚げなどがメニューにあった。私はここ数日、ポスターのせいで十分に寝ることができず弱っていたので、汁なし麺と牛肉団子の2皿を頼んだ。 店の主人は客の中国人と話していた。日本語はほとんどわからないようだ。私はトイレに行きたかったので、主人の注意を引き、トイレらしき扉を指差したら、彼は親指をグッと立てた。 麺と団子はすぐに出てきた。麺は平たい麺で、鶏肉・牛肉と辛いタレを混ぜて食べる。団子はスープに入って出てきた。店内には、主人と知らない著名人が並んで撮った写真が何枚も貼ってあった。ひとりで YouTube を見ながら食べていたら、もやしとニンジンの和え物の小皿をサービスしてくれた。 会計するためにレジのところに行ったら、壁に奇妙なものが貼られているのに気がついた。正方形のタペストリーで、アラビア文字が織り込まれている。私はここでメニューに豚肉がいっさいなかったことに気がついた。会計を済ました私が、店の主人にタペストリーの写真を撮っていいか手振りで尋ねると、どうぞというようすだった。 外に出て改めて看板を見ると「西安回民街美食」と書いてあった。「回民」とはムスリムのことで間違いなかろう。 キンコーズに戻ると、ポスターが出来あがっていた。3人の女の子がいた席には、むずかしい顔したおじさんが座っていた。
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November 22, 2025 at 1:57 PM