パンダ
pandalinda.bsky.social
パンダ
@pandalinda.bsky.social
かげぶんしん。深く考えていません。
はっきり言えば「そうやって正義を推し進めたいならば、そうやって正義を推し進めれば良いと思う」としか言えないというのはあるんですよねぇ。

「バイキンマンをパンチで成敗する」ことこそが「正義」なのだとして、誰もが誰かを「バイキンマン」と呼び続けるこの世界で、いったい誰が真の「バイキンマン」であるかをどのように確定できるんだろうということは考えてしまいますが。
December 21, 2025 at 4:53 PM
本意ではないと言われるかもしれないが、記事後半の論理は、基本的に「性犯罪に対抗する運動は一丸となる必要があるので、異論を公に挟むことは運動を阻害するため敵に塩を送る行為であり断じて許されない」という紛争動員の論理なので、「属人的な正義」というのは「集団内の裏切り者をいかにして検知するか」ということと不可分なんですよね。「伊藤さんを攻撃する側に回った弁護士たちは、もはやこの腐敗した仕組みを正す側ではなくなった。」あたりの筆致がまさにそんな感じ。「攻撃」「裏切り」「誤った倫理」「陰湿」みたいな言葉で悪魔化するナラティブが「正義」のナラティブと表裏一体なのも見過ごせない。
December 21, 2025 at 4:48 PM
厳密には性被害に限らないが、しかし性被害は被害者の側の証拠収集が特に困難さを極めやすいため、いかに証拠の任意提供のハードルを下げるのかというのは核心的な論点の一つではある(と思ってきた)。某映画への批判/潜在的懸念の一つもこれではある。

ただ「支援者」が、その論点を分かってか分かってなくてかは知らないけど、そのような批判が「些末なこと」だと言っていたり「理想の被害者像の押し付け」だと言ってるのを多く見かけたので、なるほどそれは些末で理想の押し付けだったのかとは思ったし、この論点を特に掘り下げる必要もないんだろうなと「認識を改めた」。
December 21, 2025 at 12:54 AM
そして、証拠や証言を「ほぼ勝手に」映画の中に出しても良いと判断する当事者が「一人でも」いたならば、実際に出された当事者がどう思うかは別にして、そこから受け取るメッセージはやはり「今後はもっと協力しよう」より「不用意な協力は控えよう」になりやすいのではないだろうか。

それを「正義にもとる行為」と評価する人もいるかもしれないが、任意の協力は「義務」と根本的に区別されるし、むしろ個人や個の企業などにかかる負担に鑑みればごく自然な利益計算の帰結のように思われる。
December 21, 2025 at 12:43 AM
大雑把に言うなら「正義」と「私刑」をクロスさせて二軸で理解した方が良いんじゃなかろうか。
December 19, 2025 at 9:42 AM
ここまで言わなきゃいけないのかは分からないけど、ここまで言っちゃう粗品は結構好きではある
December 19, 2025 at 8:46 AM
もう「お笑い」ではないのだが、なんかグッとくる動画だった
December 19, 2025 at 8:45 AM
個人的には「柔らかいところをいじるな」の方が最近のお笑いワードとしての面白さは上かなと思う。
December 19, 2025 at 4:30 AM