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「正しさの聖杯」は私が適当に今作った言葉なので、「正しさ」もあまり厳密な意味で使っていませんが(すみません)、この場合は、科学的な正しさというのもあるんですが、どちらかというと「社会的/歴史的/政治的な正当性」の意味合いが強いです
再エネの例で言えば、エネルギー政策や経済の面で実際に役立つ上に、環境問題や気候変動という文脈において「正当性がある」とも中国は他国に主張できるわけで、それは「力」に他ならないよな、と思った次第です。
その聖杯を日本が掴みそこねている現状への残念さも込めつつ…
bsky.app/profile/yohy...
再エネが例に挙げられてますが、脱炭素・再エネの理論的根拠である自然科学や社会科学に携わる科学者・研究者は「正しい」という表現は殆ど使わないです…。科学は不確実性(まだわからないこと)も考慮する思想体系なので単純に「正しい/正しくない」の二項対立ではなく「確からしい」のアナログな度合いです。「リスクを減らすための科学」という表現が分かりやすいかと。「正しい」は寧ろ反科学が科学批判のために藁人形論法で使う表現で、その構造を知っておくことが重要です。
近年だと中国は、再生可能エネルギーという「正しさの聖杯」を他の国に先駆けて手に入れた。環境配慮よりも経済や合理性重視だろうが、それでも聖杯として国に力を与える。
「民衆に正しさなど通じない」という理屈で「正しさ」を捨てるのは、いっけん現実的なようで、この側面を見落としているかもしれない。
「正しさの聖杯」は私が適当に今作った言葉なので、「正しさ」もあまり厳密な意味で使っていませんが(すみません)、この場合は、科学的な正しさというのもあるんですが、どちらかというと「社会的/歴史的/政治的な正当性」の意味合いが強いです
再エネの例で言えば、エネルギー政策や経済の面で実際に役立つ上に、環境問題や気候変動という文脈において「正当性がある」とも中国は他国に主張できるわけで、それは「力」に他ならないよな、と思った次第です。
その聖杯を日本が掴みそこねている現状への残念さも込めつつ…
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経済危機でご飯もロクに食べられないスリランカを脱出し、死にかけながらインドに密入国した家族。しかしいきなり警察に見つかって大ピンチ! それを切り抜ける冒頭から始まり、深刻な問題をあえてコテコテなギャグで万人が楽しめる人情コメディとして仕上げた。
インド版『パディントン』みたいなカルチャーギャップの笑いを交えつつ、困窮した立場の人を「人として描く」という姿勢を徹底する。モディ政権の方針に抗うような、良い意味で政治的な作品でもあり、インド映画の懐の広さを思う。
日本でも選挙のたびに外国人排斥が政治的な武器としてぶん回されて久しいが、だからこそ今みられて良かった映画。
経済危機でご飯もロクに食べられないスリランカを脱出し、死にかけながらインドに密入国した家族。しかしいきなり警察に見つかって大ピンチ! それを切り抜ける冒頭から始まり、深刻な問題をあえてコテコテなギャグで万人が楽しめる人情コメディとして仕上げた。
インド版『パディントン』みたいなカルチャーギャップの笑いを交えつつ、困窮した立場の人を「人として描く」という姿勢を徹底する。モディ政権の方針に抗うような、良い意味で政治的な作品でもあり、インド映画の懐の広さを思う。
日本でも選挙のたびに外国人排斥が政治的な武器としてぶん回されて久しいが、だからこそ今みられて良かった映画。
『銀河特急ミルキー☆サブウェイ各駅停車劇場行き』
『ツーリスト・ファミリー』
『銀河特急ミルキー☆サブウェイ各駅停車劇場行き』
『ツーリスト・ファミリー』
Aさん「そうなんだ、じゃあ一票」
ヒョウ「投票ありがとう、がぶり」
Aさん「まさかヒョウが私の顔を食べるとは思わなかった」
Aさんを愚かと呼ぶことは倫理的に正しいのかどうか、といった議論をする気力はもうない、というのが正直なところだ
なんと呼ぼうと、投票先を間違えた事実は変わらない
Aさん「そうなんだ、じゃあ一票」
ヒョウ「投票ありがとう、がぶり」
Aさん「まさかヒョウが私の顔を食べるとは思わなかった」
Aさんを愚かと呼ぶことは倫理的に正しいのかどうか、といった議論をする気力はもうない、というのが正直なところだ
なんと呼ぼうと、投票先を間違えた事実は変わらない