渦巻栗
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英国とアイルランドの怪奇幻想小説が好きな翻訳家。アルジャナン・ブラックウッド全訳計画を進めています。 【最近の翻訳】 アルジャーノン・ブラックウッド「木に愛された男」(『新編怪奇幻想の文学3』所収)、「五月祭前夜」(同『4』所収)、「古い衣」(同『5』所収)、「ジョーンズの狂気」(『幻想と怪奇15』所収)
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盛林堂書房さまより、ぼくの訳したゾラン・ジヴコヴィチ『ドナウ川五つの驚異』(盛林堂ミステリアス文庫)をご恵贈いただきました。誠にありがとうございます。
ドナウ川を舞台にふしぎな出来事を描く連作短篇集ですが、引用先の投稿にもある通り、不適切と思われる表現が一部にありますので、その点を検討したうえで購入するかどうか決めていただければと思います。
通販の予約は6/6開始の予定です。
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ペン・シェパード『非在の街』(安原和見訳/創元海外SF叢書)読了。大量生産の安っぽい道路地図のはずが、それを必死に集めている蒐集家がいて、どうやら主人公の父はその蒐集家に狙われていたようだ。実はその地図は存在するはずのない世界への鍵となるものだった……という地図の特別な力を軸に、家族やその友人たちが複雑に係わる異世界への鍵を巡る愛と裏切りと冒険を楽しく読んだ。
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この老婆(マギーという)いわく、牧草地に杖を差したのはコズウェルという男で、だれも追ってこれない秘められた道に国王軍を導いたらしい。
アルテミスはマギーの話に耳を貸さず、塀をよじのぼって牧草地に入ってしまうが……。
まじないによって時空が歪んでいる場所が登場。M・R・ジェイムズ風の歴史ネタに基づく怪奇小説にSFっぽいアイデアを組みこんでいるところがおもしろかったです。真っ暗な牧草地でなにものかに追いかけられる場面はなかなか怖いのですが、彼ら(おそらく国王軍兵士のなれの果て) がずっと異空間に閉じこめられていることもあり、かすかに哀愁も漂っているような気がしました。
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で、きょうはジョシュ・レノルズ「A Crooked Path」(2024)も読みました。
おもしろかった。
舞台は第一次大戦後の英国。
主人公のアルテミス・ウィットロックは、戦死した兄の遺志を継いで、英国の習俗にまつわる本を執筆しようとしていた。
彼女が訪れたのは、綱を巻きつけた杖が刺さっている牧草地で、清教徒革命の際、敗走した国王軍が逃げてきて、一夜のうちに消失した場所だった。
到着したときには日が暮れかけていたが、アルテミスは塀をよじのぼろうとする。すると、近所の住人らしき老婆が現れて、暗くなってからそこに入るのはやめたほうがいいと忠告する。→
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彼は教会墓地で地衣類を採取していたらしく、名前をアンソニーといった。彼によれば、教会の風見鶏は博物館に収蔵されてしまったらしいが、自宅にコカトリスがいるという。そんなわけで、語り手はアンソニーのあとについて、彼の家へ向かい……。
土地に宿る記憶(と思しきもの)が登場する、魅力あふれる幻想短篇。この主題は、前面に強く出ているわけではなく、繊細に描かれていますが、それでも全篇を通じてたしかな存在感を放っています。なんの変哲もないけど記憶に残っている光景の美しさや、語り手とアンソニーのなんとも表現しがたいふしぎな関係なども印象に残りました。
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マーク・ヴァレンタイン「as blank as the days yet to be」(2017)を読みました。
おもしろかった。
語り手は伝承を収集したり、舞台となっている土地に行って、伝承の名残りを探したりするのを趣味としていた。
ある年の夏、語り手はコカトリスの伝承を求めて、ハンプシャーのホワールウェルを訪れる。教会の風見鶏がコカトリスになっているという話だったが、実際に行ってみると、その姿はなかった。
教会内に置いてあった本には、たしかにコカトリスにまつわる伝承が載っており、教会の敷地内にかつて芝生迷路があったことも書かれていた。語り手は教会を出たときに細身の青年とぶつかりそうになる。
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きょうは盛林堂書房さんに行って、H・R・ウェイクフィールドほか『怪談の悦び』(南條竹則 編・訳、東京創元社)とダイアン・フォーチュン『神秘のカバラ』(大沼忠弘 訳、国書刊行会)を買いました。
で、それからインド料理店のSITALに行き、ひき肉&じゃがいも入りのナンとチキンビリヤニをテイクアウトしたのでした。味もボリュームも最高🍚
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翌日、語り手が女性(名前をリアという)のすすめに従って教会を見物しに行くと、内陣障壁にはたしかにふしぎな彫刻が施されており……。
先日読んだ『The Fig Garden』収録作のように、なじみの世界と異界との帳が薄くなっている地域を題材にしています。夕暮れ時に風景に変化が起きて、人間の世界と並存している世界がちらりと現れる場面は、壮麗でもあり畏怖を呼び起こすところもあり、すばらしかったです。この短篇集では(いまのところ)いちばん神秘主義的な作品という気がします。語り手とリアの控えめな恋愛感情っぽいものがこのさきもつづきそうと思わせるラストもよかったです。
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マーク・ヴァレンタイン「The Uncertainty of All Earthly Things」(2017)を読みました。
とてもよかった。
語り手は修士号をとったのち、コーンウォールのサンクリードという町にある小さな博物館で住みこみの学芸員(兼管理人)となる。
博物館を整理してから、語り手はサンクリードの町を見てまわる。教会を訪れると、ちょうど女性が建物から出てくるが、風に吹かれて、手にしていた紙を飛ばされてしまう。語り手がその紙をつかまえてわたすと、相手は教会の内陣障壁のスケッチをしていたといい、一度見てみてほしいという。
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「われわれが生きているのはstoryではなく、sentenceである」という最後の一文もよかった。一般にsentenceはstoryよりも多様な解釈の余地がある(前後の文脈で意味が変わる場合もある)から、この一文は人生のみならず、バイディーという人物や、この作品そのものをも指している……ようにも思えてくる。
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やがて語り手の住む町ではホームレスのためのシェルターが廃止されて……。
この作品にも明確な超常現象は出てこない(強いて挙げるなら、語り手とホームレス支援をしている学生が「Abide with Me」を口ずさんだときに第三者の歌声が聞こえたように思う場面くらい)し、最後に記されているように結末もぼんやりとしているのですが、バイディーのお気に入りの歌であり、題名の引用元でもある賛美歌のように、静謐な雰囲気が漂っていました。バイディーはこの地上から消えてしまったようだけど、その存在はすべてなくなってしまったわけではないのかも……と思わせるところも魅力かな。
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マーク・ヴァレンタイン「Vain Shadows Flee」(2015)を読みました。
よかった。
語り手はバイディーというホームレスの老人と知りあいだった。彼はほとんどいつも酔っ払っていて、賛美歌の「Abide with Me」をうたっていたが(そのためバイディーと呼ばれていた)、自身に関しては話そうとせず、本名もわからなかった。
バイディーは運河に沿ってうたいながら歩くのを好んでおり、ときどき厄介者扱いされたが、地域ではおおむね受け入れられていた。「Abide with Me」の作詞作曲者のライトがいた教会を訪れたこともあるらしく、いまでもライト(の霊?)が蝋燭を消すのだと語っていた。
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お誕生日おめでとうございます!🎂
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古本にまつわる怪奇短篇。語り手たちの本への思い入れや、掘り出しものの本を愛でるときの仕草など、古本好きの人間ならにやりとせずにはいられないところがたくさんありました。怪奇現象の描写が本というテーマとリンクしているのもよかったです。
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マーク・ヴァレンタイン「The Scarlet Door」(2017)を読みました。
おもしろかった。
語り手は古書蒐集家の友人ふたりとともに、世にほとんど知られていない本を電子化やネット通販から守るための活動(つまり知られていない本を知られていないままにするための活動)をはじめる。
語り手は宗教書を担当したが、なかなか条件に合う本を集められない。そんなある日、東ヨークシャーの古本屋で『モレクの口』という赤い冊子を見つける。帰宅して調べると、やはり図書館やネット書店の目録には載っていなかったが……。
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>後者は〈オカルト・レヴュー〉にはじめて掲載された作品
「後者は最初は〈オカルト・レヴュー〉に掲載された作品」と書くべきだったな。
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「A Silver Birch」には女性の霊魂を宿した木が出てくるので、もしかすると「木に愛された男」へのオマージュかもしれませんね。
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とくによかったのは、やはりブラックウッドにささげたと明言されている「The Pipes of Pan」と「A Silver Birch」ですね(前者は「『The Centaur』の作者に」、後者は「『Pan's Garden』の作者に」と記されている。後者は〈オカルト・レヴュー〉にはじめて掲載された作品で、そのときは「アルジャナン・ブラックウッドに」と記されていた)。ブラックウッドの作品ほど超然としてはいないものの、自然の霊的な美を描くことに関しては、フーリーも引けをとっていないように思いました。→
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きょうはテレサ・フーリー『Songs of the Open』(Jonathan Cape, 1921)を読み終わりました。
よかった。
作者は英国の詩人で、一時期はオカルトにも関心を持っていたようです(この詩集に収められている作品にも〈オカルト・レヴュー〉に掲載されていたものがいくつかある)。
この本はアルジャナン・ブラックウッドにささげられた一冊で、自然の美やその霊的な側面を題材にしたものが多めですが、キリスト教に取材した作品もぽつぽつあったり(全体的にキリスト教的ではある)、第一次大戦で戦死した弟や友人を追悼する作品も収録されています。
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上石神井のモロッコ料理店RAYAN RESTAURANTで野菜クスクスとハリラスープをテイクアウトしたのでした。
野菜は味しみしみ&歯ごたえもありでとてもおいしい。クスクスもうまみを吸っていてどんどん食べてしまいます。ハリラスープは野菜と豆、パスタ(?)が入っており、ちょっと辛くてこちらもおいしい。
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(訂正)
覗いて→除いて
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自宅でメッセージを披露する会を開き、ついには『金星』の続篇である『火星総攻撃』を自費で制作しはじめるが……。
とあるSF映画とそこに出演していた俳優にまつわる幻想小説。風変わりな考え方に出会ったとき、それを無条件に受け入れるわけではないが、無下に否定するわけでも、病的なものとして腫れもの扱いするわけでもなく、敬意をこめて接するという語り手の姿勢や、トライトンの信じていたものが夢まぼろしではなく、彼が(地球上での)死のあとも語り手を気にかけている(導いている?)と思わせる繊細な描写など、個人的に好きなものがいっぱいに詰めこまれている作品でした。すばらしい。
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マーク・ヴァレンタイン「Yes, I Knew the Venusian Commodore」(2015)を読みました。
とてもよかった。
語り手の知りあいであるトライトンという俳優は、『金星、地球を侵略す』というSF映画で金星艦隊の指揮官を演じていた。彼は異様な風貌と独特な演技で映画マニアに知られていたが、『金星』のあとは一作を覗いて映画に出演しなかった。これは、彼いわく、金星人の役に集中するあまり、金星にいる存在からメッセージを受信するようになったためだった。
もっとも、金星からのメッセージは映画と違って慈愛に満ちており、彼は地球に愛を広めるべく、→
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そういえば、Twitterだと例の発言に迎合する経営者やらなにやらがさっそく出現していますね(げんなり)
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あと政界や党内だけじゃなく「国民ウケ」するための発言があれなんだろうなあってことも悲しくなってくる 国民ウケを狙ってることじゃなくて「私たちは私生活を犠牲にしてでも働きます」という宣言が多数派にリーチするという世論の余裕のなさが
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ワークライフバランス捨てる発言、義憤とかよりむしろあそこまでホモソーシャル社会に適合しなきゃ今の本邦政界で上がれなかったんだなという虚しさとか悲しさが先に立つ まあ私は誇りを持って社会不適合をやっていくがこれからも