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今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(46-47)
.....アレクサンドロスは遠征にあたりマケドニア兵を残し精鋭部隊だけを率いた。ペルシャの人々をマケドニアの風習に近づけるため、3万人の少年を選びギリシャ文字を習わせた。友人たちのうち、ペルシャ風に風習を変えたヘーファイスティオーンを蛮族、祖先伝来の風趣を守るクラテロスをギリシャ人らの交渉役とした。
史記 孟嘗君列伝 第十五-9(司馬遷)
..... 趙では平原君が孟嘗君を引き止めた。町人は賢者と云われる孟嘗君を見物に来たが「立派だろうと思ったが小男だった」と笑い者にしたので、客分達は数百人を切り殺した。
February 7, 2026 at 2:41 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(44-45)
.....アレクサンドロスは精鋭を率いてヒュルカニアー、さらにはパルティアーに進軍、敵は戦わず降伏しついにペルシャ帝国を征服した。アレクサンドロスはペルシャ国民と周囲の蛮族を慰撫するため、メーディアーとペルシャの双方の特徴に合わせた現地風の衣装を着るようにしたが、マケドニアの人々は心苦しく思った。
史記 孟嘗君列伝 第十五-8(司馬遷)
..... 昭王は孟嘗君を赦した事を後悔して早馬で追手をかけた。孟嘗君は夜半に函谷関に着いたが開門は規則で夜明けだったため、鶏の鳴き真似が得意な客分を使い無事に脱出した。
February 4, 2026 at 2:49 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(41-43)
.....ダーレイオスの追撃を再開してまもなく、ダーレイオスはベーッソスに裏切られ捕らえられたとの報せがあり、アレクサンドロスはテッサリアーの兵士を除隊・帰国させ騎兵で追撃した。敵陣営に入ると、瀕死のダーレイオスはアレクサンドロスに感謝の意を伝えて死んだ。ベーッソスは捕らえられ八つ裂き刑に処された。
史記 孟嘗君列伝 第十五-7(司馬遷)
.....孟嘗君は昭王の寵姫にとりなしを頼んだ。所有している狐白裘を所望され、盗みが上手な客分に昭王に献上したものを盗み出させて渡した。孟嘗君は釈放され、急いで出立した。
February 3, 2026 at 2:50 AM
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January 29, 2026 at 9:41 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(39-40)
(部下への褒賞にまつわるエピソードが主。記載省略)
史記 孟嘗君列伝 第十五-6(司馬遷)
.....その後、とうとう孟嘗君は秦に行くことになった。昭王は孟嘗君を宰相としたが、「賢人だが斉の利益を第一にするだろうから危険だ」と勧告され、監禁して殺すことにした。
January 29, 2026 at 3:24 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(37-38)
.....リキュアーとペルシャの混血の捕虜に道案内を頼んだがダーレイオスを追撃できず、ペルセポリスへ向かった。ペルシスで敵の抵抗に会い敗退、迂回して夜襲で突破し敵捕虜の大殺戮を行った。
スーサと同等の貨幣と宝物を入手、酒宴でプトレマイオスの妻に復讐を嗾けられ王宮に火をかけたが後悔してすぐ火を消した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-5(司馬遷)
.....秦の昭王は孟嘗君が賢者であると聞き、涇陽君を人質として送り孟嘗君に会いたいと申し入れた。孟嘗君は受諾したが客分は誰も賛成せず、蘇代の諌めに従い思いとどまった。
January 24, 2026 at 5:47 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(35-36)
.....アレクサンドロスはバビュローニアーに進み、火の出る割れ目や泉のように湧くナフタの流れを嘆賞した。アテーノファース提案で近侍の少年ステファノスの体にそれを塗り、引火して危うく焼死させそうになった。アレクサンドロスはスーサの王にもなり、王宮で4万タラントンの貨幣など莫大な財宝を手に入れた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-4(司馬遷)
.....孟嘗君は諸侯の賓客だった者から罪を得て亡命した者まで全財産を投げ出して厚遇したので、食客は数千人にもなったが、身分を問わず誰でも分け隔てなく手厚くもてなした。
January 21, 2026 at 4:30 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(33-34)
.....アレクサンドロスが攻め掛かると戦いが始まる前にペルシャ軍が後退、そのまま追撃戦に移り、ダーレイオスのいる中央に敗走兵を追い込んだ。戦車は反転できなくなり、ダーレイオスは戦車と武器を捨て馬で逃走した。パルメニオーンから再度要請があり援軍として向かったが、到着前にペルシャ軍は潰走していた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-3(司馬遷)
.....田文は、家産ばかり富んで士分は貧しく政道は欠けるばかりと父を諫め、田嬰は田文に家産の管理と客分の接待を任せた。田嬰の死後、田文は薛の領地を継ぎ孟嘗君と呼ばれた。
January 20, 2026 at 3:28 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(31-32)
.....アレクサンドロスとダーレイオスはガウガメーラで決戦、パルメニオーンは夜襲で敵兵力を削ぐべきと主張したが、アレクサンドロスは「私は勝利を盗まない」と拒否。翌日、パルメニオーンは前面にバクトリアー騎兵、後方の輜重隊を襲う敵兵に挟撃され救援を求めたが、アレクサンドロスは前面と戦えと指示した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-2(司馬遷)
.....田嬰は五月五日生まれの子は戸と齊しくなり父母に不利と信じ、田文を殺せと命じたが母は育てた。怒る父に田文は「命は天か戸か。戸なら高くすれば出られぬ子なし」と諫めた。
January 19, 2026 at 4:58 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(29-30)
.....ダーレイオスが和議を求める手紙を寄越した。友好を結び同盟国となること、母と妻子の開放に一万タラントン払うこと、エウフラテス河から西をローマ領とすることなどを条件としたが、アレクサンドロスは拒否した。その後捕虜のダーレイオスの妻が死に、アレクサンドロスは自らの寛大さを示す機会を失い後悔した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-1(司馬遷)
.....孟嘗君(田文)の父・田嬰は斉威王の少子で宣王の弟。威王時代から要職に就き、宣王時代に田忌・孫臏らと魏を破り、宰相を務めた。宣王の死後、湣王により薛に封じられた。
January 17, 2026 at 3:24 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(26-28)
.....アレクサンドロスはエジプトを征服。ギリシャ風の町を建設して残したいと思いファロス島沿岸の大きな入江に都市の建設着工を指示し、アンモーン神殿に向かった。水不足と砂漠の南風に苦しみながら到着、預言者が発音を誤り我が子と言うべきところをゼウスの子と言ったのを喜び、蛮族に神の子として振舞った。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-4(司馬遷)
.....荀卿は稷下の学士の長老で三度祭酒となったが、誹謗を受けて楚へ行き春申君に仕えて蘭陵令に任命された。春申君の死後免職、蘭陵に住んで著述に専念しそこで没した。
January 16, 2026 at 2:53 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(24-25)
.....イッソスの戦いの後、最も勇敢に戦ったテッサリアーの騎兵たちにダマスコスの接収を任せて報いた。アレクサンドロスは沿岸地方の征服を優先、諸王は自ら下り、キュプロスとフェニキアの殆どを配下とした。テュロスのみは抗戦したので七ヶ月間攻囲、並行してアンティリバスのアラビア族を討伐、テュロスを破った後に南下しガザを攻囲して下した。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-3(司馬遷)
.....その他の稷下の学士について列記。淳于髡、慎到、環淵、接子、田駢、鄒奭。斉王は列大夫と呼び、大路に屋敷を構えさせ尊敬寵愛した。
January 14, 2026 at 2:38 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(21-23)
.....捕虜の中にダーレイオスの母・妻子がいてダーレイオスが死んだと思い嘆き悲しんでいることを知り、アレクサンドロスは同情。将軍レオンナトスを派遣して死んでいないことを伝え、今まで王から貰っていたものを支給し埋葬したい者の埋葬を許可した。捕虜となった高貴な女性たちが辱めを受けないよう保護した。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-2(司馬遷)
.....鄒衍は陰陽の気の増減の理などの諸篇十余万語の書を著した。その表現は壮大で、推論は天地の生ずる以前や海の彼方にまで及んだ。諸侯はいずれも上客や師として扱った。
January 13, 2026 at 3:03 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(19-20)
.....アレクサンドロスが病でキリキアーから動けないのを知り、ダーレイオスはキリキアーに進軍した。アレクサンドロスは回復後、ダーレイオスに向けシリアに進軍、両軍は行き違いとなった。アレクサンドロスは背後を取られて反転、ダーレイオスとアマノスの山間部で戦闘となり、ダーレイオスは大敗した。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-1(司馬遷)
.....孟軻は子思の門人から学問を受けた。天下が合従連衡で争う中、堯舜•夏殷周の聖王の徳を論じたので、諸侯に相手にされなかった。詩経•書経を整理し孟子七篇を著した。
January 12, 2026 at 4:37 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(16-18)
.....アレクサンドロスはグラーニーコス河でダーレイオス軍を破り、サルディスとその周辺地域を収め、抵抗したハリカルナッソスとミーレートスを降した。沿岸のキリキアー、フェニキアを掃討し、フリュギアー、パーフラゴニアー、カッパドキアーを屈服させた。ダーレイオスは60万の軍勢を率いてスーサを出発した。
史記 白起・王翦列伝 第十三-14(司馬遷)
.....王翦は守備に徹し、荊が兵を退いたところを追撃して勝利した。一年後に荊を全て平定、更に南征し百越の国々を服従させた。子の王賁は李信と共に斉、燕を平定した。
January 9, 2026 at 3:50 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(14-15)
.....ギリシャの人はペルシャへの遠征にアレクサンドロスに従うことを決め、将軍と宣言した。兵力、糧食が少なく、アレクサンドロスは自軍の仲間の資産を調べ、自分が保有する財産の殆どを分割して分け与えた。ヘㇽレーポントスを渡り、イーリオン(トロイア)に至ると、アテーナーの英雄たちに犠牲を捧げた。
史記 白起・王翦列伝 第十三-13(司馬遷)
..... 王翦は出陣前に財産となる田地を賜るよう申し出て許された。行軍中五度も確認の使者を出し度が過ぎるとの指摘に、全兵力を預かっているので疑われないためだと答えた。
January 6, 2026 at 3:07 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(11-13)
.....フィリッポスが死にアレクサンドロスが20歳で王位に就いた。先ず北方のトリバㇽロイ族を破り、次に離反したテーバイを攻めるためテルモピュライを通過した。反マケドニア派の引渡しで収拾しようとしたがテーバイは拒否し、戦闘でこれを破った。加担しようとしたアテーナイなど周辺都市の罪は問わずに赦免した。
史記 白起・王翦列伝 第十三-12(司馬遷)
.....李信と蒙恬はそれぞれ荊の軍に大打撃を与えたが、合流する際に追撃され敗北した。秦王は王翦に詫びて出陣を要請、王翦は六十万の兵を要求し秦王はこれを認めた。
January 5, 2026 at 3:20 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(8-10)
.....フィリッポスがビュザンティオンに出征中、16歳で政務を預りマイドイ族を屈服させ、18歳の時にギリシャ軍とのカイローネイアの戦に参加し功を挙げた。フィリッポスのクレオパトラーとの婚姻や、カリアーのピクソーダロスの婚姻の申し出を妨害したことなどで、アレクサンドロスはフィリッポスと不和となった。
史記 白起・王翦列伝 第十三-11(司馬遷)
.....秦は三晋を滅ぼした。秦王は荊を攻めるのに軍勢六十万必要とした王翦を耄碌したと退け、二十万で良いとした若い将軍李信と蒙恬に出陣させた。王翦は病と称し隠退した。
January 4, 2026 at 3:59 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(6-7)
.....フィリッポスはアレクサンドロス性格と資質を見て一般の教師では難しいと考え、アリストテレースを招聘した。報酬として、かつてギリシャに味方して自分が荒らしたアリストテレスの故郷スタゲイラを復興させた。また、学問や研究をする場所としてミエザ近郊のニュンファイオンを指定し、アレクサンドロスを赴かせた。
史記 白起・王翦列伝 第十三-11(司馬遷)
.....王翦は将軍として趙の都を陥れ全土を平定。燕が荊軻を刺客として送り、秦王は王翦に命じ燕を滅ぼした。子の王賁は荊を攻めて破った後引き返して魏を滅ぼし平定した。
December 27, 2025 at 2:45 AM
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#skeb ⛄️
December 26, 2025 at 8:23 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(4-5)
.....アレクサンドロスの性格や生い立ちのエピソードなど。教育はレオーニダースが統括、最も親しかった教師はリューシマコスでアレクサンドロスをアキレスになぞらえた。
史記 白起・王翦列伝 第十三-10(司馬遷)
.....楚の春申君、魏の信陵君が趙の援軍として駆けつけ、秦は敗れた。白起は職を免ぜられ陰密に流された。秦王は白起に剣を賜い自決するように命じ、白起はこれに従った。
December 25, 2025 at 3:36 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(1-3)
.....父:マケドニア王族(アルゲアス家)フィリッポス、母:エーペイロス王族(アイアキダイ家)オリュンピアスの子として産まれる。フィリッポスがポテイダイヤを占領した際、パルメニオーン将軍の勝利とオリュンピアでの競馬の勝利の知らせとともにその出生が報告され、預言者たちは不敗の将軍になるだろうと言った。
史記 白起・王翦列伝 第十三-9(司馬遷)
.....白起は病と称して引き籠り、王陵が趙の邯鄲を攻めたが苦戦。秦王が白起に何度も出陣を命じたが、白起は辞退した。王陵を王齕に代えて邯鄲を包囲したが、落とせずにいた。
December 24, 2025 at 2:19 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(八)(プルータルコス)
・アゲーシラーオスとポンペーイウスの比較
史記 白起・王翦列伝 第十三-8(司馬遷)
.....秦は上党を鎮定し更に侵攻。韓と趙は蘇代を范雎のもとに送り、白起の手柄が大き過ぎ范雎に不利と説かせた。范雎は割譲による和睦を秦王に進言した。
December 23, 2025 at 3:31 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(八)(プルータルコス)
・ポンペーイウス (79-80)
.....小舟に乗り、上陸地に着いたのてポンペーイウスが立ち上がった時に、セプティミウスが背後から、更にサルウィウスとアキッルスが短剣を揮った。六十九歳と一日でポンペーイウスは生涯を閉じた。後に、カエサルは殺害を企てたアキッルスとポテイノスを死刑にし、逃れていたテオドトスはカエサルの死後にブルータスが殺した。
史記 白起・王翦列伝 第十三-7(司馬遷)
.....包囲は四十六日に及び、趙軍は互いの肉を食うまでになり大敗した。四十万の兵が降伏したが白起は残らず生き埋めにしたので、趙は大いに動揺した。
December 22, 2025 at 3:21 AM
今日の読書
プルターク英雄伝(八)(プルータルコス)
・ポンペーイウス (77-78)
.....ポンペーイウスはキュプロスからエジプトへ向かい、プトレマイオスが軍を率いて滞在しているペールーシオンへ向かい、援助を求める使いを送った。若い王に代わり政務をみていたポテイノスは有力者を集め会議を開いた。キオス島の弁論家テオドトスは迎え入れるのも拒否するのも危険で、殺すべきだと主張した。
史記 白起・王翦列伝 第十三-6(司馬遷)
.....秦軍は密かに白起を上将軍とし、出陣した趙括に秦軍が敗走したと見せかけて誘き出し、別動隊で退路と補給路を断った。趙括は陣地を構築し、守りに徹して救援を待った。
December 21, 2025 at 3:07 AM