海亀湾館長
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海亀湾館長
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小説、特に純文学を愛好。小説の実作を試行。
永井龍男の短編「一個」を読んだ。「青梅雨」は読んだことがあったが「一個」は今回初めて。冒頭は電車内の場面で、主人公は隣の車両で若い父親に抱かれた嬰児に注目する。この車内の描写がすごく良い。主人公はその嬰児に天使の姿を見出すのだが、その後、この作品は斬新な手法によって読者に特別な印象を続けてもたらすことになる。現代でもこの「はずし」の技法(?)を使う作家、使われている作品を見かける気がする。物語は終盤に進むにつれて孤が浮かび上がり、確かなことがなくなる感じがある。嬰児だけが確かだという気さえする。読後はタイトルの意味を考えてしまった。「個」は助数詞でいいのか。「人」が消えている、と思った。
September 6, 2025 at 9:36 PM
佐伯一麦の短編『雛の棲家』を読んだ。ずいぶん前に一度読んだ気がしていて、三島賞を受賞した『ア・ルース・ボーイ』は未読だが、ストーリーはその一部分と重なる……はず。
新聞配達をしている高校生の少年が、私生児を産んだばかりの同級生の少女を、安アパートを借りて住まわせ、誰の子なのか分からないのを承知で赤ん坊の父親になろうとする話。
不幸な境遇、青春のあがき、私小説の暗さ、が揃っていてたまらない雰囲気がある。著者二十八歳のときの作品だが、深刻な語彙を使った文体によって即座に没入できるところがいい。タイトルも良い。
August 18, 2025 at 11:51 AM
地元のブックオフでローリー・ムーアの『アメリカの鳥たち』を見つけた。この短編集、名前は知っていたが手にしたのは初めてで、以前から興味があった。とりあえず、「ここにはああいう人しかいない」という作品は読まなければならない。
March 27, 2025 at 10:56 AM
レイモンド・カーヴァー「ダンスしないか?」(『ぼくが電話をかけている場所』所収 中公文庫)を何度目かの再読。

登場人物は、庭に家財を並べてガレージセールをしている男と、たまたま車で立ち寄った若者と娘のカップル、この三人のみ。全編にわたって三人称の作品だが、一行空けのたびに視点は、〈男〉→〈若者と娘〉→〈男〉→〈若者と娘、男〉→〈若者と娘〉→〈男〉→〈娘〉という風に変えてあるのにはじめて気付いた。非常に短い作品だが、どちらの視点もさらっているので、本来なら理解しやすいはずなのだが、大事な箇所は見事に除外してあり、語っていない。この語らない部分が最後に効いてくる。超絶技巧の作品だと思う。
March 17, 2025 at 7:13 AM
未読だった芥川龍之介『玄鶴山房』を読んだ。玄鶴山房に住む家族そして看護婦の心の内をそれぞれ三人称で露悪的なまでに描き切る試みは、火田七瀬のいない『家族八景』(筒井康隆)のような趣があってスリリングだった。つまり『玄鶴山房』の場合、テレパスはこの作品を読む読者自身ということになる。
December 25, 2024 at 12:51 AM
冬になると読みたくなるのがスティーヴン・ミルハウザーの『イン・ザ・ペニー・アーケード』に収録されている「橇滑りパーティー」という短編で、読み過ぎたせいかパーティー会場になっている屋敷や裏庭の坂につくられた橇のコース、男女取り混ぜた若者たちひとりひとりの様子が脳内で映画みたいに再生されるようになってしまった。今シーズンも読むと思う。この本には「湖畔の一日」という短編も収録されているが、最近はこの作品も繰り返し読みたいと思うようになった。妙に心に残る。冬の話ではないけれど。
December 22, 2024 at 10:15 AM
1994年の文藝賞受賞作。当時から気になっていたのだがまだ読んでいない。必ず読むつもりでいる。寡作な作家で、長編を二作発表したあとは、現在まで沈黙している。この『首飾り』は、自分の周りで読んだ人をひとり知っている。
October 22, 2024 at 11:46 AM
 久生十蘭。最初は正直、何と読むのかわからなかった。著書を手に取り、初めて「ひさおじゅうらん」と読むのだと知った。1902年生まれ。どことなくモダンな響きがするペンネーム。オシャレだ。

 久生十蘭の作品はどれも先読みのできない魅力的な展開を持っている。表題作「墓地展望亭」の、いい意味で少女漫画のようなめくるめくロマンスにはときめかされた。

 一作ごとに違う読み味、華麗な文章、多彩な文体を駆使して、読者を物語に酔わせる久生十蘭の作風は、なるほど、今ならカルト作家と呼ばれてもおかしくないくらいの熱狂を巻き起こす魅力を備えている。名前だけではない、作品そのものがオシャレだ。
September 5, 2024 at 10:09 AM
スチュアート・ダイベックは『シカゴ育ち』収録の「冬のショパン」を読んで上手だなあと思い、別のアンソロジーの短編小説『僕たちはしなかった』を読んでさらに好きになった。僕たちは〜しなかった、という文章が冒頭と結びでリズミカルに繰り返される。何をしなかったのか直接書かないところに、エロスと物悲しさの濃度が上がっていき、たまらない気持ちになる。
May 23, 2024 at 9:35 AM
アリス・マンローの作品で初めて読んだのは、新潮クレスト・ブックスの『イラクサ』に収録されている最初の短編「恋占い」だった。冒頭から家政婦ジョアンナの人間性が垣間見える描写が心憎いほど巧くて、後半になるほどそれが効いてくる構成に唸らされた。婦人服店の女店主とのやり取りも、年頃の少女たちのあけすけな会話も、どうしてこんなに上手く書けるのかと思うほど良かった。作品の充実度が長編に匹敵するほどで、短編であることが信じられない。この一編だけでマンローのファンになってしまった。もう、いつ読んでもこの人の作品は凄いと確信したので、まだ「恋占い」しか読んでいない。それくらい特別な作家だ。
May 15, 2024 at 2:31 PM
倉橋由美子の精選女性随筆集(文春文庫)を買った。最初の方を読み始めたばかりだが、明快な語り口がやはり素晴らしい。以前『あたりまえのこと』を読んだときもそう思った。私は『アマノン国往還記』で初めて倉橋作品に触れが、小説も文章は明晰で、対象との距離が正確に取られていて、冷静で理知的な印象を感じる読み味だった。いい本を買ったと思う。
April 11, 2024 at 10:29 AM
作品のタイトルからすでに小説は始まっていると思うときがある。少なくとも、初めての作者の本を手に取るきっかけは、タイトルによるところが大きい。
以前、好きなタイトルの本を集めて写真を撮った。仮に記憶を消すことができて、初めてこれらの本を書店で見つけたとしても、やはり手に取ってみたくなる秀逸なタイトルだと思う。

・競売ナンバー49の叫び
・百年の孤独
・細雪
・ライ麦畑でつかまえて
・羊をめぐる冒険
・氷炎
・そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所
・犬狼都市
・プラネタリウムの外側
・次の町まで、君はどんな歌をうたうの?
・死ぬときはひとりぼっち
March 26, 2024 at 7:44 AM
ポール・オースターの『最後の物たちの国で』を簡単に言えばディストピア小説ということになるが、最初に読み始めたときはやはり暗澹としているし、絶望感に満ちているし、救いようのない近未来社会の様子が主人公のアンナを通じて徹底的に語られるので、ある種の息苦しさを感じて本を閉じたくなるが、アンナがイザベルという老女と出会ってから急に物語が動き出して、嘘みたいに面白くなる。予想のつかない出来事が次から次へと起こり、信じられないくらい素晴らしい展開を持った小説だということがわかった。あんなに底なしの閉塞感が漂う世界が、読み終える頃には光明を感じてしまう。初期のオースターの中ではことのほか好きな作品だ。
March 18, 2024 at 3:34 AM
 ノーベル賞作家で昨年八十三歳になったJ・M・クッツェーの新作『ポーランドの人』は、恋愛小説である。

スペインのバルセロナにある音楽サークルの委員をしている四十八歳の女性が、招聘したポーランド人の七十二歳になるピアニストに突然求愛されてしまうのだが、この小説は突然求愛された女性の側にフォーカスを置いて、彼女の内面に起こる心の推移を、細かく丹念に拾い上げながら進行する。

若者同士の恋愛と違い、ある程度の年齢に達した男女は、これまでに成立している人間関係に縛られており、とりわけ恋愛関係を結ぶことにおいては慎重にならざるを得ず、お互いの年齢を鑑みれば躊躇する心が生まれるのも当たり前であろう。
March 17, 2024 at 3:11 AM
イーサン・ケイニンはハーヴァード大学医学部在学中の1988年に第一短編集『エンペラー・オブ・ジ・エア』でデビューした作家であり、医者だが、ハイスクール時代から彼の文才は高く評価されていて、現在翻訳されている短編集、長編、中短編集の三冊を読むとやはり小説が上手いなあと思う。今はどれも絶版になっているが、村上春樹編訳の『バースデイ・ストーリーズ 』に収録されている「慈悲の天使、怒りの天使」でケイニンの作品を知った読者は多いと思う(私は残念ながら未読)。作家で医者というとチェーホフやセリーヌ、日本にも有名作家の名がたくさん浮かぶ。人間を見つめる職業ということで共通している……はちょっとまとめ過ぎか。
March 11, 2024 at 8:22 AM
熱に浮かされたように坂口安吾の本を読んだときがある。
岩波文庫の三冊を買い込んでしばらく安吾の世界に耽溺した。
『桜の森の満開の下・白痴 ……』の小説群は圧倒的に素晴らしく、傑作揃いだった。『風と光と ……』に収録された自伝的小説群も凄くいい。矢田津世子とのプラトニックな関係にやきもきする反面、胸を押し潰されるような気持ちになった。評論やエッセイを収めた『堕落論・日本文化私観 ……』も安吾の思想が吸収できて楽しい。
とても器用な作家だが、不思議なのは、小説を読んでいて純粋な気持ちを感じることだ。それがどこからやって来るのかわからない。ただ、その純粋さは信用できるといつも思わせてくれる。
March 10, 2024 at 9:47 AM
#名刺代わりの小説10選

V./ピンチョン
詩人と女たち/ブコウスキー
ガープの世界/アーヴィング
橇滑りパーティー/ミルハウザー
アクシデンタル・ツーリスト/タイラー
最後の物たちの国で/オースター
黒い時計の旅/エリクソン
イギリス人の患者/オンダーチェ
恋占い/マンロー
素粒子/ウエルベック

海外編
March 10, 2024 at 2:52 AM
#名刺代わりの小説10選

少年/谷崎潤一郎
夜長姫と耳男/坂口安吾
廢市/福永武彦
憂国/三島由紀夫
アマノン国往還記/倉橋由美子
夢境の花/本城美智子
アメリカの晩餐/堀江敏幸
本格小説/水村美苗
半島/松浦寿輝
それは誠/乗代雄介

国内編
March 10, 2024 at 2:50 AM
筒井康隆『旅のラゴス』、池澤夏樹『夏の朝の成層圏』。この二つの作品は、途中で主人公の人称が変化するという点で共通している。

『旅のラゴス』は「おれ」という一人称が、ある章の途中で突然「わたし」の一人称に変わり、『夏の朝の成層圏』では「ぼく」の一人称で開始するが、二章に入るとある明確な理由から「彼」の三人称に変わる。

小説の途中で人称が交替することは、それが意図されたものであっても、一瞬のけぞるくらいの混乱と戸惑いを私は感じてしまう。読んでいるうちに慣れてくるが、どこかに爪痕のような引っかかりは残り、最後まで消えない。作品内での人称変更は、かなり大胆な試みだというのが私の意見だ。
March 9, 2024 at 6:43 AM
本屋に行って見つけた『カストロの尻』。金井美恵子さんを見つけたら普通買うでしょう、と思って買った。
今月の終わり頃にも同じ中公文庫で『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』が出るらしい。これも買うでしょう、と思った。
March 7, 2024 at 2:14 PM
サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ 』を、実は全部読んでいない。短編のあちこちを拾い読みしていて、どれを読んで、どれを読んでいないか憶えていない。
河出文庫で柴田訳を買ったので、今回は順番通り読もうと決めている。
『バナナフィッシュ……』は野崎訳でも読んでいるが、読むほどに発見が増えて味わい深い。
電話の会話をこんな風に書くなんて! というのは再読のたびに驚いている。
March 5, 2024 at 11:14 AM
乗代雄介『旅する練習』は、これも乗代作品ではお馴染みの、すべて終わったあと、書くことで当時を振り返る文学だ。この型式を存分に活かした本作は、旅の印象を強く鮮やかに照射すると同時に、痛切な感傷を引き起こす。筆先に予兆が滲み始めた終盤に入ると、私はページが進むのを恐れた。言葉の選び方、書き方が抜群に巧い。
March 4, 2024 at 2:02 PM
乗代雄介氏のデビュー作『十七八より』。
この小説は、物語、という方法を取らない。
このあとどうなるの? という興味で読ませるのではなく、何を書こうとしているのか知りたい、という気持ちを刺激されて最後まで読まされてしまう。物語的なものを求めてこの小説を読むと、その都度、作者から巧みに躱されてしまう。
この作品で公募に挑む勇気、常識はずれの描写、読者の心に深く刻まれる数多くの場面。圧倒的な筆力。乗代雄介氏を受賞させた群像に感謝したい。
February 29, 2024 at 2:51 AM
乗代雄介『それは誠』。
読了後、不思議な感動に包まれる。今では、この七人の高校生が好きでたまらない。この小説を読んでいる間、何度泣き笑いをし、笑い泣きをしたかわからない。単純だなあと思われても構わない。私は終盤、ある生徒のお母さんの電話で泣いた。すごく心に残る言葉だった。
February 27, 2024 at 3:28 AM
スティーヴン・ミルハウザーの中短編で採用されている、章題をつけてコンパクトにしたパートを並べた形式。私はあれが好きだ。「東方の国」とか「王妃、小人、土牢」とか。(同じ形式だが章題ではなく番号だけの短編もあるが)
中でも、「夜の姉妹団」という短編に漂う不穏さ、十代の潔癖さとエロス、宗教、禁忌、共同体の不安などが膨張していく世界観がたまらない。傑作だなあと思う。
February 25, 2024 at 2:21 AM