園葉凌
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園葉凌
@sonosino.bsky.social
成人済み。男女、女男、男男、女女、全部書いてる文章書き。チラシの裏の枠のカドみたいなこと言ってる。サンファンはいいぞ。
その夜、久し振りに乙はぐっすりと眠った。朝日に呼ばれて目が覚めても、全く辛くも苦しくもなかった。側に甲がいる。それだけのことが嬉しかった。
December 18, 2025 at 7:42 AM
やっと、眠りに安心して身を委ねられたらしい。とろんと下がっていくまろい瞼を甲は見守る。と、乙が思い出したように口を動かす。
「ねー、こぉ」
「どした」
「ししょーにもおねがいしたら、いっしょに……」
必死に抗いながらの訴えは健気で小さくて、一等強い煌めきが込められている。我らの池年師匠は幼い妖精から出された輝きを掬えない大人ではない。
「うん、一緒にな」
「へへ、こーも……」
「大丈夫だよ、おやすみ」
December 18, 2025 at 3:53 AM
舌の根も柔らかくなったのか、乙から言葉が溢れた。どんぐりのようにつやつやした瞳を甲は受け止める。
「どうして俺なの?」
他にも飛べる妖精や土系の能力はいたのに。
返す答えは決まっている。他の選択肢は思いつきもしなければ、存在もしない。
「乙がいいから」
乙はどうかはわからなくても、甲ははっきりと言えた。乙がここにきて良かったと思える努力は怠りたくない。池年だってそうだ。弟子が自分の師を敬愛できないならば、全て師たる者の責任になる。
甲は池年の弟子になって良かったと思っている。乙が大切だからこそ、そうあってほしい願いだ。
「……へへ、そっかぁ」
「眠いだろ、おやすみ」
「うん……おやすみ」
December 17, 2025 at 4:58 AM
「せーまーいー」
「乙がくっつくからだろ」
「甲だってくっついてくる!」
けらけら。くすくす。静寂に転がすような子どもの声がする。ふっくらとした頬を緩ませる弟弟子に、甲も素直に笑う。甲の小さなお節介など池年は気配で察知しているかもしれなかった。だが、したった。自分が師に乙の存在を伝えたのだ。ならば、乙が此処を受け入れたい気持ちになってほしいと思う。すれ違っている気持ちも元を正せば根幹は同じである。新しい家族と同じ土地で同じ時間を過ごしたい。それだけだ。
さっきと包まる布団はなにも変わっていなくても、ひとりだけよりとても温かい。体より心から芯が温もって、手足もほぐれていく。
December 17, 2025 at 4:28 AM
「寒いから一緒に寝ようぜ」
「へ」
「開けるぞー」
慌てた乙が飛び起きる前に、扉は開いた。少しも軋まずに開いた向こうには小脇に枕を抱えた兄弟子が堂々と立っている。火の気の無い涼しい外気は入ってくるが、寒いとは思わない。それでも甲は大股でベッドに近付くと顔だけ出された布饅頭に笑った。
「きれーな饅頭だなぁ」
「食べる?」
「いや、俺もなる!」
「わあっ!?」
勢いをつけて甲は布団を剥がすと、自分も滑り込んでふたりで包まる。こうなると長くなって饅頭というよりは腸粉だ。ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合うと乙もやっと「ふへへ」と笑った。
December 17, 2025 at 3:59 AM
心に貼り付いた患いは湿気た憂いに群がって面積を広げつつある。顔色が悪くなり、だんだんと元気を失っていく様子はもうとっくに知られているだろう。だが乙は言えない。せっかく迎えてくれたふたりへの恥ずかしさへもあって無理を言い出したくなかった。
一緒に寝てほしいなんて、もう言っちゃ駄目なのに。シーツを強く掴んだと同じ勢いで瞼も閉じる。今日も早く寝ないといけない。焦燥感に煽られながら、眠気に呼びかける。空気の重さに自ら鳴りかける鼓膜に、割り込んだ音があった。
「乙、起きてるか?」
甲の声だ。木製の扉が軽くノックされている。静まり返っていた室内がほんのりと柔らかくなる。
「お、おきてる」
December 17, 2025 at 3:50 AM
孤独と賑やかさを知る妖精はとてつもなく不安になった。無条件の情は本物なのか。小さな戸惑いは膨らんで知らず知らずに弾けて、またいくつもの戸惑いになって水疱になる。
December 16, 2025 at 11:47 PM
今日も天井とベッドの間の空間に向かって乙は思考に渦を巻かせる。怖いと思っていた師匠は、まだよくわからないけど思っていたより優しい。自分を誘った甲は、やっぱり出会ってからずっと友達でいたい蝙蝠だ。でも。と、乙はすっぽりとシーツに隠れる。此処は、すごく広くて、静かだから。
December 16, 2025 at 11:17 PM
ひとりきりで見上げる天井が大きい。風や木の葉がこすれる音が昼間より大きく聞こえる。耳に届く音は別に、ひんやりとした月影の静けさで鼓膜が痛くなりもする。ベッドってこんなに寂しかったっけ。乙は布団にくるまり、ちょこんと顔だけ出して丸まっていた。ここ最近、乙はずっと寝られるまでシーツの上で真っ白い饅頭になっている。温かい自分だけを感じながら1日を振り返り、夜が過ぎ去るのを待つ。子どもがいつまでも起きていられるわけもない。耐えきれずに瞼が重くなるタイミングで、やっと意識を眠りに委ねるのだ。布団で出来た暗さと外の闇が混ざり合う中に落ちていく。そんな想像をしているうちに、気付けば朝日に目を刺されて起きる。
December 16, 2025 at 3:52 PM
しやすいとは、なんだ。池年は自身を叱咤する。生い立ちの違いを垣間見て立ち止まっていては、師の面目は丸潰れだ。明日からでも部屋をふたり部屋にするか。その理由は?お前が寂しそうだからと押し付けるのが優しさか。もやもやと胸中を抱えながらも乙の様子をもう一日見てみようと決める。兄弟子の自覚が出てきた甲も何か考えている節が見え隠れしていたからだった。此処は任せてみるか。池年はそう思いながら、ふたりの修練には手を抜かなかった。
December 16, 2025 at 3:26 PM
心細くなるのも当然だろう。池年は失念、あるいは油断してしまっていた。甲が屋敷の広さと出入りする妖精に慣れるのが早かったものだから、子どもとは大人とはまた異なる繊細さがあるのを忘れてしまっていたのだ。蝙蝠同士でも個性には差がある。むしろ甲は特別に『扱いやすくあった』のだろう。わがままを言わない口ではなかった。だが、確かに育成しやすかったのかもしれない。
December 16, 2025 at 7:12 AM
ひとり部屋に慣れていても、施設とはまた違う環境だ。毎日多くの妖精がいるわけではない。似た年嵩の子たちの輪にいるわけではない。仙人格の妖精と、少し年上の妖精の少年がひとりずつ。よくよく考えなくても、これは、孤独感が強くなる。
December 16, 2025 at 5:25 AM
実は乙を引き取る際に施設の職員から言われたのだ。あの子には誰かの寝床に忍び込む癖があった、と。此処に来た理由と共に教えたのは、切り揃えた前髪におおらかそうな笑みが似合う妖精だった。乙の原型は蝙蝠だ。根底が必ず外見の動物に似通うとは限らない。が、蝙蝠は群れを作って、洞窟や巨木を住処にしている。
「大部屋で寝るのが好きみたいで、よく近くの布団にも潜り込んだりもしていたようです。今はあまりありませんがひとりで寝るようになった頃でも、よく誰かと一緒に起きてきました」
乙は誰かと暮らすことで安心する性格らしい。集団生活には馴染みやすくても孤独には弱い。だから同種な甲にはすぐ懐いたのだろう。
December 16, 2025 at 4:41 AM
殊の外穏やかに始まったと思われた生活は――あまり上手くいかなかった。池年は迎えた弟子に乙と名付けると、ひとり部屋を与えた。広大な土地に見合った面積のある家は屋敷と呼ぶに相応しく、小さな背が入った部屋もそれなりだった。生活に必要な品や棚が並んでおり、乙は興味のままに見て、触れる。池年は止めなかった。危ない陶器や高さのあるものには注意されたが、お前の部屋だと言われているようで子どもは少し嬉しかった。問題は、そのあとだ。寝食を共にしていくなかでどうにも少しずつ元気がなくなっていくのだ。霊質の消耗を乙は言い出さなかったが、師匠のみならず兄弟子もわかった。実のところ、池年には思い当たる節があった。
December 16, 2025 at 4:30 AM
戸惑いに満ちた紅葉の手を、少しだけ大きな掌が強く掴む。並んで揃って駆けてきた子どもの頭を撫でる大きな手。大雑把だが、暴力とは無縁の柔らかさがあった。
「行くぞ。手は離すなよ、迷子になる」
「はい!」
「は、はいっ!」
December 15, 2025 at 3:40 PM
【甲くんが池年さん激推しで押しかけ弟子になってたら可愛いよねパターン】
December 14, 2025 at 3:12 PM
「荷物があるなら纏めて明日、総館に来い。何か言われたら甲と名乗れ」
「あ……ありがとうございます師父!お、俺……頑張ります!!」
椅子を蹴って甲が立ち上がる。そのまま翼を広げて飛びついてきた蝙蝠を、池年は避けることなく受け止めた。同時に、あの狐の声が脳裏に浮かぶ。
――まめというか、律儀ですねぇ。
うるせぇ。まどろっこしいのは嫌いなんだよ。
December 14, 2025 at 3:11 PM
箸から摘まんだ食べ物が滑り、へこんだ白飯の上に落ちる。
甲、って誰だ。俺?俺を池年様が『甲って決めて』呼んでくれたのか。
白目がちの目が見開き、小さい黒目がさらにゴマ粒のようになる。驚きに唇が震え、信じられずに池年を見つめ続ける。子どもは――甲は、滲んでいく喜びの動揺を隠せない。今も泣きそうなほど顔を赤くする甲に、池年は微かに目を細めた。これは相手への誠意であり、新たなる自分への挑戦である。どこまで師匠らしくあれるか、我ながら未知数だ。無垢の信頼を寄せるならば、自身のできる限り、鍛え上げる責任を果たすべきなのだろう。応えねばと思えるほどには絆された自覚も少なからずある。
December 14, 2025 at 3:03 PM
半ばお伽噺の冒険譚を聞くたびに、伝説と理解より本能で胸を踊らせた。颯爽と舞い。苛烈に燃やし。縦横無尽に自由自在。傍若無人も喉元過ぎ去れば勇壮無双なり。憧れは敬意となればこそ、自分はそうはなれないとも悟る。成れなくとも信じた強さは刻むと決めている己で、此処にいる。
「そんなに、俺の弟子になりたいか」
「もちろん!」
屈託の無い返事を聞くのがいつしか心地良くなっていた。見上げられる優越感ではない。慕われる慢心でもない。少しずつ見せられる成長と過ごし流れる時間に、共にいてもいい感慨が生まれた。
「なら同じになろうとするな、甲」
低くも張りのある声音に乗った単語を、少年は聞き漏らすかと思った。
December 14, 2025 at 3:03 PM
浅はかな餓鬼と、一蹴はできなかった。暮らしているところなどわからないが、そこで聞かされた物語に少年は心を動かされたのだ。格好良い。あの玄離と闘ったなんて。勝てなかったとしても、辿り着いた仙人なんて多くはない。師事するなら今も生きている凄い妖精が、俺はいい。熱意を隠さず語る黒目の奥には、並々ならぬ情熱と憧れが溢れんばかりに銀河を作っていた。実際の相手が想像と異なっていても、それも敬愛の対象にしかならないのだ。池年は知っている。その瞳の強さ、愚かさ、健気さを。何故なら――哪吒に憧れた己も、そういう目をしていただろうから。
December 14, 2025 at 7:15 AM
外は静かに雨が降り続いている。この子は、傘を持っていなかった。湿った髪の毛と、色が変わった肩をして屋根の下で池年を出待ちしていた。読み書きも一応できる。能力の使い方も知っている。人型のなり方もわかっているのに、欠けている部分がある。溢れていないが見落とされている部分が池年には否めない。眼差しとて諦観に冷めているときもある。なのに、自分を見る目だけは常に輝いていた。幼い蝙蝠は憚らずに自分を憧れだという。はきはきと言い切り、爛々と瞼を開いて。もはや伝説となりつつある闘師宮の出来事を、見てもないのに熱く語る。大仰に身振り手振りで当事者に語ったかと思えば、周囲の生き様を酷く吐き捨てるように呟きもする。
December 14, 2025 at 5:01 AM
でも池年様からは別ですよ!ともごもごと喋るのを制され、再び小さな口は食事に没頭した。
December 14, 2025 at 1:43 AM
「いろいろ呼ばれてます。黒羽とか、弐角とか」
本来の姿や今は無くさせた角の見た目が由来だとはすぐにわかった。蝙蝠が原型とは枝から落下させたときに知った。注意して見れるようになった箸使いは次に魚を摘む。名乗りにしてはあっけらかんとした口振りに池年は違和感を抱いた。
「何でもよさそうだな」
「俺は俺です、誰が呼んだって」
December 14, 2025 at 1:42 AM