「ねー、こぉ」
「どした」
「ししょーにもおねがいしたら、いっしょに……」
必死に抗いながらの訴えは健気で小さくて、一等強い煌めきが込められている。我らの池年師匠は幼い妖精から出された輝きを掬えない大人ではない。
「うん、一緒にな」
「へへ、こーも……」
「大丈夫だよ、おやすみ」
「ねー、こぉ」
「どした」
「ししょーにもおねがいしたら、いっしょに……」
必死に抗いながらの訴えは健気で小さくて、一等強い煌めきが込められている。我らの池年師匠は幼い妖精から出された輝きを掬えない大人ではない。
「うん、一緒にな」
「へへ、こーも……」
「大丈夫だよ、おやすみ」
「どうして俺なの?」
他にも飛べる妖精や土系の能力はいたのに。
返す答えは決まっている。他の選択肢は思いつきもしなければ、存在もしない。
「乙がいいから」
乙はどうかはわからなくても、甲ははっきりと言えた。乙がここにきて良かったと思える努力は怠りたくない。池年だってそうだ。弟子が自分の師を敬愛できないならば、全て師たる者の責任になる。
甲は池年の弟子になって良かったと思っている。乙が大切だからこそ、そうあってほしい願いだ。
「……へへ、そっかぁ」
「眠いだろ、おやすみ」
「うん……おやすみ」
「どうして俺なの?」
他にも飛べる妖精や土系の能力はいたのに。
返す答えは決まっている。他の選択肢は思いつきもしなければ、存在もしない。
「乙がいいから」
乙はどうかはわからなくても、甲ははっきりと言えた。乙がここにきて良かったと思える努力は怠りたくない。池年だってそうだ。弟子が自分の師を敬愛できないならば、全て師たる者の責任になる。
甲は池年の弟子になって良かったと思っている。乙が大切だからこそ、そうあってほしい願いだ。
「……へへ、そっかぁ」
「眠いだろ、おやすみ」
「うん……おやすみ」
「乙がくっつくからだろ」
「甲だってくっついてくる!」
けらけら。くすくす。静寂に転がすような子どもの声がする。ふっくらとした頬を緩ませる弟弟子に、甲も素直に笑う。甲の小さなお節介など池年は気配で察知しているかもしれなかった。だが、したった。自分が師に乙の存在を伝えたのだ。ならば、乙が此処を受け入れたい気持ちになってほしいと思う。すれ違っている気持ちも元を正せば根幹は同じである。新しい家族と同じ土地で同じ時間を過ごしたい。それだけだ。
さっきと包まる布団はなにも変わっていなくても、ひとりだけよりとても温かい。体より心から芯が温もって、手足もほぐれていく。
「乙がくっつくからだろ」
「甲だってくっついてくる!」
けらけら。くすくす。静寂に転がすような子どもの声がする。ふっくらとした頬を緩ませる弟弟子に、甲も素直に笑う。甲の小さなお節介など池年は気配で察知しているかもしれなかった。だが、したった。自分が師に乙の存在を伝えたのだ。ならば、乙が此処を受け入れたい気持ちになってほしいと思う。すれ違っている気持ちも元を正せば根幹は同じである。新しい家族と同じ土地で同じ時間を過ごしたい。それだけだ。
さっきと包まる布団はなにも変わっていなくても、ひとりだけよりとても温かい。体より心から芯が温もって、手足もほぐれていく。
「へ」
「開けるぞー」
慌てた乙が飛び起きる前に、扉は開いた。少しも軋まずに開いた向こうには小脇に枕を抱えた兄弟子が堂々と立っている。火の気の無い涼しい外気は入ってくるが、寒いとは思わない。それでも甲は大股でベッドに近付くと顔だけ出された布饅頭に笑った。
「きれーな饅頭だなぁ」
「食べる?」
「いや、俺もなる!」
「わあっ!?」
勢いをつけて甲は布団を剥がすと、自分も滑り込んでふたりで包まる。こうなると長くなって饅頭というよりは腸粉だ。ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合うと乙もやっと「ふへへ」と笑った。
「へ」
「開けるぞー」
慌てた乙が飛び起きる前に、扉は開いた。少しも軋まずに開いた向こうには小脇に枕を抱えた兄弟子が堂々と立っている。火の気の無い涼しい外気は入ってくるが、寒いとは思わない。それでも甲は大股でベッドに近付くと顔だけ出された布饅頭に笑った。
「きれーな饅頭だなぁ」
「食べる?」
「いや、俺もなる!」
「わあっ!?」
勢いをつけて甲は布団を剥がすと、自分も滑り込んでふたりで包まる。こうなると長くなって饅頭というよりは腸粉だ。ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合うと乙もやっと「ふへへ」と笑った。
一緒に寝てほしいなんて、もう言っちゃ駄目なのに。シーツを強く掴んだと同じ勢いで瞼も閉じる。今日も早く寝ないといけない。焦燥感に煽られながら、眠気に呼びかける。空気の重さに自ら鳴りかける鼓膜に、割り込んだ音があった。
「乙、起きてるか?」
甲の声だ。木製の扉が軽くノックされている。静まり返っていた室内がほんのりと柔らかくなる。
「お、おきてる」
一緒に寝てほしいなんて、もう言っちゃ駄目なのに。シーツを強く掴んだと同じ勢いで瞼も閉じる。今日も早く寝ないといけない。焦燥感に煽られながら、眠気に呼びかける。空気の重さに自ら鳴りかける鼓膜に、割り込んだ音があった。
「乙、起きてるか?」
甲の声だ。木製の扉が軽くノックされている。静まり返っていた室内がほんのりと柔らかくなる。
「お、おきてる」
「大部屋で寝るのが好きみたいで、よく近くの布団にも潜り込んだりもしていたようです。今はあまりありませんがひとりで寝るようになった頃でも、よく誰かと一緒に起きてきました」
乙は誰かと暮らすことで安心する性格らしい。集団生活には馴染みやすくても孤独には弱い。だから同種な甲にはすぐ懐いたのだろう。
「大部屋で寝るのが好きみたいで、よく近くの布団にも潜り込んだりもしていたようです。今はあまりありませんがひとりで寝るようになった頃でも、よく誰かと一緒に起きてきました」
乙は誰かと暮らすことで安心する性格らしい。集団生活には馴染みやすくても孤独には弱い。だから同種な甲にはすぐ懐いたのだろう。
「行くぞ。手は離すなよ、迷子になる」
「はい!」
「は、はいっ!」
「行くぞ。手は離すなよ、迷子になる」
「はい!」
「は、はいっ!」
「あ……ありがとうございます師父!お、俺……頑張ります!!」
椅子を蹴って甲が立ち上がる。そのまま翼を広げて飛びついてきた蝙蝠を、池年は避けることなく受け止めた。同時に、あの狐の声が脳裏に浮かぶ。
――まめというか、律儀ですねぇ。
うるせぇ。まどろっこしいのは嫌いなんだよ。
「あ……ありがとうございます師父!お、俺……頑張ります!!」
椅子を蹴って甲が立ち上がる。そのまま翼を広げて飛びついてきた蝙蝠を、池年は避けることなく受け止めた。同時に、あの狐の声が脳裏に浮かぶ。
――まめというか、律儀ですねぇ。
うるせぇ。まどろっこしいのは嫌いなんだよ。
甲、って誰だ。俺?俺を池年様が『甲って決めて』呼んでくれたのか。
白目がちの目が見開き、小さい黒目がさらにゴマ粒のようになる。驚きに唇が震え、信じられずに池年を見つめ続ける。子どもは――甲は、滲んでいく喜びの動揺を隠せない。今も泣きそうなほど顔を赤くする甲に、池年は微かに目を細めた。これは相手への誠意であり、新たなる自分への挑戦である。どこまで師匠らしくあれるか、我ながら未知数だ。無垢の信頼を寄せるならば、自身のできる限り、鍛え上げる責任を果たすべきなのだろう。応えねばと思えるほどには絆された自覚も少なからずある。
甲、って誰だ。俺?俺を池年様が『甲って決めて』呼んでくれたのか。
白目がちの目が見開き、小さい黒目がさらにゴマ粒のようになる。驚きに唇が震え、信じられずに池年を見つめ続ける。子どもは――甲は、滲んでいく喜びの動揺を隠せない。今も泣きそうなほど顔を赤くする甲に、池年は微かに目を細めた。これは相手への誠意であり、新たなる自分への挑戦である。どこまで師匠らしくあれるか、我ながら未知数だ。無垢の信頼を寄せるならば、自身のできる限り、鍛え上げる責任を果たすべきなのだろう。応えねばと思えるほどには絆された自覚も少なからずある。
「そんなに、俺の弟子になりたいか」
「もちろん!」
屈託の無い返事を聞くのがいつしか心地良くなっていた。見上げられる優越感ではない。慕われる慢心でもない。少しずつ見せられる成長と過ごし流れる時間に、共にいてもいい感慨が生まれた。
「なら同じになろうとするな、甲」
低くも張りのある声音に乗った単語を、少年は聞き漏らすかと思った。
「そんなに、俺の弟子になりたいか」
「もちろん!」
屈託の無い返事を聞くのがいつしか心地良くなっていた。見上げられる優越感ではない。慕われる慢心でもない。少しずつ見せられる成長と過ごし流れる時間に、共にいてもいい感慨が生まれた。
「なら同じになろうとするな、甲」
低くも張りのある声音に乗った単語を、少年は聞き漏らすかと思った。
本来の姿や今は無くさせた角の見た目が由来だとはすぐにわかった。蝙蝠が原型とは枝から落下させたときに知った。注意して見れるようになった箸使いは次に魚を摘む。名乗りにしてはあっけらかんとした口振りに池年は違和感を抱いた。
「何でもよさそうだな」
「俺は俺です、誰が呼んだって」
本来の姿や今は無くさせた角の見た目が由来だとはすぐにわかった。蝙蝠が原型とは枝から落下させたときに知った。注意して見れるようになった箸使いは次に魚を摘む。名乗りにしてはあっけらかんとした口振りに池年は違和感を抱いた。
「何でもよさそうだな」
「俺は俺です、誰が呼んだって」