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花茗

花茗

@lactico.bsky.social

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成人済み。リバ不可。
🔥❄、🔶💧、🔮📷、暁薛、マイロデ、丹恒右
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花茗

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19/19

がいらないから処理してくれと言われるようなものだろう。状況的には間違っていない。

　せめて連絡先でも残していないのかと紙袋の中を覗くと、プリンだけでなく何やら紙が入っているのが目に留まる。菓子や店の説明が書かれたカードだろうかと手に取り見てみると、そこには拙い子どもの字で“ありがとう”と短く書かれていた。
　肝心の連絡先はどこにも書いていなかったが、これではどこかへ置いていく方が好意を無碍にしているようで憚られてしまう。
　家にプリンが置いてあった時間から考えるに丹恒がプリンを買った時間、つまり先程の子どもが最初にプリンを手にした時間はついさっきの出来事でもないはずだ。それでも再びこの店に訪れたということは、そう遠くない場所で暮らしているのかもしれない。
　もしそうであれば、運が良ければいずれ会える可能性は全くないわけでもないだろう。現にあの子どもは、結果としては人違いだったがこうして再会を果たしプリンを渡すことに成功している。
　なんとも都合のいい考えだと頭の片隅で思いはするが、他によりいい選択肢も浮かばない。もともとプリンを手にできれば丹恒に渡すつもりだったのだから、騙して受け取ったことにもならないだろう。
　そう結論づけると、早速丹恒へ謝りに行こうと景元の家へ足を向けた。

◇

「本当にそんなことあり得るのかい？　君も話していたが、丹恒が店に行ったのは何時間も前のことだろう」
　長々と語る丹楓の話が終わり、初めに疑問を口にしたのは景元だった。
「さぁ。いずれにせよ、こうしてプリンが手に入ったことは事実だ。細かいことを気にする必要はない」
　対して違和感に疑問を呈することもなくそう言い切る姿に、呆れて何も言えなくなる。
　この兄はなんという豪運なのだろうか。俺は三日かけてようやく買うことができたというのに、ふらりと店に行くだけで苦労もせず手に入れてしまうとは。きっかけは俺だったようではあるが。
「何がそんなに不満なんだ。お前はこれが食べたかったのだろう」
　なんとも言えない表情で黙る俺を見て不機嫌になっていると思ったのか訝し気な顔で訪ねてくる。
　謝られた時の殊勝な態度に許してしまっていたが、やはり彼は俺が何に対して怒っていたのか分かっていなかったらしい。伝えていないのだから当然といえば当然ではあるが、分かってもらえなかったとどこか落胆してしまう女々しい自分に嫌気がさす。
　何と返そうか迷いちら、と景元を窺えば、隠さず話した方がいいと言わんばかりに微笑みを返された。

「……俺はどうしてもこのプリンが食べたかったわけではない」
「ならば何故出て行った？　勝手に食べ尽くしたことを怒っていたのではないのか」
「それは、丹楓と食べたかったからだ」

いくら同じものを差し出されたところで俺一人で食べても意味がない。むしろ二人で食べられるのなら、このプリンである必要だってなかった。
　そう口にすれば、丹楓はぽかんと口を開け間抜けた面を晒す。それからだらしなく相好を崩し、胸元へ頭を押し付けるように抱きしめられた。
　苦しいから離せと腕を軽く叩き訴えるも全く意に介してくれない。
「お前は本当に愛いな、丹恒」
「鬱陶しい……」
　過剰なまでの反応につい漏れた本音すら届かないようで、一頻り頭を撫で回してからようやく解放された。
　乱された髪を整えていると「あぁでも」と丹楓が言葉を零す。
「なんだ？」
「分け合うとしても名前は書いておくといい。でないとまた食べてしまうからな」
「……」
　名前が書かれていないものは自分のものも同然と解釈する性格は今からでも改めさせるべきかもしれない。
　無言で景元と目を合わせ、呆れたように肩をすくめ首を振る彼に同調するように小さく溜め息をつき、残されたプリンを口に入れた。

April 12, 2024 at 12:48 AM

花茗

@lactico.bsky.social

16/19

れば二人で食べようと思っての共有だったが、開催期間をすっかり忘れ、気付いた時には一つだけが冷蔵庫で冷やされていた。
　蓋に記名はされておらず、持ち上げて容器全体を確認してもどこにも名前はない。
　周りの人間はみな記名の重要さを心得ており、無防備に食べ物を置くことはほとんどない。それは丹恒も例外ではなく、常であれば必ずどこかに名前を書いているはずだった。
　そうではないということは考えられるのは二つ。単に書き忘れたか、そもそも誰のものでもないということだ。
　誰のものでもないということは転じて皆のものであり私のものでもあるだろう。仮に書き忘れであったならば――それは運が悪かったということだ。
　つまり、これは私が食べても問題ないに違いない。
　そう結論づけ逸る心のままに匙を手に取ると、蓋を開け、なめらかなプリンを掬い上げ口に含む。その瞬間、とろけるような食感と共にほのかな甘みが口に広がる。思わず唸ってしまうほどの美味しさは想像していた以上だった。
　これほどまでに美味な代物であるならやはり丹恒と共に食べたい。そう思いはするが、あと一口だけ、もう一口だけと食べ進めているうちに気付いたら容器は空になってしまっていた。
　一瞬、冷静になった頭にこれは本当に食べきってしまってよいものだったのだろうかという考えが過る。もしこれが書き忘れていたものであって、本来は丹恒のものであったら――。

そこまで考えたとき、玄関の方から鍵の開く音がした。恐らく丹恒が帰宅したのであろう。
「ただいま。帰っていたのか、たんふ……」
　少し間をおいてリビングへ入ってきた弟の表情を見て、瞬時にこれは食べるべきではなかったと悟った。言葉を失った丹恒の視線は間違いなく手元の容器に注がれている。
　少しの沈黙の後、先に動き出したのは丹恒だった。何を言うでもなく踵を返した弟を呼び止めようと声をかけるも虚しく、振り返ることなく去って行ってしまった。
　
　記憶が確かであればこのプリンが販売されるのは今日までだったはずだ。さらにこんな時間まで売れ残っているとは到底考えにくい。それはつまりこのプリンを入手できる機会は既になく、哀れな弟はこの極上の味を堪能することができないということになる。それも私のせいで。
　そんなことがあってはならない。普段から自分に甘く大抵のことは苦言を呈しながらも「仕方ないな」と受け入れてくれる可愛い弟も、今回ばかりは見過ごしてはくれないかもしれないのだ。丹恒に嫌われてしまっては生きていくことなどできるはずがない。なんとしてでもプリンを入手しなければならない。
　
　初めにやったのは知り合いに同じプリンを買った者がいないかどうかを尋ねることだった。たとえ買った者がいてもそう譲ってもらえるものではないと分かってはいるが、聞かないよりは一縷の望みくらいはあるだろう。片っ端から連絡を送り、返信を待つ間に件の洋菓子店の場所と連絡先を確

認する。
　人望に恵まれていることもありすぐ返信が届くが、肝心の答えはいずれもノーであった。頼みの綱であった応星に至っても、返ってきたのは空の容器が二つ写った写真と刃と二人で食べた、美味かったという旨の報告のみ。こうなってしまうとやはり知り合いから譲り受けることは不可能だろう。ついでに、恐らく丹恒は刃ではなく景元のもとへ行ったであろうことが推測できたのは良い副産物ではあったが。
　
　早々に第一の考えを諦め、今度は店に直接連絡を取ろうとした。限定品とはいえ予約は受け付けていたはず。であれば運が良ければキャンセル分を入手できる可能性があるのではないか。
　そう考えながら広告に載っていた番号へ電話を掛けてみるが、一向に繋がる気配がしない。コールは鳴っているため電源が切れていたり通話中であったりということでもなさそうだが、繋がらないことにはどうにもならない。
　都合が悪いだけかもしれないなかしつこく鳴らし続けるのも憚られる。このまま電話で連絡を取ろうと試みるよりは直接店舗へ行き尋ねた方が早いだろう。
　
　果たして店舗に訪れたが、限定品のプリンが買えないことは店員に聞くまでもなく明らかだった。客が捌けたタイミングで駄目元で尋ねてみはしたがやはり売り切れといわれてしまった。
　他の菓子を代替品としても許してもらえるだろうか。それでは物で釣ろうとしていると思われてしまい余計に怒らせてしまうのではないか。

店を出てこれからどうすべきか考え込んでいると、不意に服の裾を引かれる感覚を覚えた。
　何事かと振り返れば、腰に届かないくらいの小さな子供が裾を掴みこちらを見つめている。
「おにいちゃん！　さっきくれたやつね、パパもかってきてたの。だからこれ、あげる」
　唐突に“お兄ちゃん”と呼びこちらの反応も待たずに紙袋を握らせようとしてくる幼子に、戸惑いを隠さず手を離させようとすると母親であろう女性がやってきた。
「こら、急に話しかけちゃダメでしょ。すみません、この子、プリンを譲ってくれたお兄ちゃんに返すって言って聞かなくて……」
「人違いだろう。会ったのは初めてだ」
「あら、そうなんですか？　すみません、本当に。ほら行くよ」
「はじめてじゃないよ、あったよ。おかおがおなじ。おぼえてるもん」
「でもね、あっ、こら……！」
　制止も聞かず逃げるようにして走って行ってしまった幼子を、母親はすみませんと頭を下げながら慌てて追いかけて行ってしまった。手元に残された紙袋を見やり、ここで戻ってくるのを待つべきかと途方に暮れる。
　顔が同じと主張するなら、彼らの言うお兄ちゃんとは恐らく丹恒のことだろう。家には一つしかなかったのは子どもに譲ったためであったのか。
　このまま持って行くのも憚られるが、店に預けても迷惑になろうだろう。しかしあの親子がどこの誰であるかも分からない以上ここで待つほか再び会える気がしない。一瞬交番に届け出ることも浮かぶが、警察からしてみれば贈り物をもらった

April 12, 2024 at 12:47 AM

花茗

@lactico.bsky.social

12/19

タイミングを見計らったように、まるで誰が来たのか分かっていたかのような口ぶりで景元がやってくる。
「景元……すまなかった、勝手に押しかけて」
「構わないよ。君が来てくれるのならいつでも歓迎するさ」
「丹恒はやらんぞ」
「はは、それは彼次第じゃないか？」
　丹楓に抱き締めるように腰を引き寄せられるが、景元はまるで気にしない様子でにこにこと軽くいなす。
「相変わらず生意気だな。〝私の〟丹恒が世話になった。帰るぞ」
　ふん、とそっぽを向き俺の腕を掴むと引っ張るようにして玄関へ向かおうとする。
　しかし迷惑をかけてしまったのにこのまま何もせずに帰るのも忍びない。せっかくなのだから景元とも一緒に食べたいと主張すれば、丹楓は少し不満げな顔で俺と景元の顔を交互に見やり、諦めたようにため息をついて掴んでいた腕を離す。
　一連の様子を見て勝ち誇ったように笑みを浮かべる景元に、丹楓は不満げな顔をさらに顰め苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
　
　再びリビングへ戻れば、隣に丹楓が、向かいに景元が座る形に落ち着く。
　もらったばかりのプリンを開封すると、早速とばかりに丹楓がこちらに向かって口を開け、所謂〝あーん待ち〟をし始めた。しかし赤子でもあるまいしそんなことをしてやる義理はない。
「丹楓はもう食べたことがあるだろう。一口目は俺が食べる」

雛鳥のようにこちらを見てくる丹楓を無視し食べ進めると、想像していた以上の美味しさに目を見張った。これは丹楓が勝手に食べ尽くた気持ちも少し分かってしまう。
「丹恒、私にも一口くれるかい？」
「ん、ほら」
　一口分をスプーンで掬い取り、そのまま向かいに座る景元へと差し出す。そして、ふわりと顔にかかりそうになる髪を耳へ掛けながら差し出されたプリンを食べる彼に「美味いだろう」と問いかける。
「あぁ、確かにこれはやみつきになりそうだ」
「丹恒！　何故此奴には食べさせるのだ、兄であるこの私にこそ食べさせるべきだろう！」
「声が大きいぞ。食事中に騒ぐな、丹楓」
　恨めしそうな視線で訴えてくる丹楓を窘めていると、便乗するように君は丹恒を構いすぎなんだと景元が釘を刺す。
「可愛い弟を構って何が悪い」
「物事には限度があるという話だよ」
「丹恒への愛情に限度などない」
「その割には勝手に丹恒のものを勝手に取るんだね」
「……」
　ぐうの音も出ない様子で押し黙ってしまった。
「景元、その辺にしておいてやってくれ。あまり正論をぶつけては丹楓が可哀そうだ」
「その言葉が一番痛いぞ、丹恒……」
　お前は私と景元とどちらの味方なんだ、兄は悲しいぞ、などとわざとらしく萎れて見せる彼に呆れながら、比べるものではないだろうと返す。

大体どこの誰と向き合おうが尊大な態度を取っている丹楓だったが、こと俺のことに関して景元と関わっているといつもこうなる気がする。おおかた弟を取られることを危惧しているのだろう。何があろうと血の繋がりまで変わることなどないというのに、この兄は俺の周りの人間が俺に対して年上らしい、ひいては兄らしい態度を取るとすぐに威嚇を始める。
　幼い頃から続いているため今となっては精々また始まったなと呆れるばかりで止めさせる気もしない。止めさせられなかったという方が正しいのかもしれないが。
　加えて景元も景元で、丹楓の相手をしているときは子どもっぽい態度を見せることがある。景元の方が丹楓より年下だからだろうか。思えば丹楓と同い年である応星と会話をしている時も、俺と話す時より少し態度が砕けている気がする。
　俺に対してはいつも優しい兄のようで実際よりも幾許か年上のように感じることもままあり、子ども扱いをされていると思うと不満に思う気持ちもあるが、甘やかされることに悪い気はしない。
　恐らく俺がそう思っていることも丹楓は分かっているからこそ、こうやって年甲斐もなく縋ってくるのだろう。
　仕方ないなと息をつき「景元は大切な友人で、丹楓は大切な兄だ」と言ってやる。
　
　兄という生き物は単純なもので、前半は都合よく聞き逃し「大切な兄……！」と大袈裟に感動するように復唱する。その様子を見て白けた視線を向けながらも、これ以上騒がせないようにと丹楓の口にプリンを乗せたスプーンを突っ込む。

「君たち兄弟は本当に仲がいいね」
　向かいで微笑ましそうにこちらを眺める景元に、つい「そういうわけではない」と反射的に否定しそうになった。
　仲良しアピールをしているつもりはなかったが、自分たちが一般的な兄弟より親しい自覚はなくもない。少なくとも一番身近な兄弟である刃と応星は絶対にこんなやり取りをしないだろう。もしする時があるならば、その時は天地が三回はひっくり返るに違いない。
　
　そう考えながらも、ふいに今口にしているプリンを丹楓がどうやって手に入れたのか聞いていなかったことを思い出す。
「そういえば、これは一体どうやって手に入れたんだ？　とうに売り切れていたはずだが」
　話題をすり替えるついでと思い聞いてみれば、丹楓も思い出したかのようにこれまでの経緯を語り出した。
　⁠
　◇
　⁠
　悪気があったわけではなかった。今となってはただの言い訳にすぎないが、出て行ってしまった弟の表情を思い出すと罪悪感で胸が痛む。おおかた刃か景元のもとへ行ったのだろうが、このまま後を追っても言い訳することしかできない。なにせ弟が怒った要因はこの空になったプリンの容器なのだろうから。
　
　限定版のプリン。これは以前広告を見かけ丹恒に教えたものだった。もし運良く買うことができ

April 12, 2024 at 12:46 AM

花茗

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8/19

はなかったが、不躾に見てしまっていたことに申し訳なくなる。
「……あの。これ、よければどうぞ」
「え、そんな、大丈夫ですよ」
「間違えて二つ買ってしまって困っていたんです。もらってくれると助かります」
「これくれるの？　おにいちゃんありがとう！」
「あ、ちょっと、」
　限定品をそう都合よく買い間違えることなど滅多にあることではない。見え透いた嘘だと女性には分かっていただろうが、子どもが無邪気に受け取ってくれたのをいいことに返されてしまう前に足早に立ち去る。
　
　どうしても二つ欲しかったわけでもないからいいだろうと勢いのまま渡してしまったが、見ず知らずの子どもに物を押し付けるのは一歩間違えれば不審者も同然だったのではないか。ふと冷静になり、余計なことをしただろうかと少し後悔をする。
　渡したのは買ったばかりのプリンで、自分にはやましい気持ちなど何もないから問題はない、はずだ。そう自分に言い聞かせながら家へと向かった。
　⁠
　◇
　⁠
「俺が家に帰ったとき、丹楓はまだいなかったんだ」
　少ししてから他の用事で家を空けて、再び帰ってきたところに遭遇したのがスプーンと空になったプリン容器を両手に持った丹楓だった。

それを見た瞬間、彼の言い分を聞くこともせずに帰ってきたばかりの家を飛び出し、その足で景元の家までやってきた。
　初めは突然の訪問に驚いていたが、俺がこうして景元の家に来ること自体は初めてではない。すぐに何かあったのだと察し、快く迎え入れてくれた。
「では君は、丹楓が何故勝手にプリンを食べたのかを聞いていないんだね」
「そういうことになる。おおかた腹が減っていただとか、先程見せた広告は元はと言えば丹楓が見せてきたものだから、好奇心にでも負けたんだろう」
　一口だけ味見するつもりがあまりの美味しさにあと一口だけ、もう一口だけ……と食べ進めていく丹楓の様子がありありと想像できる。その美味しさを俺はもう知ることができないのに。
　丹楓はあのプリンの希少性を知っていたはずのため、余計に腹立たしく思ってしまう。
「そもそも、こうして俺が家を飛び出しても追いかけてこないどころか連絡の一つ寄越さない時点で、悪いことをしたとも思っていないんだろう。俺が何で出ていったのかも分かってないんじゃないか」
　俺の言葉に景元も曖昧な表情で笑うだけで何のフォローもしない。彼の中の丹楓の評価が如何なものであるか分かってしまう。それに、自分の考えはやはりそう的外れなものではないのだろう。
「丹楓から連絡が来るまでここにいるつもりかい？」
「……迷惑だったか？」
　恐る恐る尋ねれば、そうではない、と首を横に

振られる。
「私はいつまでもここにいてくれて構わないが、君はそうではないだろう？」
「俺が？」
　何を言われているのか分からず首を傾げてしまう。
　家に帰れば確実に丹楓と顔を合わせることになる。だから彼が迷惑というのであれば無理に滞在するつもりもなかったが、許してもらえるのであれば暫くは居座るつもりだった。
「君はまるで追いかけてきてほしかったような物言いをしているじゃないか。てっきり彼と仲直りしたいのだと思っていたが。違うのかい？」
　その言葉に、図星を指された気持ちになって何も返せなくなる。
　
　少しの間黙り込んでしまっていると、不意にインターホンの鳴る音が耳に入った。
「客人か？」
「そうみたいだ。すまないが見てきてくれるかい？」
「俺でいいのか？　分かった」
　俺が対応しても問題ないということはただの宅配だろうか。そう思いながら玄関へ向かい扉を開けると、そこにいたのは宅配業者などではなく、つい数時間前に一方的な喧嘩別れをした丹楓だった。
「――何故、ここに」
「お前のことだ。刃か景元の元へ行くだろうと思っていた」
　昔から何かあるとすぐ彼奴らのもとへ逃げ込むだろう。お前の行動パターンは分かりきっている。

そう鼻で笑うかのように告げられ、ほんの少しだけ追ってきてくれて嬉しいと思ってしまった気持ちも瞬時に消え失せた。
　今度からはこの兄には絶対に分からないであろうところへ行ってやる。
　密かに決意をしながら苛立ちを抑え「何しに来た」と問えば、無言で紙袋を差し出された。
「……？　なんだ、これは」
　戸惑いつつも受け取り中を開けると、そこには目の前にいる兄に食べられてしまったはずのプリンが入っていた。
「どうしてこれを」
　もう手に入れることはできないはずなのに。
　そう呟くと、らしくもなく頭を下げられる。
「……すまなかった。お前はいつも名を書いているから、てっきり私の分を残しておいたのかと。お前と共に食べたいと思い教えたつもりだったのに、一人だけで食べてしまったのかと思ったのだ」
　珍しく殊勝な態度を見せる彼に、あれほど憤っていた感情などどこかへ吹き飛んでいき仕方ないなとすぐさま許してしまいそうになる。
　そういうところが彼に甘いのだと呆れられてしまうのだと分かってはいるが、どうにも丹楓に対して怒りの感情を抱き続けることができなかった。頭を下げることなど滅多にない彼が素直に謝るほど反省しているのだから相当なものだろうと思ってしまうのかもしれない。どう考えても普段素直に謝らない方が悪いのだが、そんな性格を含めて丹楓だと思っているし今はそんなことはどうだってよかった。
「俺も、話も聞かずに飛び出して悪かった」
「仲直りできたみたいだね」

April 12, 2024 at 12:45 AM

花茗

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🌙にプリンを食べられた🍁が🦁宅へ駆け込み寺する話　4/19

付き合ってない楓恒兄弟と景恒(ブロマンス)

名無しのプリン | 乳酸菌の切り身
www.pixiv.net/novel/show.p...

家を飛び出す前に見た、慌てた丹楓の顔を思い出す。何か言いかけていたような気もするが、彼の手にしていた物を見た瞬間頭に血が上りろくに話を聞くこともせずその場を離れてしまった。
　少し時間をおいたことで頭が冷え彼に悪いことをしたかと罪悪感を覚えるが、それでもすぐに今回は丹楓が悪いんだと思い直す。
　テーブルに頬杖をつきながら怒りを吐き出すように息を吐き分かりやすく〝機嫌が悪いです〟という態度を取っていると、菓子と飲み物が乗るお盆を持った景元が「まだ怒っているのかい？」と苦笑しながらリビングに戻ってきた。
「好きなだけ食べるといい。甘い物でも食べれば少しは気が収まるだろう」
「……感謝する」
　子どもじみた態度を取ってしまったことを恥ずかしく思いながらも言葉に甘えて小分けに包装された菓子を一つ手に取り、袋から取り出して口に入れる。向かい側に座った彼は菓子を食べる俺を見て満足そうに微笑むと、同じように袋を開けながら「今回は何が原因なのかな」と世間話でもするように尋ねられた。
「笑わないか？」
「あぁ、勿論」
「……プリンを」
「プリン？」
「限定品だったんだ。それを、丹楓が勝手に」
　そこまで言うと、何があったのかを察したのであろう景元が小さく吹き出すのが分かった。
「……笑わないと言ったのに」
「すまない、想像していたよりも可愛らしい理由だったから、つい」

なおもにこにこと笑みを浮かべる彼を恨めしそうに見ていると、こほんと咳払いをして「私が悪かったから、そうふくれないでくれ」と機嫌を取ろうとしてくる。
「こう言ってはなんだが、丹楓が人の物を勝手に食べるのはよくあることだろう。君はそれを仕方がないといって受け入れていたような気がするが、今回はそうではないみたいだね」
　景元の言うことは尤もだ。丹楓が人の物を勝手に食べるのは今に始まったことではないし、それは俺に対しても例外ではない。ただ俺の物を取るのが他より随分少ないくらいで、彼の幼馴染みであり悪友でもある応星さんはそれはもう比較できないくらい被害に遭っていた。
　お前の物は私の物、私の物は私の物。そういったジャイアニズム精神を持ち合わせているのが我が兄、丹楓だった。
「俺のものは名前を書き忘れさえしなければ取られないからな」
「では今回は書き忘れた、と？」
　そうといえばそうだ。でも、これはそんな単純な話ではない。なにせ俺は、書き忘れたのではなく書かなかったのだから。
　
　一言で済ませると、俺は一つしかないプリンを丹楓と分け合いたかった。それだけだったのだ。
　だから、俺の物とするような記名はしなかった。
　いくら弟から見ても兄の傲慢さには目を見張るものがあるとしても、俺に黙って全て食べ尽くしてしまうなどとは思ってもいなかった。
　兄の性格を見誤った俺の落ち度だ。彼は俺に特別甘いと、無自覚のままに自惚れていたのかもし

れない。
「そこまで言うのかい？」
「丹楓を擁護できる要素があるのか？」
「……私が悪かった。続けて」
　問題なのは食べ尽くされてしまったことだけではない。そのプリンはただのプリンではなく、下手をしたらもう二度と食べることができない特別なものだったんだ。
　個人が経営しているらしいそこは広報にあまりに力を入れていないようでオープン当初こそ客足が疎らだったものの、その味の良さと値段のちょうど良さからジワジワと評判が広まり、今では少しタイミングを逃しただけ軒並み売り切れになってしまうほどだった。
　そんな人気店が珍しく広告を出した。
　
　《数量限定！　自家製卵を使用した特製とろけるカスタードプリン》
　《○月○日～○月□日までの三日間販売いたします。数に限りがございますので、お一人様二個までに限らせていただきます。大量生産の難しい商品のため、限定販売となりますこと何卒ご了承ください》
　
　携帯の画面に表示させた広告を景元に見せれば「なるほど、これは確かに美味しそうだ」と返ってくる。
「そうだろう。俺も特別プリンが好きなわけではないが、食べられるものなら食べてみたいと。そう思ったんだ」
　限定販売という要素も心を惹くのに十分だった。販売について知った時には既に予約受付が終了し

てしまっていたから、直接店に行って買いに行くことに決めた。
　そして開催期間のうち二日間は買うことができなくて、最終日である今日、朝一で店に向かい運良く購入することができたのだ。
「でも、一つしか買えなかったということかな？」
　数ヶ月前、家から少し離れたある場所にできた新しい洋菓子店。
「いや、そうではない。本当は二つ買っていたんだが――」
　⁠
　◇
　⁠
「もう一個ありませんか？」
「申し訳ありません。本日分はこちらで最後になってるんです」
　店内で会計を済ませていると、後ろで店員と話す声と「プリンないの？」と落胆する幼い声が耳に入ってきた。
　思わずそちらに目を向ければ、自分と同じように限定のプリンを買いに来たのであろう女性が子どもに向かって一個で我慢するよう宥めている。
「やだぁ！　いっしょにたべるって、にいとやくそくしたもん！」
「わがまま言わないで……半分こじゃだめなの？」
「うぅ、だって……」
　納得のいかない様子の子どもに困り果てた顔をしていた女性だったが、視線に気づいたのかこちらを見て「騒がしくしてすみません」と頭を下げてきた。
「いや、そういうわけでは……」
　咎めていると思われたのだろう。そんなつもり

April 12, 2024 at 12:43 AM

花茗

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もち団子と丹恒が入れ替わった話(景丹)　11/11

いか」
「なんで？　けーげんはきらい？」
「そうではない。ただ、」
「けーげんとたんこーがこうしてたとこみた。もちもする」
　そう言って小さく口を開けると、今度は景元の頬に舌を伸ばしぺろぺろと毛繕いでもするかのように舐める。
「っ、こら、駄目だ」
　咄嗟に片手で丹恒の口元を抑えれば、納得のいかない顔をしつつもようやく景元から少し距離を取った。
「今の君はもち団子だろう。こういうことは、丹恒が相手だからしたいんだ」
「もちとするのじゃちがうの？」
「あぁ、違う」
　懐いてくれるのは嬉しい。でもそれは駄目だ。
　たとえ外見が丹恒だろうがそれは外見のみの話で、中身が違うのでは同じように扱うことはできない。私にとって丹恒は〝特別〟なのだ。
「――丹恒？」
　なんで自分と丹恒は違うのかと首を傾げる彼に分かってもらうため説明をしていると、不意に鳴き声が耳に入る。
　そちらを見れば、もち団子がぷるぷると体を震わせていた。体調に異変でもあったのかと抱き上げ様子を確認しようとするが、今度は四つ足をピンと伸ばすように景元に向け必死で距離を取ろうとする。
「たんこー、もうやめろっていってる」
　これは、如何に丹恒が特別かを説いたせいで照れているのだろうか。自惚れかもしれないが、そ

うであったなら嬉しい。

　ふぁ、と欠伸をする丹恒に今度こそベッドで寝てくれるだろうかと尋ねる。
　すると彼が答えるよりも早くもち団子がみゃあと何かを喋った。
「たんこー、いっしょにねるって。けーげんも」
「私もか？」
　そうだ、と言いたげに短く鳴くとベッドにひらりと飛び乗り、こないのかと景元を見上げる。
「もち、げんかい。はやくねよ」
　困惑する景元の腕を掴んでベッドの方へ引っ張っていく。
　連れて行かれるままに横になった景元と丹恒の間にもち団子が入り込み、暫くくるくると動き回ったあとやっと定位置を見つけたのか動きを止めた。
　自分は眠るつもりはなかったが、横になっていると自然と瞼が重くなっていくのを感じる。
　次第に聞こえてきた二つの穏やかな寝息を子守歌に、景元も緩やかな微睡みへと沈んでいった。

「景元～、ヘルタに聞いてきた、ぞ、……」
　開けた戸の先には寝てる二人と一匹。寄り添うように眠る彼らはノックとほぼ同時に入室した穹の気配に気付く様子もない。
（珍しいな、なのにも見せてやろっと）
　徐ろにスマホを取り出し、シャッター音が鳴らないように設定をしてから数枚写真を撮る。
　少し距離を詰めてからもう一枚。さらに欲張りもう一枚だけ……と近づきかけたところで、景元

の瞼が震えるのが見えた。
（起こしちゃ悪いよな。流石にもうやめておこう）
　奇物には中身を入れ替える以外特に効果がないこと、放っておけば一晩くらいで元に戻ることなどヘルタが教えてくれたことを書き置き、起こしてしまわないようにそっとその場から立ち去った。

　後日、穹の撮った写真を景元と元に戻った丹恒がそれぞれ内密に、という言葉と共に欲しがったのはここだけの話。

February 24, 2024 at 12:47 PM

花茗

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もち団子と丹恒が入れ替わった話(景丹)　8/11

もち団子なのだが。

「っ、丹恒？」
　ふいに丹恒を撫でているのとは反対の手に痛みが走った。
　そちらを見ると、もち団子が嚙みついてきている。思わず声を上げた景元にびくりと体を震わせたかと思うと、今度は先ほど痛みが走った指に湿った感触がし、傷を舐められているのだと分かる。
　大方軽く歯を立てただけのつもりが思ったよりも強く嚙んでしまい慌てているのだろう。代々世話をしている獅子たちにも幼い頃にこういった行動を取ることは幾度となくあった。
　気にすることはないと伝えると、指先から口を離し申し訳なさそうな顔でこちらを見上げてくる。
「何か伝えたいことがあるのか？」
「みゃあ、みゃ、みゅ、」
「……困ったな」
　問いかけに答えてくれているみたいだが、愛らしい鳴き声で必死に何かを訴えていることしか分からない。
　丹恒の体に入ったもち団子とは会話をすることができたが、もち団子の体に入ってしまった丹恒の意思を上手く汲み取ってやれないことに歯痒さを感じた。

「君には丹恒の話していることが分かるのだろう、彼は何と言ってるんだ？」
「けーげんからはなれろって、うるさい。もちはしたいことしてるだけ。たんこーのからだ、もちのよりいっぱいうごける」

みて、ともち団子を尻尾を掴んで持ち上げる。咎めるように低く唸られてもどこ吹く風で、ぽよぽよの体を好き勝手に伸び縮みさせて遊びだしてしまった。その楽しげな様子に微笑ましさも感じるが、このままではもち団子に入った丹恒が可哀そうだ。
　そう乱暴にするものではないと軽く窘め解放させてやると、逃げるように景元の背後に移動し乱されたしっぽをぺろぺろ毛づくろいし始める。
　……中身は丹恒のはずだが、先程から行動が心なしか猫に寄っているのは気のせいだろうか。そもそももち団子のような創造物が猫に分類される生き物なのか確かではないが。
「もしかして、私がもち団子殿を構っていることに嫉妬したのかい？」
「……み」
　ちら、と視線だけを投げ肯定とも否定とも取れる短い鳴き声を上げた。
　その鳴き声を都合良く解釈した景元は嬉しそうに微笑む。

　一方、おもちゃを奪われた丹恒は面白くないと言いたげな顔をしたが、すぐに新しいおもちゃを見つけようときょろきょろ室内を歩き回り始める。
　そして紙の束や書物、筆記具などが置かれた文机の近くまで行くと、興味を持ったのか勝手にぺらぺらと触りだしてしまった。
「それは私の仕事に必要な書類だから触ってはいけないよ」
「ここけーげんのへや？」
「あぁそうだ」
「……もちが遊びたいのない」

そうがっかりした声を出す丹恒には、本来ないはずの尻尾と耳が下がっているように見えた。
　確かにここには子どもと遊ぶための玩具が全くと言っていいほどない。そのことに今更気づき申し訳ない気持ちになる。時折彦卿と興じる星陣棋ならばあるが、もち団子が遊ぶには少々難しいだろう。
「そうだな……あぁ、少々古いものにはなるが、君でも読めそうな本があったはずだ。それで我慢してくれるかい？」
　少し待っていてくれ。そう言い彼らの傍を離れ、壁一面にある書棚の低い方を探る。
「確かこの辺りに……あった、これだ」
　取り出したのは、文字がまだ読めない子どもが楽しみながら言葉を覚えていけるような絵本だった。長いことしまい込まれていたが、紙の色合いに少々年季を感じるだけで目立った汚れや破損もない。
　どうかな、と大人しく待っていた丹恒へ差し出せば興味津々な顔で表紙を眺め恐る恐る受け取る。そのままパラパラとページを捲る様を見守っていると、お気に召したのだろうか。瞳を輝かせ景元を見上げる。
「けーげん、これはなに？」
「なんてよむ？」
「これかい？　これは――」
　横並びに座り、矢継ぎ早に尋ねてくる丹恒の問いに一つ一つ答えては時折手本のように読み聞かせてやる。
　いつの間にか景元の膝上に乗り上げてきたもち団子も加わり、まるでもち団子が丹恒へ文字を教えてあげているようだった。その微笑ましい光景

に思わず笑みを浮かべる。

　暫く一人と一匹の読書会を見守っていると、ふと視界にふよふよと動く影を捉えた。顔を上げれば、丹恒の姿格好こそ普段のままだったが半透明に透き通る龍の尾が出てしまっている。もち団子にとっては尻尾があることの方が当たり前のため、無意識に出てきたのだろうか。
　右へ左へゆらゆら動くそれに合わせて丹恒の体も小さく揺れ始め、ようやく眠そうにしていることに気付く。
「もち団子殿、大丈夫か？」
「んん、」
「もち団子殿？」
「ここでねる」
　むずかるように口元を動かし片手で目元を擦ると、そのまま景元の肩に凭れかかってしまった。
「ここで寝ては体を痛めてしまう。きちんと横になった方がいい」
　寝落ちてしまう前に自分の使う寝所へ連れて行こうとするが、いやいやと体を揺らし抵抗されてしまう。
「もちはけーげんのことあんまりしらない。でもたんこーのなかにいると、ずっとちかくにいたくなる」
「けーげんのにおい、すき。あんしんする」
　そう言い座っている景元の膝上に乗り上げ、肩口へ顔をうずめるように正面から抱き着く。
　景元が困ったようにその背中を軽く叩き少し離れるように促すも、首を振るだけで答えてはくれない。
「もち団子殿、すまないがもう少し離れてくれな

February 24, 2024 at 12:46 PM

花茗

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もち団子と丹恒が入れ替わった話(景丹)　4/11

ワンライに遅れ猫の日にも間に合わなかったもの
ワンライ(# jh_60min)のお題「猫/入れ替わり」をお借りしていますが全くワンライではありません

「頼む将軍！　丹恒たちのこと見ててくれ！」
　ぱん、と両手を合わせ拝むように頭を下げる。
　その先にはにこにこと笑いながら腕を絡める勢いで景元にすり寄る丹恒と彼のズボンの裾を咥え必死で二人を引きはがそうとするもち団子、そして困惑した表情を浮かべる景元がいた。
「……一先ず、この状況について説明をしてもらえるかい？」

　話せば長くなるんだけど、と前置きをしてから語った穹によるとこうだ。
　初めて見た奇物を丹恒にも見せてみたら、丹恒ともち団子が入れ替わっちゃった、と。
「ヘルタにどうすればいいか聞きに行こうと思ったんだけど、丹恒が大人しくしてくれないんだ。多分、人型になったのが楽しいんだと思う。だから俺がヘルタのとこに行ってる間、丹恒たちの面倒を見ててくれないか？」
　大人しくしないのは俺じゃなくてもち団子だ、とばかりにみゃーみゃー抗議する鳴き声が足元から聞こえてくるが、穹は構わず話を進める。
「面倒を見るのは構わないが……何故私なんだい？」
「だって丹恒と将軍って付き合ってるだろ。丹恒は今こんな状態だし、将軍に預けるのが一番だと思って」
　こんな状態。そう言われ再び傍らの丹恒を見る。常に冷静で落ち着いた表情を見せる彼は非常にご機嫌な様子で、こんなに表情筋を動かせたのかというほど相好を崩している。
　少しして向けられた視線に気付いたのかじっと景元を見つめ返すと、何を思ったのだろう。可愛

らしく口を開け、はむ、と彼の肩にかかるやわらかな髪に文字通り食いついた。

　俺の体で変なことをするな！！

　そんな叫び声が聞こえてきそうなほど大きな鳴き声をもち団子が上げ、ぺちぺちと短い足で叩き必死にやめさせようとしているが丹恒は全く意に介さずあむあむと口を動かし続ける。
　流石の景元も、中身が違うと理解していても目に飛び込んでくる〝丹恒が自分の髪を食んでいる〟という視覚情報に脳の処理が追いつかないようで、彼の行動を制止するでもなく固まってしまっていた。
　見かねた穹が「こら、食べ物以外は口に入れちゃだめって言ってるだろ」と窘めたことで渋々口を離したが、まだ名残惜しそうに景元の髪を見つめている。
「そんなことだから、大変だと思うけど頼んでいい？　できるだけ早く戻ってくるから」
「あぁ、承知した。確かにこれでは私のところにいさせるのが良さそうだ。むしろ連れてきてくれたことに感謝しなければ」
　これほど無防備で、まるで赤子のような雰囲気さえ感じ取れる丹恒を連れ歩くのは大変だろう。そしてなにより、他の誰かにも先ほどのような行動を取っているところを想像してしまうと恋人としては複雑な感情を抱かざるを得ない。
　二つ返事で返せば穹は安心した笑みを浮かべ「じゃあ行ってくる、よろしくな！」と足早に景元の私室を後にした。

（さて、これからどうしようか）
　景元は自分の隣に腰掛けなおもすり寄ってくる丹恒を見遣る。その足元では、もち団子が引き剝がそうとすることに疲れたのか不満げにたしんたしんと尻尾を打っていた。
　その名前に違わぬもちもちの体を掬い抱き上げてみると、抵抗するようにみぃみぃ鳴き出してしまう。
「もち団子が我々の解する言葉を発しないのは知っているが、君も喋れなくなってしまっているのかい？」
　腕の中の子をあやすように撫でながら、しかし離してやることはなく丹恒を見る。問いかけられた丹恒は首を傾げ、口をもごもごと動かしてから控えめに開けて見せた。
（一体何を伝えようとしているのだろう）
　景元はつられるように首を傾げてしまったが、もち団子には彼の言わんとすることが分かったらしい。先程までの抵抗するような声とは違い、何かを説明するかのように鳴き声を上げる。
　その鳴き声も景元にはただの愛らしい声にしか聞こえないが、元々自分の体だったこともあり丹恒にはきちんと言葉が通じているようで度々相槌を打っている。
　言葉が通じているということは、先ほどまでのもち団子による必死の訴えは聞こえている上で無視していたことも分かってしまったが。

　そうして丹恒が何度か小さく口を動かしては息を吐きだすことを繰り返していると、ふいに「こ、う？」と言葉を漏らした。
　もち団子がそうだ、と一鳴き返すと満足そうに

微笑み、彼らのやり取りを眺めていた景元の方へ向き直る。

「こえ、の、だしかた、ちがう」

「なるほど、そういうことだったか」
　人間と創造物たちで体の造りが大きく異なっているのは明白だ。それ故に、言葉を発する器官は変わらず備わっていても正しく発音する方法が分からなかったのだろう。
　まだ幼子のように拙い喋りではあるが、暫く会話を続けていれば流暢に話せるようになるかもしれない。
「もち――いや、丹恒殿は君に何と言っていたのかな？」
「みゃーじゃなくて、わーってやるんだって」

　みぅ……。

　ため息をつきふるふると体を揺らすもち団子を見るに、ちゃんと伝わっていたわけではないようだ。あるいは丹恒はよく難しい言葉を使うため、意味は伝わっていてもそれを明確に言語化し直すのはもち団子にとって難しいのだろう。
　それでも会話で意思の疎通ができるだけ僥倖だ。その言動の幼さからつい年端もいかない子どもの相手をしている気分になり、上手に話せて偉いな、と頭を撫でてしまう。
　嫌がられるかとも思ったが、気持ちよさそうに頭をすり寄せられつい頬が緩む。普段は頭を撫でようものなら子ども扱いをするなと怒られてしまうため、ここまで素直な丹恒はとても新鮮だった。
　もっとも、実際に甘えているのは丹恒ではなく

February 24, 2024 at 12:45 PM

花茗

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バレンタイン楓恒　11/11

なければ応星さんには兄伝いで渡せればいいとも思っていたため正直にそう伝えると、端正な顔を顰め不機嫌を顕わにされる。
「彼奴らには渡して、この兄に渡す分はないと言うのか」
「なんだ、丹楓も欲しかったのか」
「当然だ。可愛い弟が作ったものを欲しがらない兄など存在しない」
　応星に渡す必要こそないだろう、彼奴の分を寄越せとまで言い出す丹楓には呆れるが、手ずから作り上げたものを欲しいと思ってもらえることに悪い気はしない。だが、だからといって人の分まで与えることもできない。
「応星さんに迷惑を掛けてばかりだろう。この前も散々振り回したと聞いたぞ。こういう機会にでもお礼を伝えなければいけないんじゃないのか」
「バレンタインは本来愛情を伝える日であって感謝を伝える日ではない。お礼がしたいのなら勤労感謝の日にでもすればいい」
「……」
　彼は兄の秘書か何かなのだろうか。前半に関しては正論だが、友人への感謝を勤労感謝の日にするというのもそれはそれでおかしいだろう。義務でつるんでいるわけでもないだろうに。
「とにかくそれは貴方に渡す分じゃないから駄目だ。それに、渡さないとは一言も言ってない」
「それを早く言え」
「言う前に人の分を取ろうとしたのは丹楓じゃないか。……おい」
　自分の分があると分かるやいなや菓子に向かって伸びた手をぺしんとはたき落す。これは駄目だと言っているのに、油断も隙もあったものじゃな

い。
「今日はまだバレンタインじゃない。明日まで待て」
「今日も明日も変わらんだろう。重要なのは日付ではなく、其方が私のためにバレンタインの菓子を用意したという事実だ」
「……それなら、明日になって他の人に渡すときに駄々を捏ねるなよ」
　自分の分は既に手にしたくせに違うタイミングで他の人に与えているところを見ると再び欲しがるという兄の悪い癖は十分理解している。だからこそ、本当は穹たちの手伝いをしただけということにして自分が何かを作ったこと自体隠しておこうと思っていたのだ。それも予定より早く帰ってきた兄自身のせいで無駄になったが。
　案の定、約束しかねるのか肯定の返事は返ってこない。
　たとえ本命などではなく友人に渡すというだけでも彼がご機嫌斜めになることも分かってはいたため、仕方ないなと小さくため息を吐く。丹楓の機嫌が悪くなるからといって友人との交流すら制限される気はさらさらない。

　ここに置いたままでは悪戯されてしまうかもしれないな。変なところで子供っぽい兄ならやりかねないだろう。
　見ていないところで悪さをされないよう自分の部屋へ運ぼうとした途端、菓子へ伸ばした手にするりと丹楓の手が絡んだ。
「……何のつもりだ？」
「まだお預けと言うのなら、お前を先にいただこう」

あれを使ってみるのはどうだ。そう言って丹楓が指し示したのは、溶かしたはいいものの使われることのなかったチョコレートの余りだった。
　一体どんなタイミングで盛っているんだ。
　言葉の意味を悟って、この兄は俺が思っているよりよっぽど変態だと思ってしまう。その彼の言わんとすることが分かってしまった俺も俺なため、口には出さないが。
「食べ物で遊ぶな」
「興味があるくせによく言う」
「うるさい」
　正論で返したつもりが、心の内を見透かしたように言われ思わず眉間にしわを寄せる。
「待て、どこに行く」
　丹楓の手を振りほどき菓子を持って行くのは諦め部屋を出ようとしたが、当然のように呼び止められ足を止めた。
　振り返ることなく逡巡した後に「……風呂だ」と小さく返し、今度こそ立ち止まることなく部屋を後にする。

「丹恒、お兄ちゃんが背中を流してやろう」
「いらない」
「なら兄の背中を流せ、弟よ」
「何故そうなる」

　バタバタと騒々しく後を追いかけてきた兄を軽くあしらいながら風呂場へと向かう。
　変なことをしてこないのであれば一緒に入ってやってもいい。手を出して来たら即刻追い出すが。
　そう思いながら、早々に服を脱がせようとしてきた不埒な手を跳ね除けるのだった。

February 20, 2024 at 1:55 PM

花茗

@lactico.bsky.social

バレンタイン楓恒　8/11

ていた。
「これ本当に初心者向けか？」
「そうだと思ったんだけどなぁ」
「……なの、見て。レシピのここ、生チョコは簡単そうに見えて失敗しやすいって書いてあるぞ」
「うっそ、ほんとだ」
「なのは知ってるんじゃなかったの？」
「う……、もーいいじゃん！　ウチだけのせいじゃないでしょ！」

「二人とも、作業を続けていてくれ。少し買い足してくる」
　チョコペンと生クリーム、あとは最悪チョコさえあればなんとかなるだろう。エプロンを脱ぎ外へ出る支度をしながら声をかけると、二人はようやく気付いたのか騒ぐのをやめた。
「あれ、丹恒はもう終わり？」
「あぁ、俺のは上手くできたみたいだ。オーブンはもう止まっているがまだかなり熱いから気を付けてくれ。必要なものがあるならついでにまとめて買ってくるが、何かあるか？」
「ううん、大丈夫！」
「俺も平気だ。悪いな丹恒、任せちゃって」
「気にするな。すぐ戻る」
　コートを羽織り、財布と携帯だけを持って玄関へ向かう。多少割高なことには目を瞑りすぐ近くのコンビニへ行こうかとも思ったが、チョコペンを売っているかどうか怪しい。ダメ元で寄るだけ寄ってみて売っていなかったら諦めてスーパーまで行こう。
　そう考え歩みを進めた。

だいぶ時間がかかってしまったな。
　買い足した材料の入った袋を片手に足早に家へ向かう。コンビニに目当ての物がないことは想定していたが、近場のスーパーでも売っていないことは想定外だった。バレンタイン前日の今日、同じように買い物をする人が多かったのだろう。見通しが甘かったと後悔しながら別のスーパーまで行き、ようやく買い揃えることができたのだ。
　想定より三十分は遅れて家へ帰りつき、玄関の鍵を開けようとしたところで違和感を覚える。行きは上下についた鍵を両方とも掛けたはずだが、片方しか掛かっていない。
　記憶違いだっただろうかと首を傾げながら戸を開け、残念なことに記憶違いではないとすぐに気が付く。
　玄関に並んだ靴が一人分多い。それは間違いなくこの家で同居している兄、丹楓の物だった。
　今日は遅くまで帰らないと言っていたはずだが、何故もう帰ってきているんだ？
　そんなに買い物に時間をかけてしまったかと改めて時計を確認するが、まだ辛うじて夕飯前の時間で兄が帰ってくるような時間ではない。
　疑問を抱きながらもリビングへ入っていくと、キッチンに立ち何やら作業をする丹楓の手元を熱心に見つめる穹と三月の姿がそこにはあった。
「帰ったか」
「おかえり丹恒、遅かったね。大丈夫？」
「あ、あぁ……」
　ちら、とこちらを見た丹楓はすぐに視線を戻し作業を再開させる。同じく帰宅に気付いた三月が声を掛けてくるがその視線は依然丹楓の手元に注がれており、穹に至ってはこちらを見向きもしな

い。
　荷物を置き手洗いを済ませてから再度リビングに戻り、一体何をやっているのだとキッチンへ近づく。

「あんたのお兄さんってめちゃくちゃ器用なんだね。これ見て、お兄さんが描いたんだよ」
　そういって嬉しそうに見せられたのは、買い出しに行く前は不細工な出で立ちだった動物たちの見違えた姿だった。
　俺の失敗作も捨てるんじゃなくてリメイクできる方法教えてもらったぞ、と穹も楽しげに伝えてくる。
　二人に褒めそやされた丹楓は心なしか得意げな様子で「このくらい朝飯前だ」と鼻を鳴らし言ってのけた。心なしか、ではなくだいぶ調子に乗っていた。
「その様子なら買い足す必要はなかったか」
　この先使い道がなさそうなものを買ってしまったのは勿体なかったな。板チョコはそのまま食べればいいが、チョコペンなんかはもう一度菓子作りでもしない限り無駄になってしまう。溶かして取り出せば普通のチョコレートとして使えるだろうか。
　そう考えていると、三月がううんと首を横に振った。
「買ってきてくれたのも使うよ！　お兄さんはあくまでもお手本を見せてくれただけで、ちゃんと最後まで自分で作ってみろって」
「私が完成させた物を小娘の手作りだと言って配り歩くのはおかしな話だろう」
　そう言って、一通り手本を作り終えると満足し

たようで後は好きにしろと部屋を出て行く。
　時間的にも調理できるのはあと一度だけだろう。買出しに出る前に置いておいたガトーショコラのカップケーキが萎んでしまうこともなく上手く出来上がっているのを再度確認する。ラッピングするのはもっとしっかり熱が取れてからの方がいい。
　やることもなくなり手持ち無沙汰だったため、あとは軽く片づけや二人の手伝いをしながら見守ることにした。

「元気な小僧と小娘だったな」
　各々で作り上げた菓子と互いに交換した菓子を持って帰って行く二人を見送ったあと、リビングへ入るとといつの間に戻ってきていたのか丹楓がテーブルにつき俺の作ったガトーショコラに視線を投げていた。
「騒々しいのは嫌がるかと思って、貴方が予定を入れていた今日にしたんだぞ」
　予定より早く帰ってくるのが悪いんだ。言外にそう滲ませ返す。
「悪いとは言っていない。それよりも、これは一体誰に渡すために作ったんだ」
　これ、とは目の前にある菓子のことを言っているのだろう。少し不格好ではあるが、あの後時間をおいてから丁寧にラッピングを施したものを三つ並べてある。穹と三月とは既に交換しあったため、残ったそれは普段から(特に兄が)世話になっている景元や応星さんに分けるつもりだった。それから、その二人にだけ渡すと機嫌を損ねるだろうから刃にも。
　隠すものでもなし、もし直接渡すタイミングが

February 20, 2024 at 1:54 PM

花茗

@lactico.bsky.social

バレンタイン楓恒　4/11
現パロかつ兄弟パロ

大量の板チョコに新品の卵パック。バターと生クリーム、砂糖、薄力粉、カラースプレーにアラザン──とにかく色んな材料と、これまた色々な調理器具から包装紙やリボンといったラッピングの材料まで、広々としたテーブルの上に所狭しと若干乱雑に取り揃えられている。
　並べられた物に満足そうに頷くと、こほんと咳払いをしてから両手を腰に当て、可愛らしいエプロンを着こなした三月なのかはテーブルの向かいに立つ男二人に向かって意気揚々と口を開く。
「いい？　あんたたちはお菓子作りをしたことがないんだから、今日はウチが先生だよ。勝手なことしないでちゃあんと三月先生の言うことを聞くこと！　分かった？」
　特にあんた、と念を押すように指を差された穹は目の前に置かれていたシリコン型を手に取りぐにぐにといじりながら少し眉を下げて三月を見る。
「なぁ、なの。これ俺も参加しなきゃいけないの？」
「当然！　折角ならみんなで作ったほうが楽しいでしょ」
「味見係じゃダメなのか」
「ダメダメ！　手伝わない人にはあげないよ～」
「ちぇ」

「それで、何を作るんだ？」
「ウチはこれだよ、可愛いでしょ！　いっぱい作れるからみんなに配るのにもいいと思ったんだ～」
　見せられたスマホの画面には、チョコペンやアラザン、カラースプレーなどでデコレーションがされていたり、耳のついた動物の形になっていたりする小さい球状のチョコレートが幾つも並んだ

可愛らしい写真が映されていた。
　いかにも三月が好きそうなもので、写真を見た限りでは作ることもそこまで難しくなさそうに見える。到底菓子作りの初心者では手が出せないようなレシピを提案してくる可能性も捨てきれていなかったため、そうではなかったことに安心した。
「簡単そうだし俺もこれにしようかな。丹恒は？」
　視線を向けられ、考えるように再び三月の見せる写真へ目を落とす。
　何を作るかは決めていないわけではない。そもそも今回の集まりは俺がバレンタインをどうするか考えていたことがきっかけだった。以前チョコレート菓子のレシピ本を読んでいるところを三月に見られ、口を挟む隙もないままに「バレンタインのチョコでしょ、ウチも手作りしたいなって思ってたから一緒にやろうよ。折角なら穹も呼んで、丹恒の家でさ。お菓子作りならちょっとは教えられるよ」と押し切られたのだ。
　三月は一緒に作れば自分が教えてあげられるし互いに手伝いあえるから良いことしかないと繰り返し主張していたが、俺の家の広いキッチンを使いたいというのが本音だろう。何度か遊びに来るたびに羨ましがっていたから。
　とはいえ、気の知れた友人にキッチンを貸すことくらいわけない。三人寄れば文殊の知恵という言葉もあるほどだ。彼女の主張も建前ではあっても嘘でもないだろう。

「俺はガトーショコラを作ろうかと思っている。カップケーキを作る要領で簡単に作れるレシピがあったからそう難しくはないだろう」
　作ったことはないが、見たところそう工程は然

程多くない。きちんと提示された手順と分量を守り、余計なアレンジを加えようとさえしなければ失敗はしないはずだ。
「いいね！　じゃあ穹はこっちにしない？　これも定番っぽいし、ウチや丹恒と同じのを作るより違うものの方が色んな味を楽しめるでしょ」
「生チョコ？　チョコに生とかあるのか？」
「生クリームのことだよ。チョコを溶かして、生クリームと混ぜて固めるの」
「なんだ、じゃあ俺でもできそうだな」
「うんうん、じゃあ早速はじめよ～！」
　あ、二人ともこれ着てね。ウチとお揃いの持ってきたから！
　明るい掛け声の直後にはい、と渡されたのは彼女が身に着けているものと色違いの、どう見ても女物なエプロンだった。自分のエプロンを持っているから必要ないと突き返そうとするが、当の三月は早々と材料や道具を手に取ってキッチンへ向かってしまっている。
　流石の穹もこれは着ないだろうと隣を見るも、平然とした顔で身に着けていた。
　ここには自分以外に二人しかいないのだから、気にする方が負けなのかもしれない。
　はぁ、と小さく溜息を零しながらも渡されたエプロンを着、作業に取り掛かり始めるのだった。

　開始から数時間。結果から言うと、三人とも菓子作りというものを舐めていたことが分かった。
　三月は経験があると主張していたし、俺も菓子作りの経験はなくとも普通の料理はそこそこしているため然程問題はないだろうと思っていた。穹

だけは料理経験自体ほぼなかったが、きちんと指示をしてやれば一応突拍子もない行動を控えてくれるから大丈夫だろうと踏んでいた。
　しかし真面目に取り組もうと思っても上手くいかないことがあるのが世の常だ。レシピ通りに作っているはずが何故かチョコレートが固まらなかったり、生地が膨らまないどころか潰れたり。
　失敗の原因が分からず三人揃って首を捻ること数回、試行錯誤を繰り返している間に多すぎると思っていた材料たちは足りるかどうか心配になるほど減ってしまっていた。
　何個目かのガトーショコラをオーブンで焼いている間にあとどれくらい作り直せるだろうかと残量を確認していると、かつてないほど真剣な表情でチョコペンを握りしめていた三月の悲痛な声が聞こえてきたことで再び失敗してしまったことを悟る。
「あと顔を描くだけだったのに！　もうチョコペンがなくなっちゃうよ～……」
「なのってこんなに不器用だったか？」
　すごい不細工だぞ。三月が使っているトレーの上には完成形と言えるだろうロリポップチョコと称される類の他に、この世を憂うような哀愁漂う表情をしたクマやウサギ(らしき)形をしたチョコレートが並べられている。
「これすっごい難しいんだから！　それをいうあんたの方はどうなの？」
「俺？　もちろん全然ダメだぞ」
　威張って言うことじゃないんだけど……。胸を張って宣言する穹に三月が呆れた顔でツッコミを入れながら手元をのぞき込むと、油が分離してとても食べられるものではない代物になってしまっ

February 20, 2024 at 1:52 PM

花茗

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往来でイチャつく刃丹　3/3

旧青鳥に載せたワンライ(+0.5h)の再掲

往来でイチャつく刃丹

　ふと、道行く男女が仲睦まじく手を繋いで歩いているのが目に留まった。
　恋人同士なのか距離の近い友人同士なのか、はたまた仲の良い兄妹なのか。関係性は分からないが、指を絡め肩が触れあうほどの距離感で歩む彼らの表情を見ていればとても幸福そうだと分かる。
　なんとなしに自分より少し先を歩く男の手元へ視線を落とす。
　普段剣を持つ手は黒い手袋に覆われ、もう一方は戦闘の度に自傷を繰り返し傷付くことを厭わないおかげか常に包帯が巻かれている。かつて武器を造り出していたその手はもう、さほど器用に動かすこともできないことも知っている。
　しばらく見ていると、その手が自身の身体を這う感触を思い出してしまう。荒々しい戦闘や無愛想な態度からは想像もつかなかったようなその手が情事の際にもたらすのは痛みではなく快楽だ。こちらを無駄に傷付けまいと気を遣いながら触れてくるが、同時に遠慮も容赦もなく責め立ててくる手にいつも──。
「うﾞ、」
　考え事に夢中になっていたせいで男が足を止めていたことに気が付かず、背中へと強かに顔をぶつけ思わず声が出る。
「っ、すまない、急に立ち止まってどうしたんだ？」
「……刃？」
　何も言わずこちらを見つめてくる彼に再び尋ねると、ようやく「視線がうるさいぞ。言いたいことがあるのなら言え」と返ってくる。

（気付かれていたのか）
　隠していたわけでもなかったが、いささか不健全な──ある意味では健全なことを考えてしまっていたため思わずじわりと耳が熱くなる。誤魔化すように小さく咳払いをし、何でもないと取り繕う。
「ただ……、少し、考え事をしていただけだ」
「それは見ていれば分かる。何を考えていたのかを聞いているんだ」
「それは、」
　言い淀む俺を見た刃は小さく息を吐くと再び前を向き直り歩き出す。機嫌を損ねてしまったかと様子を窺いながら後を追っていると、いきなり手を掴まれた。
　何事かと思い彼を見ても、何事もないかのようにこちらを向くこともなく先へ進み続ける。その態度を訝しく思いながら、しかし振りほどく理由もないため大人しく手を繋いだまま歩く。

「こうしたかったんじゃないのか」
「え？」
　少しの間歩いていると不意に口を開いた刃に、何のことだ？と首を傾げる。
「見ていただろう。往来で手を繋いでいた奴らを」
「──あぁ、」
　そういうことか。つまりこいつは、手を繋ぎ歩く人たちを見つめた後に自身の手をじっと見ながら考え込む俺を見て手を繋ぎたがっていると判断したのか。それで、手を繋いできたと。
　ふ、と笑う俺に眉を顰める刃を見てさらに笑いがこみ上げてくる。
「いや、何でもない。そうだな、こうしたかった」

何も間違えてはいない。自分も仲睦まじく手を繋いで歩きたいと思うような可愛げは持ち合わせていなかったが、それでも確かに手を繋いで歩くのも悪くはないんじゃないかと思っていた。
　ただ、刃はそういったことに頓着しないと思っていたから。こちらの気持ちを考え何も言わずにその望みを叶えようとしたその態度が無性に愛おしく思えた。だから衝動で行動に移してしまった俺は悪くはないだろう。
　遠くで、先程の男女がその影を重ねているのが視界に入る。
（あぁ、彼らも恋人同士だったのか）
　そう思いながら、繋いでいない方の手で隣に立つ男の襟元を掴むと自分の方へ引き寄せ口付けをした。

February 12, 2024 at 8:40 AM

花茗

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ワンライ(# jh_60min)のお題「写真」をお借りしたけど全然ワンライではない景丹　6/6

「ッ、景元！」
　耐えきれなくなり声を上げ睨むように見ると、ようやく口を閉ざしてくれた。
「すまない、やりすぎたね。そう怒らないでくれ」
　君の反応が可愛くてつい言い過ぎてしまった。そう弁明され勘弁してくれと息を吐く。
　
「それで、一体どんな写真を隠したんだい？」
「……」
　今のやり取りのおかげで忘れられていることを期待したが全くそんなことはなく話を戻されてしまう。微笑みを湛えたまま小首を傾げて尋ねてくる様子に言葉が詰まり、適当に誤魔化すこともできなくなる。
「……たの、写真を、」
　逡巡するように視線を彷徨わせ、顔を逸らしたまま小さな声で呟く。しかし当然景元には聞こえなかったようで、可愛らしい顔でもう一度言葉を促されてしまう。
「っだから、貴方の写真を……！　前に、一枚だけ撮って……それが残っていただけだ」
「私の？」
「……貴方は知らないだろう。寝ているときに撮ったものだから」
　それを聞くと「え」と驚いたように一言だけ発し此方を見つめてくる。
　勝手に寝顔を撮るなんて引かれてしまっただろうか。いや、普通そんなことをされるのは嫌だろう。俺だってあまりいい気はしない。
　散々自分が彼を好いていることが如何に分かりやすいかを思い知らされたというのに、更にそれを助長させるような行為を知られてしまった恥ず

かしさもどこかへ飛んでいく。
　思えば、写真があるのは何もおかしいことではない。大量に撮っているならまだしも一枚しかないのならなおのことだ。問題なのは許可もなしに、しかも寝顔を撮影したことで。
　
　気分を害してしまったかと不安になり何も言ってくれない景元の様子を窺うと、想像とは違いどこか拗ねたような顔をしていた。
「私も欲しい」
「え？」
「私も、丹恒の寝顔を収めた写真が欲しい」
「……駄目だ」
　寝顔を撮られるのは嫌だ。きっとだらしない顔をしているし、共に寝た時に直接見られることはあってもそれを形として残すのはまた話が違う。
　思ってもいなかった要求に困惑しながらも、自分の行いを棚に上げて首を横に振る。
「君は私の寝顔写真を持っているのにかい？　君が駄目というのなら、私も見られるのは恥ずかしいからデータを消してほしいな」
「……」
　それはそれで嫌だ。景元の写真は多く出回っているものもあるが、寝台で横になり穏やかに眠る彼の姿を収めているのはきっとこれだけだ。むしろそうでないと困る。
　座ったままうたた寝をしているところを見かけることも少なくはないが、一目で完全なるプライベートの姿だと分かるこれは気を許されているとも思える特別なものでもあるから、失うには惜しい。
　それに、朝はいつも景元の方が早く目覚めてい

るからもし消してしまったら次はいつ見られるか分からない。
　
「将軍～？　どこにいるの～！」
　
　自分の寝姿を撮られることと彼の写真を天秤に掛け答えあぐねていると、ふと遠くから景元を呼ぶ若い声が微かに聞こえてくる。
「この声は彦卿か？」
「あぁ、そういえば待たせているんだった。申し訳ないが、そろそろ戻らないと」
「そうか。俺のことは気にしなくていい」
　思い出したように声のする方を見てから申し訳なさそうに眉を下げる景元に、内心このまま運良く誤魔化せそうだと安堵しながらも頷き見送ろうとする。
　
　――続きは今晩、私の部屋で話そう。
　
　すれ違いざまに肩に手を置き耳元でそう囁かれ、驚き声を吹き込まれた耳を片手で押さえて彼の方を見る。にこりと微笑む表情はいつもと変わらない穏やかなものだったが、その視線からは有無を言わせないような圧も感じる。
　これは話をするだけでは済まない気がするな。
　断ることもできず、分かった、と渋々了承を返したことで満足げに去っていく背中を見送りながら、準備だけでもしておこうかと考える。
　そういうことを期待しているわけではない、はずだ。
　そう誰に言うでもなく心の内で言い訳をしながら、再びアーカイブ用の撮影を再開した。

February 12, 2024 at 5:05 AM

花茗

@lactico.bsky.social

ワンライ(# jh_60min)のお題「写真」をお借りしたけど全然ワンライではない景丹　3/6

旧青鳥の垢が永遠にシャドウバンされてるのでこっちでもあげます

「人は撮らないのかい？」
　カシャ、カシャ、と珍しい植物を観察しながらアーカイブにまとめるための写真をしゃがみこんで撮っているとふいに声をかけられる。シャッターをのぞき込んでいた視線をあげれば、少し離れたところで景元がこちらを見ていた。
「景元。すまない、気が付かなくて」
　会いに来るという連絡は入っていなかったはずだが、何か用事でもあったのだろうか。そもそもいつからいたのか。その疑問を察したように「偶然通りすがったんだ。気にしないでくれ」と言いこちらへ歩み寄ってきながら再び同じ質問をしてくる。
「三月殿もよく写真を撮っているが、彼女の被写体は人物であることが多いだろう。君がアーカイブのために植物や生物などを撮っていることは知っているが、人を撮影しているところは見たことがないなと思ってね」
　ふと気になっただけで深い意味はないよ。そう言われ、確かに人を撮影することは滅多にないことを自覚する。だがそれは撮りたくないというよりは、普段から三月が率先して撮影するから自分で撮る必要があまりないことにも起因するだろう。
「あまり撮らないだけで全く撮らないというわけではないぞ」
　スマホのアルバムを表示させ幾分かスクロールをしてから写真を見せていく。
　最近撮った写真には、どれも楽しげな表情を浮かべた三月や穹たちの姿が写っている。
「三月の手がふさがっているときなんかに代わりに撮ってくれと頼まれることがあるんだ」
「なるほど。どれもいい写真だね」

微笑ましげに写真を見ていく景元にもっと見せてやろうとアルバムを遡っていく。
　
　少しの間二人で写真を見ていると、不意にある写真が画面に表示され思わず即座にアプリを終了させる。
「……見たか？」
　恐る恐る尋ねると景元は疑問符を浮かべた表情のまま首を横に振る。
「見てはいけない写真でもあったのかい？」
「いや、そういうわけでは……ある、というか、……」
「ん？　――あぁ、君もまだ若いからね。気にすることはないよ」
　歯切れの悪い俺に何を思ったのだろうか。すごく嫌な勘違いをされた気がする。違うぞ、と否定の言葉を口にしても分かっているとばかりににこにこと笑みを返されるだけで、本当に分かっているのか疑わしい。
「そういうものじゃない。……それに、もし仮にそういうものだったとして、貴方は嫌じゃないのか」
　俺と景元の関係は以前から恋人というものに変わっている。恋人が別の人で欲を発散するのは一般的に考えて嫌がられることではないのか。少なくとも俺は……あまり考えたくはない。
　そう思い、決してそういうものではないが、と念を押しながら問う。
「全く気にならないと言い切ってしまうと嘘になるが、許せないわけではないよ。だって、君は私のことが大好きだろう」

――今、何と言われた？
　当然のように発された言葉に少しの間思考が止まり、ようやく何を言われたか理解すると同時にカッと顔が熱くなるのを感じる。俺が、景元が大好きだと、
「何故、そう言い切れる？」
　反射的に口にしてから聞かなければよかったと後悔した。しかしそれも遅く、やはり言わなくていいと制止する前に口を開く。
　
「他の人と話している場でも、私がいると君はよく此方を見ているだろう。あれ程の熱視線を向けられては気付くさ。その様子だと無意識だったかな？」
「将軍から連絡が来ると表情が柔らかくなるし電話してる時なんか俺たちと話してる時とは声のトーンもちょっと違うからすごく分かりやすいよ、と穹殿から伝えられたこともあったね」
　
　できればその時の表情は私にこそ見せてほしいものだけれど。そんな彼の要求はそれどころではなくてまるで頭に入ってこない。
　そんなに分かりやすかったのか。自分では表に出していないつもりだったのに。そして穹は俺の知らないところで一体何をやっているんだ。他に余計なことは言っていないだろうな。
　耐え難い羞恥心に襲われ、ここにはいない親友に八つ当たりをしたくなる。鏡を見なくとも赤くなっていると分かる自分の顔を片手で覆い隠しながら分かったから、なおも喋り続ける景元にもうやめてくれと訴える。
「寝所での君は特に、」

February 12, 2024 at 5:04 AM