昔、具なし味噌汁といふ男の、いとにくげなりてをこなるありけり。会ひなどはたえてよしなくて、日ごろ同じ女の絵をかきつつ、さうざうしく暮らしたれば、やうやうあやしきこと思ふべくなりけり。師走のつごもりごろ、男、「虚の女と結ばるべからぬ世に、生きたる心にや」などと言ひて、止める者もあらねば、とうとう生害をおもひたてり。海崖へ行き、つひに飛び降りむとすると、後ろより声きこへ、そはかの女なりけり。らうたげなる女、「これよりはきみとお供たてまつる」と言ひて、男しほたれてよろこびて、具して帰りけり。
※虚の女・・・絵に描かれた女性。
*生害・・・自殺。