沫雪　とう
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成人済。沫雪とうの作品置き場。基本居ません。
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アグアナ🪡🌿
両片思いを匂わせてくるけど、それを相手にしない🪡。1000年もの時間と労力を費やしてやり遂げている最中に、そんな浮ついたことできないよね。しんみりした🪡🌿。
今日もオクヘイマは晴天である。恨めしくなるほどの太陽の光は、眠れない身体に堪えた。神々からの祝福だと人々は崇めるのだろうが、アナクサゴラスにはそんな信仰心を持ち合わせていない。信じるのは己のみ。長年続けてきた研究結果が証明されれば、人々が神にとって代わることもできるだろう。 　異端なる野心を抱え、実験材料を揃えようと市場まで出てきたアナクサゴラスは、頭の中に住み着いた神に囁かれた。 「ほう、そなたの努力には感服するな」 「私の思考の邪魔をしないでください。覗き見ることもですよ」 「おお、こわい、こわい」 　揺れる視界の隅で、大樹のような見た目をした女が興味深そうに、アナクサゴラスの前に立っている。ゆっくりと囁く声は静かで、気を抜いてしまえば、深い眠りに落ちるだろう。 　反抗心を露わに苛立つアナクサゴラスを、周りの人々は顔を顰めて通り過ぎていく。異端者と名高い学者が白い顔をして、一人でぶつくさと話しているところなど見慣れたことなのだ。 「しかし、身体の方は限界が近いのではないか？今にも倒れてしまいそうだ」 「余計なお世話ですよ」 　冷たくあしらいながら、アナクサゴラスはどの口が…と二色の瞳で「理性」の神を睨みつけた。 「まるでハリネズミのようだな」 　くくっと呑気に笑う女に、アナクサゴラスは今度こそ、チッと舌打ちをした。 　神悟の樹庭が襲撃に遭い、命を落としたアナクサゴラスを見つけたのは、その地で崇められていた「理性」の神であった。彼女も暗黒の潮から身を守る場所を探し、一人の黄金裔を見つけたのだ。 　アナクサゴラスにとっては命の恩人とも呼べる存在 ではあるのだが、どうしても頭の中に居座っているのが気に入らない。今のように、考えていることを覗き込んで話しかけられてしまえば、思考がまわらなくなってしまう。一刻も早く、この状況を解決したかったのだ。 「ほら、そこに木陰がある。一旦休むがいい」 「…だから、余計なお世話だとッ！！」 　ぐらり。品質の良かったであろうボロボロの衣が、一回、二回と視界の隅を回り出し、足に力が入らなくなる。一気に冷や汗が噴き出てきて、身体に衝撃が走った。 　まだ、終われない。終わってなるものか…。 　意地でも立ち上がろうと、霞む視界に目を凝らしていると、コツコツと気高いヒールの音が耳に入った。それはアナクサゴラスの前に止まると、着ている衣が地面に着くことも躊躇わず、額に手を当て、首筋に触れる。 　モネータ、と低い囁き声を聞くと同時に、ぷつんと意識が途切れた。 * 　膝に乗せている者の口元に手を当てて、呼吸が正常であることがわかると、アグライアは詰めていた息を吐いた。 　眼帯で半分隠れている顔がいつにも増して青白いのは、大方研究に明け暮れていたからだろう。この傲慢な学者のことだ。気になったものは、なんとしてでも自分の手で解明しないと気が済まない性分であることを、アグライアは知っている。 　にも拘わらず、どうしてこの者の髪は上質の糸のように手入れが行き届いているのだろう。さらさらと手から滑り落ちる感触を確かめていると、植物の茂る音がした。 「あなたも来ていたのですね。サーシス」 「あぁ、モネータの。どこの令嬢かと思ったぞ」 　通常、アナクサゴラスの頭の中に宿っている「理性」の神は、他人から見えないはずである。そのことを疑問に思い、アグライアは金糸から理由を汲み取ると、神の背後にまた別の存在が隠れているのを見つけた。そして、古い記憶が呼び起こされ、深い吐息を漏らした。 「モネータ…」 　その姿を見たのは、もう千年も昔になる。アグライアが「浪漫」の火種を受け継ぐ試練で見た神。黄金の繭。 　サーシスと同じ意匠が施された衣を着た姿は、アグライアと全く同じである。だが、その気配は人間にはない神気に満ち溢れたもの。彼女は己の後継者を認めると、にこりと微笑んで、口を動かした。 　青々と茂る植物がさらさらと揺れる。風と共に流れてきたのは、モネータの吐息だ。金糸から概ねのことを察したアグライアは、頭を下げ、向き直る。 「これは、記憶の欠片でしょうか？」 「あぁ、本人ではない。眷属たちの記憶から作られた欠片が集まったようなもの、というべきか。オクヘイマへ来てから姿を見せるようになった」 「あなたに会えて、嬉しがっているのですよ」 　張り巡らせた金糸を爪弾かせ、竪琴を奏でているかのような軽やかな音が、アグライアの耳に入った。「浪漫」の火種を受け継いだ彼女には、それが喜んでいる証拠であることがよくわかる。 　微かに聞こえてきたサーシスの吐息が、モネータに伝わったのだろうか。一瞬だけ力の入った音が響き渡り、彼女の元に駆け寄った。愛する者の胸に飛び込み、子犬のように頬を寄せる。 　仲睦まじい光景だ。オクヘイマの空き地に、伝説で語られた通りの微笑ましい空気が流れていく。永遠に 添い遂げると誓い合った者たちの決意は、祝福に値するものだ。アグライアは、目の前の二人をしばらく見守った。 「汝は、どうしてその者と密な関係を結ばない？」 「え？」 　思いがけない問いが、アグライアの意識を浮上させた。見渡してみれば、日が幾らか傾き、モネータの姿がない。まだ膝で眠っているアナクサゴラスとアグライアを交互に見て、サーシスは興味深そうにしている。 　二柱の微笑ましい光景に、心が緩んだのか。いつの間にか、眠っていたらしい。アグライアは寝起きの鈍った頭で、サーシスの問いを心の中で反芻した。 「どうして、ですか。それはこの者に聞いた方が良いのではありませんか？」 「そなたらの心のうちなど、とうに把握している。だから聞いているのだ」 　学者の頭の中に宿った「理性」の神相手に、言葉巧みにかわすことなど不可能に近い。そのことに深い関心をもっているのなら、尚更だろう。アグライアは、これっきりだと思いながら、胸の内に抱えた想いを口にした。 「…私は、彼をこの旅に巻き込んでしまったことを申し訳なく思っているのです。火を追う旅は過酷なもの。だから、そっと秘めておく必要があるのです。…彼の歩む道を阻まないためにも」 　火を追う旅には、多くの犠牲があった。その者たちへ報いるためにも、必ず再創期をもたらさなくてはならない。その使命がアグライアの中に重くのしかかっている。 　それ以上は決して話さないと固く口を閉ざしたアグライアを見て、サーシスは天を見上げた。
November 3, 2025 at 6:33 PM
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【みか則】
同じ本丸出身の二振りが演練で一騎打ちになる話。
　肌にヒリつくような殺気を感じ取った刀たちが、一斉に演練場を向いた。しんと静まり返った会場の中心に居るのは、演練に参加している一文字則宗だ。もうすぐ演練が始まるようで、黄色の鞘から刀を抜いて、切っ先を相手方の三日月宗近に向けていた。出方を窺うようにじっと見つめる春の水面を映した穏やかな瞳は、今や怒りに満ちていて、春雷を思わせる。彼の乗っている馬もその苛立ちを感じとったのか、しきりに一瞬で吐き切るような呼吸を繰り返していた。 　その姿を認めると、「またか…」といった具合にみな視線を逸らして、いつも通り活気のある雰囲気が戻っていく。初めこそは好奇心に駆られて、見物していた者も居たが、今となってはもう誰も気に留めないようにしていた。「ただの痴話喧嘩だ」と言う者も「相当な因縁があるようだ」と言う者もいる。中には首を突っ込もうとした者もいたが、二振りが古くからある刀であり、何か込み入った理由があるのかもしれないと周りの者たちが留めた。そこからは、もう誰も興味を示さなくなったのだった。 　今回の審判を務める男もまた、内心うんざりしていた。本来、演練とは一つの本丸から最大で六振りで編成され、他の本丸と勝敗を競い合うものだ。如何に連携が取れるかが重要になる場で、私情を持ち込むなど言語道断である。最初のころは、他の者も問題に上げていたのだが、大した解決策もなく、ただ他の刀剣男士とは別に監視することが義務付けられただけであった。 　そんな一文字則宗に刃先を向けられている三日月宗近は、いつもの何を考えているのかわからない飄々とした表情で見つめ返していた。その瞳に は、怒りも驚きもない。夜空に浮かんだ月は、憤慨している菊を静かに見ている。 　だから、誰にもわからないのだ。この二振りの間にあるわだかまりが、一体何なのかが。お互いその理由を話すことはない。その胸の内に何を秘めているのかを、伝えようとしたこともないように思える。 　二振りが向き合ったと同時に、演練の開始を合図する法螺貝が鳴り響いた。 　先に動き出したのは、やはり一文字則宗だ。他の刀剣男士には目もくれずに、一騎打ちを仕掛けるように距離を縮めていく。菊の花をなびかせて馬を走らせる姿は、西洋の騎士を思わせる。 　それに対して、三日月宗近は、ニ、三歩進むと、突進を受け止めようと構えていた。欠けた月の打ち除けが、太陽に照らされて輝く。その刃が一文字則宗を映し出し、鈍い音を立てた。 　切っ先が触れ合ったかと思えば、三日月宗近の前をすり抜けて、彼が持つ刀は一文字則宗を貫いた。衝撃を逃せず、馬から放り出された身体は力なく地面を転がる。それを馬たちは心配そうについていった。 　三日月宗近は馬から降りて、痛みを堪える呻き声と荒い呼吸を繰り返す身体を抱える。他の同僚も片がついたらしい。「もう終わったぞ」と薬研藤四郎に声をかけられて、演練場の隅へと移動した。 　演練結果が出るまで、まだ時間はある。三日月宗近は、一太刀を食らい気を失っている一文字則宗を横たわらせ、先程貫いた傷を止血するために己の衣を破いた。そして、慣れた手つきで手当てを済ませると、頭を膝に乗せて、退場の合図を待 つ。 　それが、いつもの流れであった。 ＊ 　あの本丸から離れた時から変わらない、やわらかな癖毛を手で梳く。砂ぼこりで汚れ、くしゃくしゃになっている金髪を整え、そっと撫でた。微かに身じろぎをするのは痛みからか、それとも…。 　宗近はふっ、と微笑むと、肉付きの薄くなった頬を撫でた。手に馴染むところと見慣れないところを確かめるために、一つひとつに触れ、指を彷徨わせる。 　昔、本丸の縁側で髪を梳いてあげると、普段の達観した物言いと反して、あどけない表情を浮かべて嬉しそうにしていた。こちらに擦り寄ってきて、きんつばのように甘く「兄様」と呼ぶこともあった。まるで本当の兄弟のように、接していたのだ。 　そんな穏やかな日々は、元主の死によって終わりを迎えた。元々、高齢であったこともあり、死因は自然死とされ、本丸の解体作業も滞りなく進んだ。残された刀剣男士は、主と共に向かうために刀解を望む者、他の本丸や時の政府に再配属される者など、それぞれだった。相談する時間もなく、希望を伝えた者から本丸を去っていく。そんな中で、宗近は今後の刀生は己の手で決めるべきかもしれないと思った。先に本丸を出た者は、みな自分の意思をもっていた。固い決意を胸に、新しい場所へと向かう。その姿に憧れを感じて、追いかけるように本丸を出た。 　こうして、演練で会うまであの則宗がどこへ 行ったのかなど知ることもなかったのだ。 　だから、会えた時は嬉しかった。まだ刀解せず、他の本丸で暮らしていたことが、何よりも嬉しかったのだ。 　だが、則宗の方はどうだったか。子どものように目を丸くしていた薄水は、氷のように冷え切り、刃を向けてくる。 　再配属になった本丸で何かあったのかと探りを入れてみたが、そうでもなく、このような態度を見たこともないと、みな口を揃えて言った。これは二振りの問題ではないか、という助言も頂いた。 　ただ一言、「最近はどうしていた？」と聞けばいいのだろうが、意識のない状態でないと無防備になってはくれない。起きてしまえばきっと、怒りを滲ませた薄水でこちらを見つめてくる。それを受け止める心構えもなく、こうしてそっと触れることしかできない。 　近々、演練場ではないどこかで、話し合うべきだろうか。幸い、今の主は他所から来た宗近のことを気にかけてくれる。何かあれば、あちらの則宗とも連絡が取れるようにしていると聞いたのは、演練場で再会した時のことだ。当時、かなり問題となり、審神者を招集しての話し合いで出た結論だと聞かされ、手を煩わせてしまったことに後ろめたくなったものだ。 　落ち着ける場所があれば、話してくれるのではないか。目を覚ましたころにでも聞いてみようかと、宗近は綺麗に整えられた黄色の菊に、もう一度そっと触れた。
October 25, 2025 at 12:54 PM