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騒がしいオタク。基本的に生息場所はTwitterです。妄想を垂れ流しています。

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総 @sou1010sou.bsky.social · Sep 19

ｼｬｰｼｬﾘ(2/2)

ドアが閉まったの確認し、カーテンを閉め、この人が纏っている強烈な匂いをどうにかするためにソファに転がしバスタブに湯を貯めにいく。
靴下を脱ぎ、スラックスの裾を折り足を洗う。
ソファに置いてきた人の元に行くと、その足元に転がっていた。
「動けたんですね」
言いながら抱え上げる。その乾いた唇からは声にならない声が聞こえた。
頭の中は極彩色の何かでいっぱいで、目を凝らすと吐き気がする。
お湯はバスタブの半分も溜まっていない。そのまま、服のまま、二人で湯の中に入った。
ぼんやりと温かいお湯が胸元まで溜まるまで待つ。
「服を脱がせますよ」
返事はもちろんなかった。
油断するとそのまま沈んでいく人の体を洗い、髪を洗い、バスタオルに包んでベッドに転がす。
すぐに浴室に戻り濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
鼻先に残る匂いに辟易とした。
髪を拭きながら戻ると、ベッドからも落ちていた。
「シャア」
私は青年の名を呼んだ。彼の幾つかある名前の一つだった。
「……何故私をあそこから連れ出した」
恨みがましい目と声だった。
私は彼を見下ろしその問いに答えなかった。
私の中でその答えになるようなものがまだ、言葉にならなかったと言ってもいい。
私はバスローブ姿のまま椅子に座り、絨毯の上に転がるシャアを眺めた。
美しく無様な、しかし眩い男を。

奇妙な時間だった。
シャリア・ブルはまるで釣り糸に掛かった魚を引き揚げるかのように私を釣り上げ、抱き抱え、食事を与え清潔に保ち、それ以外の時間は私を眺めている。
私はといえば、薬の離脱症状で酷く苦しい。
「麻薬や覚醒剤の類を使った部下は問答無用で営倉にぶち込んだものです」
琥珀色の液体をゆっくりと飲みながら、無様な私を鑑賞でもするように、シャリアは言った。
まるでこちらを睥睨する巨大な獣のように、つかず離れず。
苛立ち、罵倒し、時に啜り泣きながら薬を強請る私を男はじっと見ている。
「貴様が悪い」
「お前が私をこんな風にした」
「君に裏切られるなんて思いもしなかった」
なんとかして薬を得ようとする私の口からはスルスルとシャリアに対しての罵声が出てくる。
何が真実で嘘なのか自分でも分からない。
全てが本当で、全てが嘘かもしれなかった。
しかしシャリアは当然、泣いて縋る私に注射器を打つことも煙を焚くこともなかった。
嵐の最中にも分厚い雲の向こうに存在するポールスターのように、じっと私のことを見つめている。
数日間、いや数週間かも。
私はやっと顔を上げた。そういう気分になった。
眩しさに目を眇める。
光が差し込んでいた。
シャリアが勢いよくカーテンを開け放ったのだ。
ついで大きく取られた窓もシャリアは開ける。
心地良い風が通り、男の緑灰色の髪を透かし揺らす。
私はこの時の男の髪の揺れ、目を細めて笑う姿が忘れられない。
ホテルの部屋のカーテンと窓を全て開け放って、シャ

リアは日の光に消える幽霊のようにいなくなってしまった。

総 @sou1010sou.bsky.social · Sep 19

ｼｬｰｼｬﾘ(1/2)

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ポールスター」と記載されています。
以下は本文の内容です。

ポールスター

　靴底が粘つく。
首筋に掻いた汗に、砂埃が付着するようなザラついた感覚。
私は場違いな人間を観察する目を無視し、こちらを獲物と見定めようとする人間に視線を投げ牽制し、勘の赴くまま足を動かした。
猥雑な街に埋没するビルの地下を降る。
ノッカー。
必要か？
私は監視カメラをじっと見て、内側から開くのを待った。
「……サツか？」
ほんの少し空いた隙間から、顔に刺青をした痩せた男が顔を覗かせる。
「いいえ。ここにいる方を一人、迎えに来ただけです」
私は殊更男を見下ろすように言った。
「名前は？」
「私が知っている名前を名乗っているとも限りません」
「男か？女か？髪、目、肌の色は？」
「心配せずとも、私は中にいる方々を踏み付けたりしませんよ」
数秒の睨み合いの後、退いたのは向こうだった。
私は微笑んで、「ありがとうございます」と言って少し身を屈めてドアをくぐる。
途端に目に染みる煙。
極端に光の絞られた部屋の中をぐるりと見渡す。
そこらに人が折り重なるように……薬と煙を嗜んでいる。
部屋の奥に進み、突き当たりの部屋。
男女が折り重なって塊のようになっているそこに、手を突っ込む。

手を掴み、彼に重なった人たちが痛まないように引き上げる。
天ぷらを揚げる時のとろりとした衣のように人間が脱力している様。
引き上げた青年は、濁った眼で此方を見遣ったがすぐに閉じてしまった。
そのまま肩に背負い、後ろに立っていた男に連れて帰る旨を伝える。
「そいつだったのか」
足に、幾つもの手が伸べられる。
「えぇ」
抱えた人を行かせまいとする、緩やかな抵抗を交わし、重たい煙を裂くように歩いた。
もうここには用がない。
「この人を今までありがとう」
懐から出した札束を有無を言わせず握らせて、地下から這い出る。
「……ぅ」
強烈な太陽の光に、抱えた人が呻く。
太陽に焼かれるがいい。

　ホテルの表口から入るのは躊躇われた。
ドアマン。
こちらの意図を察して中に合図してほどなく、フロントが出てくる。
こちらへ、と案内する背中を追う。
「そちらの方、宜しければわたくしが背負いますが」
「それには及びません。ですかありがとう」
いいえ、と返し男は通路のドアを開ける。
薄暗い廊下を歩き、古びた階段を登る。
「助かりました。貴方とあのドアマンに」
裏からエレベーターを使い、借りている部屋まで案内してくれた男に二人分のチップを渡す。

総 @sou1010sou.bsky.social · Sep 4

ｼｬｰｼｬﾘになる予定のｼﾛｼｬﾘ。途中まで。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「貴方は手酷く私を生かす」と記載されています。
以下は本文の内容です。

貴方は手酷く私を生かす

　久方振りににコロニーから出て、宇宙で見た、地球のオーロラが美しかった。
私は何かを美しいと思う心を取り戻していた。
とっくに。
貴方を見た時からずっと私は貴方を美しいと思っていたし、傲慢にもその美しさを守りたいとすら思っていた。
オーロラを見て美しいと思った次の日、私は人を殺した。
アルテイシア陛下暗殺のために暗躍していた組織を壊滅させた。
自分の血に塗れた両手が酷く煩わしくなった。
ごちゃごちゃと煩い頭の中で、貴方の思い出を抱えているのは罪業のように思う。
私は私が驚かないように、貴方を沈める理由をここに記す。
私の中の貴方を沈めて、鍵も放り投げる。
私へ、きっと数多くの人々が、あの人を忘れた私を悼ましく思うでしょう。怒るかもしれません。
ですがどうか彼を思い出さないで。

　私は自分の残した書き散らしを思い出しながら、目の前にいる『シロウズ』と名乗った男を眺めた。
極度のＰＴＳＤと鬱と診断された私は３日間エグザベ少尉に見守られながら過ごし、もう３日をコモリ少尉に監視されながら過ごし、今日アルテイシア陛下の古い知り合いだと直々に紹介された彼が私の身の回りの世話（という名の自殺防止）をしてくれるというので一緒に棲み家にやってきた。
この青年が、私のかつてのマヴ、シャア・アズナブル

なのだろう。
私は私の精神の欠落している部分を補うために、いくつもの情報にアクセスした。
誰でも、そう、ジオン以外の国家群でも閲覧できる情報サイトに、彼と私の独立戦争でのことが克明に書かれていた。
それは主に連邦との交戦の情報であり、その時点で確定している私たちが撃沈させた敵艦の名前であったりしたが、シャアという人と、私が、数多くの人間を殺したことを記していた。
そのこと自体を忘れてしまったわけではない。私は独立戦争で行った殺戮を覚えている。私の駆るキケロガの前に、赤い異様なモビルスーツがいたことも。
けれどそれに乗っていたシャア・アズナブルを思い出そうとすると酷い頭痛が私を襲い、彼の顔は靄がかる。
彼の顔、声、言葉や仕草……そういったものを私は忘れてしまっていた。
「あなた、よく動けていますねぇ」
初めてかかる医者はそう言って呆れたように鼻を鳴らした。
そういえばフラナガン研究所を経由しない医療や検査は久し振りのことだった。
精神科医は私に複数の内服薬を渡し、薬の合う合わないは絶対にあるので次回の診察にも必ず来るようにと言った。
「貴方はそちらの部屋を使ってください」
シロウズにそう言って、私はリビングに歩いて行く。
日光に酷似した光。
閉鎖型コロニーでは日光不足から来る鬱病の発症率が高かったそうだ。そうしたことで、コロニーにしろ軍艦にしろ、日光を模した照明は必需品と言ってもいい。
「何もない家ですね」
荷物を置いたシロウズが言った。
「戦艦乗りに荷物は邪魔なだけですよ」

コモリ少尉には物への執着が無さすぎると叱られているのだが。
「望外の休暇を陛下には頂きました。少しゆっくりします。……シロウズさん、貴方も陛下が望まれたこと以外は気負わず、お好きに過ごしてください」
「僕の仕事は貴方のお世話ですよ」
柔らかな声。シャア・アズナブルはこんな風に喋っていたのだろうか。
「そうですか。取り敢えず私は寝ます。排泄と水分摂取以外起きる気がありませんので。その間、私には構わないでください」
「……分かりました。そのようにします。あの、内服やサプリなどは？」
「水分と一緒にカロリーその他も摂りますので大丈夫です」
言って、私はシャワーを浴び身支度をして寝室に篭った。

　使い捨ての無針注射器を首筋に当て、睡眠薬を打つ。
ゴミ箱に放ると、カランという音が嫌に響いた。
少しの音にも過敏になっている。特に金属や硬いものが擦れるような音が不快だ。
息を深く吸って、深く吐く。
全身をゆっくりと脱力させていく。意識的に。
軍では広く推奨されている睡眠法。
兵士たちの精神的な摩耗や、そこから現れる不眠や様々な症状に悩まされているのはジオンも同じだった。
木星で傷を負った仲間たちのことを考えながら眠りに落ちる。
この時、シロウズのこともシャア・アズナブルのことも頭にはなかった。今の私は、そういう風に出来ているから。

――――では今のこの思考は？いや、すぐに消え去ってしまったな。

総 @sou1010sou.bsky.social · Aug 25

0080の大尉と大尉の話です。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「全部嘘だった」と記載されています。
以下は本文の内容です。

全部嘘だった

　乾燥で、親指の腹がぱっくりと割れた。
指先の手入れはこれまで怠ったことはなかった。手も、足も、脳も、この体全てが武器であり、武器の手入れはその武器を振るう相手への礼儀だと思っていたから。
ぼんやりと血が滲む指を見て、人差し指で力を入れてみた。
張力と血の粘性。
けれどもそのまま赤い血は小さな球となって空間を漂う。
ふと、艦の外、冷たい宇宙空間に漂う数多の兵士たちの遺体について考えた。
形など留めず、温かく焼け爛れている遺体を。
血はちょうど眼前を漂っている。
少し伸びをして、舌先に乗せ、そのまま口に含む。
つまらない味がした。

「シャリア・ブル大尉。疲れているとは思うが少しいいか」
失敗に終わるかと思われたソロモン落下阻止作戦は、シャア大佐の搭乗した赤いガンダムから放たれた光によって成功を収めた。
連邦の捨て身の作戦を水際で阻止し、ジオンの勝利は確定した。
連邦という地球の重力を脱し、これから、ジオンは独立国として歩み始める。
ジオン国民としての悲願を達成したと言うのに、俺の体は重く、精神は擦り減っている。
人類の半数が死んだ（いや、俺たちが殺した）事実に今更慄いている訳じゃない。
俺は自分の目の前にある数ページの紙の束を前に暗澹

としているのだ。
「ドレン大尉。いえ、艦長。勿論です」
あぁ、この人はこう言うところが流石だなと思う。
俺とシャリア・ブル大尉は階級は同格だが、ソドンという艦に乗る限り艦長という職責を持つ者が優先される。
シャリア・ブル大尉はあれから乗機キケロガに乗り込み、ジオン・連邦問わず生き残りを、そうでなければ人体の欠片を、なによりシャア・アズナブルを探し続けていた。
「俺の部屋に行こう」
疲れ切り、落ち窪んだ目をした男を促す。
何を相談されるのかは分かっているのだろう。大尉は捜索を続けたいとも休息を取りたいとも言わなかった。
「座ってくれ」
光源は落としてある。
暗い宇宙を睨み付ける俺たちにとって目が明るい光に慣れているのはいけない。
失礼、と言って大尉はどさりと俺のベッドに腰掛けた。
質実剛健、そんな言葉が浮かぶ男が見せた疲れ果てた姿だった。
「……七十二時間、俺たちはシャア大佐を捜索し、発見出来なかった。赤いガンダムもだ。大佐が死んだにしろ、行方不明にしろ、艦隊での最上位者がいなくなり艦長職にある俺にはやらなきゃならんことがある」
「分かります」
シャア大佐の死について言及した。何か、激烈な何かがあるかもと身構えていたがシャリア・ブル大尉は落ち着いていた。
「沈没したニ艦を含め、戦死した将校、兵士の家族に出す手紙のことですね。戦死を告げる手紙は、確かに私は書き慣れている」
「おい、そんなつもりで俺は相談したんじゃねぇぞ」
多大な自嘲を含めた言葉に俺は怒気を持って答える。

「分かってます。今のは言葉選びが上手ではなかった。すみません、コーヒーか何か、ありませんか」
くしゃりと髪を掴みながら大尉が言った。
俺は慌ててストックしていたコーヒーパックを取り出す。
「無糖と加糖とミルク入り、どれにする……いや、加糖でミルク入りにしておけ」
「本来は無糖派ですが、今回は有り難く」
口で吸い口を噛み切った大尉は、そのまま噛みちぎった部分をフッと俺の方に飛ばしてくる。
畜生、俺は艦長だぞ。そしてこいつはジオンを勝利に導いたニュータイプのうちの、一人だった。
掌でそのゴミを受け取り、ポケットに入れる。
勢いよくコーヒーを半分ほど飲んだシャリア・ブル大尉は小さくため息を吐いた。
「それで。戦死の報告の手紙でしたね。私の場合の話になりますが……」
訥々と、大尉は木星船団長時代に書くこととなった戦死を告げる手紙について話してくれた。
将校や兵士の為人、どのように往路を過ごしていたか、手紙を受け取る家族について語っていたならばその話を、そしてどのように死んだかを。
「……往路やヘリウム３採掘の時に死んだ兵士たちはともかく、船団の艦全てのシステムダウンによって死んでしまった多くの者たちの最期はどうしても濁さざるを得ませんでしたが、どうでしょう。少しは参考になったでしょうか」
ズンと重くなった部屋の空気。
「あぁ、一層気が重くなったよ」
「皆、グラナダを、ジオンを守るために死んだのです。名誉の戦死です。名誉の戦死です」
酷く空虚に響くその言葉は俺に対して言い聞かせる言葉だった。
「……なあ、大尉。シャア大佐は最後、グラナダを守

ろうとしたんだろうか」
彼らの死は、そうだ。
だがシャア大佐は？
ソロモンに一機のガンキャノンが残っていたという情報は掴んでいる。だが、どれほどの手練れだとして赤いガンダム乗った大佐が遅れをとるだろうか。
爆弾が起爆しなかったのは……。
「ドレン艦長、私はシャア大佐の捜索を続けます。大佐は……生きている。私には分かる」
なあ、なんでそんなに苦しそうに言うんだよ。
シャリア・ブル大尉の後ろ姿を見送りながら、そう思った。

　ドレンから貰ったコーヒーパックを握り潰しながら、シャリアは整備を終えた頃だろうキケロガに向かう。
生存者を、かつて生きていた者たちの欠片を探すのであればモビルスーツを駆るべきだったが、アルファサイコミュの少しの形跡を追うことができるのはゼロサイコミュを搭載したキケロガだけだった。
私たちは二人だけのニュータイプだった。
シャリアは後にゼクノヴァと名付けられる現象の中で、シャアがソロモンの中で何をしたのかが分かった。
「これを私の勘違いだと、思い過ごしだと、貴方が言ってくださらねば……」
死んでいった将兵の死はなんだったのか。
あの、彼らの悲痛な思いは。
全部、全部どうだっていい。
そんなのは嘘だった。
シャリアは胸が潰れるような感覚と共に、キケロガに乗り込んだ。

総 @sou1010sou.bsky.social · Aug 20

ｼｬｰｼｬﾘ(2/2)

ていた。
彼女の元を離れ、シロウズがどこへ行ったのか、シャリアは探ることを命じなかった。
自由に生きることを望んだ。
それは、宇宙から覗き込んで鳥籠の鳥にするためではない。
どこへ行くのも、誰と出会うのも、そして何をしようとも、自由であって欲しかった。
「マリガンには世話になった。ジオン独立戦争時代、私があれほど戦果を上げることが出来たのもキシリア閣下とマリガンの助力のお陰だった」
「えぇ、そうですね。私もお二方には世話になった」
「だが殺した。君は哀愁めいたものを感じているのかもしれないが、私はあまり感じることは出来ん」
「……私とマリガン大尉は、表向きは同じキシリア派閥として馬が合うように見せていましたが、互いに水面下では腹の探り合いばかりをしていました。彼にしてみれば私はギレン総帥から差し向けられ、貴方を一心に追う男で。しかしそれが隠れ蓑にもなりました」
「アルテイシアは息災か？」
シャリアがシャア捜索の裏で、シャアの妹であるアルテイシアを擁立しようと画策していたとは、流石のマリガンであっても気付かなかっただろう。
シャリアがシャア捜索にのめり込めばのめり込むほど、周りの人間は真の目的から目が逸らされる。
「えぇ。ですが国家の運営というものはお辛いようだ。愚痴を聞いて差し上げてください」
シャリアの言葉をシロウズは鼻で笑った。
「自分で選んだ道だろう」
「それでも辛いものは辛いものでしょう」
「私を排除しようとしたくせに」
シロウズの言葉に、シャリアは顔を曇らせた。
「えぇ。そうですね」
今のシャリアに、アルテイシアの気持ちを代弁するこ

とは出来ない。それは、自分の気持ちを開陳することだった。
そこでやっと、自分が雨に濡れているということは隣に立っている男もまた、濡れているということに思い至った。
コロニーの大気の洗浄のための水の粒が。
「シロウズ、さん。すみません、濡れてしまっていますね」
「君もだろう」
「私はいいのです」
「なら、私もいいんだよ」
シロウズはシャリアに対して、呆れたように言った。
「さっきはああ言ったが……アルテイシアは私よりも余程良い王になれる。いつか会えるといいとも思っているさ」
シロウズの前髪の合間から、彼の妹と同じ地球の青空のような澄んだ海のような瞳が見えた。
シャリアは彼が、良い王になれないから追い落とした訳ではなかった。だがそれをここで言ったところで言い訳になるだけだ。
「チベを墜としキシリア閣下とマリガンを殺したことに後悔はないが……。寂しいものだな、同じ戦場を駆けた戦友をなくすということは。マリガンは勝手なことを言うなと言いそうだが」
「えぇ、そうですね」
その言葉に肯定するシャリアを含め、本当に勝手な言い分だった。
キシリアにどこまでも付き従うマリガンを見ていると、世界と人類に絶望したシャアと共にいる自分を見ているようだった。
デギン亡きジオンは、ギレン派によって統治されていたことは疑いようがない。公王の葬儀に、いかなる理由であれ（それが自身の暗殺であったとしても）現れない者は後継者たる資格がない。

ギレンを毒殺でもしなければ、キシリアはジオンの王にはなれなかった。それだけでなく、ギレンを亡き者にしてもア・バオア・クーを壊滅させなければ。
マリガンがキシリアに従い続けた理由を、シャリアは知らなかった。
知ろうと思えば知ることは出来ただろう。だが、いつか殺し合うことになることは分かっていた相手の奥深くを知ることに、シャリアは二の足を踏んだのだ。そして今はもう二度と知ることは出来ない。
シャリアは合葬されている墓を見つめた。
彼らは生き残るため必死だった。
「シャリア・ブル」
ぐ、とシロウズがシャリアの腕を取った。
「はい、」
大佐、と続けようとして、シャリアの口は寸でで止まる。
「もう少し話したい。なにか飲みに行こう」
そう言ったシロウズの目を見て、シャリアは頷いていた。
「何を飲まれますか」
「赤ワインもいいが……今日はカクテルの気分だ」
そう言って、シロウズはシャリアの腕を引いて歩き出した。

総 @sou1010sou.bsky.social · Aug 20

ｼｬｰｼｬﾘ(1/2)
中佐とｼｬｰが墓前でお話しするやつ。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「XYZ」と記載されています。
以下は本文の内容です。

ＸＹＺ

　ギレン・ザビとキシリア・ザビが同日に死亡したイオマグヌッソの変の後、彼らの墓をどうするのかという話になった。
ギレンとキシリアの不仲は公然の秘密であり、ギレンを毒殺したのはキシリアであるという噂はジオンの国民の間にも広く流布されていた。
二人の亡骸は共に破壊されたイオマグヌッソとチベからは見つけることが出来なかった。生存説すらある。
しかし結局のところ、二人はズム・シティにある父であるデギン、兄弟であるドズルの眠る墓地に眠った。
ジオンの新たな公王であるアルテイシア・レム・ダイクンは、表向きは平和裡にザビ家よりジオンの公王としての地位を譲られたことになっている。
イオマグヌッソの変にして、乱心したキシリア・ザビがギレン・ザビを毒殺し、キシリアの元にギレンが出向させていたシャリア・ブルがそのことにいち早く気付き……という表向きのストーリーが広められている。
それを人々が信じるかは実のところ大したことではない。公的な文書にはそうして綴られるというだけの話だった。
なので、こうしてシャリア・ブルがザビ家の廟とも言えるような墓に参るのはおかしな事ではなかった。彼は今も、昔も、ジオン公国の忠実な僕だった。
「おかしな話ですよねぇ」
シャリア・ブルは墓前に供える花として、紫を基調とした花束をそっと供えた。
ギレン・ザビとキシリア・ザビを同時に排除、つまり殺すのはシャリアの役目だった。しかし彼は彼が殺そうと決意した誰もを殺すことは出来なかった。
――――ジオン最強のニュータイプという誰が言い出したのか分からない二つ名は、今すぐにでも返上すべ

きだとシャリアは自嘲する。
ここに眠っている誰に対しても、シャリアは言葉を持たない。
ぼんやりと精緻に施された壁の彫刻を見て時間を潰した。すぐに出てしまってはザビ家の墓を守る警備兵に訝しく思われてしまう。
そうして時間を潰してから、廟から出て同じ墓地の区画にある小さな墓に訪れた。
ズム・シティにある墓地は地球の墓地を模している。つまるところ、雨が降るのだ。
シャリアは小雨の中を傘も差さず、目的の墓の前で手を組んだ。
ここにはキシリアとともに旗艦チベで死んだ者たちが祀られている。
「……。　キシリア様とマリガン大尉を見ていると、私は複雑な感情になりました」
「何故？」
音もなく自身の後ろにやってきた男に、シャリアはため息をつくように言葉を吐き出した。
「目的のために邁進する貴方と、それを止めずに肯定する私のように思えたのです」
「……ザビの女と私を同列視するのか？」
シャリアの隣に立った男、シャア・アズナブルはシャリアの言葉に苦笑いした。
その笑みは言葉の鋭さの割に柔らかだった。
「なんとお呼びすれば？」
「シロウズと」
「たった五年でジオン工科大学に入学し、レオ・レオニ博士の下でイオマグヌッソ建造に関わることが出来るとは……貴方は本当に多彩な方だ」
「貴様も……いや、君ほどではない」
シャアが、地球でシロウズと名乗り生きていることをシャリアは知っていた。数ヶ月前この世界の薔薇の少女であるララァ・スンの元を離れたことも報告を受け

総 @sou1010sou.bsky.social · Aug 4

ｼｬｰｼｬﾘ
極小のゼクノヴァ、その向こうからやってくる漂流物を集めている中佐の話です。
最終話後。二人はなんだかんだ和解している。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「極小の破滅」と記載されています。
以下は本文の内容です。

極小の破滅

　ゼクノヴァを拾いにいく。
この宇宙、この世界は、未知の漂流物が多い。
別の宇宙からやってくる、破滅の記録。
私はそれを拾っては、今の時点では私にしか分からない方法で体系付けラベリングしていく。
これはシャア大佐が一年戦争で白いＭＳに敗北した世界。
これはシャア大佐が一年戦争で生き残り、世界を粛清の嵐に導いた世界、と。
それらの中でも細かく分かれるし、それらの世界でも未来と過去があり別の場所へ移動することもある。
一つの破片では分からなかったことが別の破片で顕になることも。
シャア大佐と全く顔を合わせたこともない末端の兵士の記憶もあるし、シャア大佐が生まれる数十年も過去のもの、数百年も未来のものもあった。
ただ、ゼクノヴァによって運ばれてくる遺物の多くは宇宙世紀以後のものが殆どだった。
私は広い宇宙の中を、小さな煌めきを見とめてはそれらを回収した。
大抵のものはサイコミュやそこから発展した技術など見当たらない破片ばかり。金属の加工一つとってもこちらの世界の方が技術的に進んでいるものも多かった。
そうして集めた向こう側の欠片はグラナダの地下深くに集められ管理されていたが、アルテイシア様の御代となり、我儘を言って、技術革新には至らないと集められたガラクタばかりを集めた倉庫一つを私は強請った。
強く美しい女王は、それらは本当に危険なものではないのかと聞いた。
「はい。どれも兵器転用にはならない欠片ばかりです」

「では何故そんなものを貴方は欲しがるのかしら」
怪訝そうに言う女王に、時機を見てグラナダの私が欲している倉庫に来て欲しいとお願いをする。
「私にそこをくださるかは、その後に判断していただいて構いません」
「……分かったわ」

　私はいつも艦橋から目を凝らしている。
計器には映らないゼクノヴァの残滓、宇宙塵と同化して何十年もラグランジュポイントに漂っている向こう側からの漂流物を探すために。
「……リック・ドムで出ます」
私の仕事は宇宙から、コロニーや地球に重心がずれていた。
なのでこうやって戦艦でコロニー間を移動できる時は貴重だ。
「またガラクタ集めですか」
艦長が呆れた声で言った。
ため息をつく壮年の男を見て、私は「そうです」と頷く。
他人から見て、宇宙デブリを漁る将校というのは外聞も悪かろう。
「すみません、数少ない趣味ですので」
私はノーマルスーツに着替え、リック・ドムに乗り込み目星をつけた地点まで操縦する。
『それ』は他の宇宙デブリと同じように漂っていた。
「あなたはどのような記憶を持つのでしょう」
そっと、その金属片を包んだ。
一人の兵士の記憶か。戦艦に乗り込んだ軍属ですらない少年少女の記憶か。もしかしたら私の知らない、私の知っている人の記憶かもしれない。
願わくば幸福な記憶を、と思うが、ゼクノヴァによって運ばれてくる漂流物の記憶は悲惨なものが多い。

私は艦に戻り、リック・ドムの手の中にあるものはグラナダに送ることになると告げる。
私はそれを見て、「赤いな」と呟いていた。
サイコミュや、それに類するような複雑な機構はなく、ＭＳの外構のように思われた。
私はそれに手袋越しにそっと触れる。
瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「ぁ……」
酷薄な笑みを浮かべる、眉間に傷持つ青い瞳の男。その男の内面にぽっかりと空いた穴は、思わず頭から飛び込んでしまいたいほどの引力があった。
「シャリア・ブル中佐？」
機体の整備にやってきた兵士から声が掛かる。
「……あぁ、すみません。よろしくお願いします」
冷や汗を拭い、手を離す。
これは、『一年戦争』を生き延び、滅びたジオンを再興し、そして地球人類に絶望したシャア・アズナブルが搭乗した機体の一部のようだった。
「ふ……」
ジオンを再興？地球人類に絶望？
笑わせる、と思った。
「貴方に自分自身の願いがあったなら、もっと早く別の形で、自由になれたんじゃないんですか」

「で？貴様はいきなりやって来て何の用だ」
ＰＣに向かいながら、シャア・アズナブル改めシロウズ・ブルは苛立ちも隠さずにそう言った。
「なんだか貴方のお姿が無性に見たくなりまして。いけませんでしたか？」
ソファに色っぽく腰掛けたかつての相棒が吐息交じりにそう言うのに、シロウズはイライラとした気持ちで振り向いた。
「こっ……！ちは忙しかったが、今、時間が出来た」

「おや。私のことは気になさらず、どうぞお仕事をなさってください」
「……そんな顔をしておいてよくもまあ」
「そんなひどい顔をしていますか」
片手で頬を撫でたシャリア・ブルはゆっくりと瞬きをする。
シロウズを、シャアを見つめながら。
「何かあったのか」
シャリアの隣に腰掛け、聞くが、かつての部下は首を横に振るだけだ。
「何も。先ほども言った通り、貴方の姿が見たくなっただけです。怒ったり、苛立ったり、笑っている姿がね」
俯き目を閉じたシャリアの頭をシャアは自分の側に引き寄せた。
「私は君のように感応が強くはない。しかも言葉にしても大抵は自分に都合よく受け取るような男だぞ。あまり婉曲なことは言うな」
シャアの膝に頭を乗せ、シャリアは吹き出した。
「面白いことを言いますね。ですが本当に、貴方の姿を見に来ただけなんですよ」
「遠く、宇宙から？」
シャアはシャリアの顔を覗き込んだ。
その顔にシャリアは両腕を伸ばし、ある場所を指でゆっくりと撫ぜる。
「えぇ。その価値があった。安心した」
そう言ってシャリアが見つめるシャアの眉間に傷はない。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

だ。
「木星には何かがいます」
いっそゆったりとした口調だった。
「私はどうやらここまでのようだ。ニュータイプは肉体が死ぬと意識が拡張する。なので私は木星にいる何かをずっと見ているつもりです」
「何を…」
「……ここまでやって来たニュータイプのあなた。強くしなやかなあなたに頼みます。どうか世界を諦めないでください」
シャアはそう言い、深いため息をついて席に座り込む男に対し、怒りを感じた。
「ならば貴様は自分の命を諦めるな！！」
シャアは叫び、シャリア・ブルの掴めないはずの両肩を掴み揺さぶった。
揺さぶられた男は、「マチュくんの手の大きさではない…。まさかエグザベくん？」とキョトンとした顔をしている。
「違う！私は！！」
シャア・アズナブルだと叫ぼうとして、それは奪った名だと、彼の両親が何かに祈りながら名付けた名だと、雷に打たれるように理解した。
「シャリア……」
「まさか…シャア大佐なのですか？」
目を見開き、見えない姿を見つめながら、シャリアがシャアを呼んだ。
「……」
「あぁ…シャア大佐だ。ならば現実の私を見ましたね？あの状態で生きている方が不思議なのです。だからどうか私のことは忘れて、無事にここから帰ってください」
「嫌だ…無理だシャリア。君をここへ置いてはいけない」
「あなたの声も姿も分からないですが私を惜しんでく

ださるのですね。嬉しいです」
「シャリア……君の言った私の纏う虚無の一端が、今よく分かったよ。自分が恥ずかしくて、でもこの恥ずかしさを君に聞いてほしいと思うんだ」
「……シャア？」
シャアの瞳から一粒涙がこぼれ落ちた。
その、宙に浮いた涙をシャリアの目が追いかける。
「この艦が動けば、君は目醒める」
シャアは確信を持ってそう言った。
眦から涙を拭い、コンソールに向かう。床に膝をつき、コンソールの下にある鉄板を外し制御端子を一つ一つ確認していく。
「これから私は自分の罪と向き合う人生になるだろう。これは君にとっては無茶な話なのは承知の上で、君が生きていてくれる、私を見つめていてくれる、そう思うだけで辛い世界で生きていこうと思える気がする」
言いながら、ここではないかもしれない、機関室に行くかと立ち上がり掛けて、シャアは近くにシャリアが立ち、しっかりと自分を見つめていることに気付いた。
「……本当に？そう思って下さるのですか？」
あぁ…と、シャアはシムスにかつて自分がキシリアに語った言葉を聞かれた気恥ずかしさを思い出した、そう、あれは昨日のことだった。
「あぁ、シャリア。君がいてくれる限り、きっと私は大丈夫だ」
シャアはシャリアの手を取った。
手を取れた。
二人はそのことに驚き、目を合わせて笑い合う。
瞬間、唸り声を上げるように艦が目醒めた。
「帰ろう、シャリア」
シャアの言葉に、シャリアはその青い目を見つめながら頷いた。

「脳波、戻りました！」
シャアはその慌てた声をどこか遠くで聞いた。
聞きながら、シャリアを探す。
「足邪魔です！」
投げ出すようにしていた足を、体に抱え込むように引き寄せる。
「シャリアは…」
言いながら、この慌ただしさが答えだということも分かっていた。
「シャア大佐…」
シムスが泣きながらシャアを呼んだ。
「シムス大尉、君の研究は貰えないようだ」
シャアは笑って言った。
先程まで繋いでいた指先がほんの少し動くような感覚。シャアはその指を見て、シャリアの顔を見た。
その右目が柔らかく撓む。
シャアは声を上げて泣き出しそうになった。
この男は生きている、と思った。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

海を抜け、宇宙にシャアは浮かんでいる。
「……木星はあちらか」
地球、太陽、月の位置から木星の位置を割り出す。
シャアは宇宙を走った。
いつの間にか、赤いガンダムのコアファイターに乗り込んでいた。
「シャリア・ブル…」
シャアは、シャリアの精神世界の中で男の名を呼んだ。応えはない。
恐らくシャアがシャリア・ブルがいるであろう場所に着くまでに、体感時間で二年以上は掛かるはずだった。歳若い者には耐えられない孤独。
シャアは、コックピットの座席に寄り掛かり、シャリアとの出会いを思い出していた。
「守るべき群れをなくした狼のような男だった、君は」
一目見た瞬間、絶対に引き入れたい人間だと思った。
父の理想そのもののような男が、本来自分のような俗物とは相容れない存在が、何の因果か手の内に出来る場所に落ちてきた、と。
シャアはシャリアのこと、これまでの人生のこと、出逢い、陥れ、自分の人生から去っていった人間のことを考えた。
コアファイターの中は常になく温かかった。
かつて抱いたシャリアの肌を思い出していた。
シャアは目を閉じた。
何度も目を閉じ、開き、座っていることしか出来ない時間の長さに狂いそうになりながら、木星が見えるのを待った。
ここに薔薇の加護はない。
いや、当たり前か。
シャアは長い航行のせいで時間感覚に狂いが出ていることを自覚した。
「……ふ」
狂った感覚の中で、シャアはシャア・アズナブルを陥

れその名を奪った時の感情をありありと思い出していた。
あぁ、きっと、父を謀殺したデギンもあんな気持ちだったに違いない！
シャアは自分の復讐のために殺し、見捨てていった人間がいることにふと気付いた。彼らはずっとシャアの側にいてシャアの為すことを見ていた。
もし彼らの姿がシャリア・ブルには見えていたら？
出会った時からシャアの薄汚れた魂胆を見透かされていたとしたら？
何故彼はシャアが生きていることを許しているのだろうとすら思う。
シャアは、自分が自分でなければとっくに殺しているだろうとその時、心から思った。
暗い宇宙をシャアは眺めた。
自分が生まれるよりも遥かに昔に誕生し、自分が死んだ後も永遠のように続いていく暗闇を。
半ば狂いかけながら、シャアは２年の旅路を終えた。
遠く、小さく木星が見えた。
太陽系最大の惑星の異様な姿。
渦巻く重金属の大気が作り出す不気味な模様。
大赤斑がシャアを咎めるように見つめている。
シャアを乗せたコアファイターは、木星船団の艦を探す。
「いた」
全ての電源が落ちている。
シャアはシャリアを手に入れるときに見た報告書を思い出していた。
狂いかけた自我を、さっとシャアは振り払った。
これが出来る自分はきっと、長い時間がなければ変われないだろう。
艦の中にシャアは入った。
入った、というよりはいつの間にか格納庫の中にいた、という方が正しい。

ここはシャリア・ブルの精神世界であって、本当に電源を失った艦ではないということだった。
シャアはコアファイターから出る。
長い時間を共に過ごした愛機を撫でた。
そして、本来であれば空調や巨大な艦を動かすのに聞こえる様々な音が一切ない中、シャリア・ブルがいるだろう艦橋へ向かう。
ライトで通路を照らしながら、今現実世界ではどれだけの時間が過ぎたのかと考える。
シムスがいつソファを蹴り倒すかの心配もあった。
艦内の電源が落ちているので、壁や床を蹴って方向転換が必要だった。
シャアは大量のヘリウム３を持ち帰るために巨大とならざるを得なかった艦の中を急いだ。
「ここか」
シャアは艦橋の扉の前に立った。ここにシャリア・ブルがいなければ、再度艦の中を探さなければならない。
艦橋の中にシャアは立ち入った。
窓一面に見える木星。
艦長席に、シャリア・ブルはいた。
足を組み満足そうな笑みを浮かべて木星の大気の動きを眺めている。
「シャリア・ブル」
シャアは呼び掛けながら男の肩を掴んだ。
空を掴む。
しかし、シャリアにはその感覚が伝わったようだった。
「マチュくんですか？」
シャリアはそう言って、蕩けるような笑みを見せた。
「ここまで来られるようなニュータイプは限られている。お久しぶりですね、元気にしていましたか？」
「ええい、マチュはニャアンとかいうのと一緒にシュウジを探しに出て音信不通だ！」
そうだ、シャリア・ブルが非公式にではあるが弟子と認める彼女がシムスに声を掛けられないはずがないの

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

も気づいた。
「シムス大尉、今日は饒舌だな？」
シャアがそう言うと、シムスは「私に何かあったとき、私の研究はシャア大佐にお譲りします。煮るなり焼くなり、ご随意に」と言って笑った。

　ズム・シティに着くと、二人は足早に停めてあったシムスの車に乗り込んだ。
「私が運転してもいいか？」
シャアが聞くと、シムスは「お願いします」と頷いた。
車はズム・シティにある医療機関に向かった。
シャアが本当の子供時代に世話になった場所だった。
白い建築資材で建てられたその場所を、シャアとシムスは歩いていく。
途中、中庭にある四阿で、シャアは妹のアルテイシアを見た。
彼女は座ってシャアを見ていた。
一瞬、目線が合う。
しかしシャアはすぐに視線を外してシムスの背中を追った。シムスはアルテイシアに気付かなかったようだった。
複雑な経路を辿り、二人はシャリア・ブルがいる集中治療室の前までやってきた。
「……護衛か？」
その前に立っている男を見て、シャアが言った。
「エグザベ中尉です。シャリア・ブル中佐の直属の部下です」
シムスが答える。
「シムス大尉」
エグザベがシムスに敬礼をして、シャアを見た。
「シャアだ」
右手を差し出そうとして、シャアはやめた。
エグザベのシャアを見る目は複雑な思いを抱えている。

「……入ります」
「あぁ」
シャアはエグザベから目を離した。エグザベは小さく口を動かした。
「頼みます」
と。
中に入る前に、シャアとシムスは靴を脱ぎ手を洗い、殺菌効果のある霧を噴霧され、白いガウンを羽織った。
カーテンを潜る。
「現状、医療的に出来ることは尽きています」
シャトルでシャアに説明したことをシムスは再度語った。
シャアの目に映ったのは、全身を管に繋がれたかつての相棒の姿だった。
「即死ではなかったことが奇跡だと」
「そうか」
シャアは横たわるシャリアに近付く。
頭部からもドレーンや脳波を測る線が出ており、辛うじて右目だけが包帯から見えているような有り様だった。
シャアは赤黒く浮腫んだシャリアの指に触れた。
そこしか触れるところがなかった。
「……それで、シムス大尉。君は私に何をさせたい？」
「はい。シャア大佐にはシャリア中佐の精神世界にダイブしていただきたいのです」
「そうすればシャリアは目醒めるか？」
シャアの言葉にシムスは分からない、と首を振った。
「ジオンにいる感応に優れたニュータイプが、中佐は木星に囚われている、と。彼女が中佐の精神を解放できたら良かったのですが、深度が深く、それ以上は潜れませんでした。かと言って、感応が鈍いものはそもそも中佐のおられる場所まで辿り着けない」
シャアは扉の前にいた男を思い出した。
「私も強い方ではない」

言いながら、シャアの心は決まっていた。
この場所には不似合いな、ソファに座る。つまりは何人ものニュータイプがシャリアの精神に潜ろうとして帰ってきたのだろう。
「もしかしたら」
シムスが言った。
「もしかしたら囚われた中佐を解き放った時、あの方は遠くへ行ってしまうかもしれません。大佐、それでもよろしいですか？」
「良くない。精々駄々を捏ねるさ」
こきりと首を鳴らして、シャアはシャリアの指を再度握った。
「限界とこちらで判断しましたら、ソファを蹴り倒します」
シムスが指差す方には、確かに医療機器はない。
「私の限界を君が決めるな。私は目覚めるさ、自分で、この男を連れて」

　どぷん。
海に粘性があるとするならばこれだった。
シャアはシャリアの中に入った。
表面に触れただけ、それなのにあまりにも重い。
息は、出来る。
いや必要ないのだ。呼吸も食事も睡眠も排泄も、ここでは必要がない。
沈んでいく体に、思わず【上】を目指そうとして、真っ赤な天体が浮かんでいるのが見えた。煌々と光る月。
シャアはそれから目を離し、ゆっくりと体が沈んでいくのに任せた。
シャリアの海をただひたすらに深く。
途中、巨大な何かに方々から見つめられ、小さく光る深海生物に照らされ、黒いベールを纏うようなクラゲが泳ぐ場所を抜けた。
足下、赤かった月が白く輝いている。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

ｼｬｰｼｬﾘ(1/4)
CB受けwebオンリー様で展示させて頂いていたやつです。
二つ目。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「奥に深くに」と記載されています。
以下は本文の内容です。

奥に深くに

「メカ、お好きですか？」
背を丸め、ペットロボットの修理をしているシャアの背後から声が掛かった。
聞いた声だ。
「……何か用か？」
シャアは首に巻いたタオルで汗を拭い、嫌な予感を感じながら振り向いた。
そこには、背の高い、眼鏡をした理知的な瞳をした女が立っていた。
「はい、その通りです、シャア大佐」
女は、確かシムス・アル・バハロフという名の筈だ。
シャリア・ブル専用モビルアーマー・キケロガの設計者。
シャアの脳裏に、二週間ほど前にニュースで見た事件が過ぎる。ジオン公国の指導者アルテイシア・レム・ダイクンの暗殺未遂。
未遂で済んだこと、アルテイシアの身には傷らしい傷はなかったことは知っている。
「……まさか、そうなのか？」
シャアは柔らかな微笑みを浮かべるシムスに問いかけた。
「はい、大佐。シャリア・ブル中佐はアルテイシア様を庇い意識不明の重体です。いえ、今にもお命を落とされていてもおかしくはありません」
ちらりと、シムスは手にした端末に目を落とした。
シャリア・ブルの身になにかがあれば、すぐに連絡が入るのだろう。
「それで、何故君が？シャリア・ブルの命令か？」
「中佐の命ではありません。私の独断です、シャア大佐。……それで？勘の鈍い方、私と一緒にいらっしゃる？」

シムスは目を細め、シャアを見つめた。
「行くさ」
シャアは噛み付くように声を上げた。
「では参りましょう」
シャアは踵を返した女の後を追った。

　財布と小さな端末以外手にしていなかったシャアだが、シムスの手配によりスムーズにシャトルに乗り込んだ。
シャアは「ふう」と息を吐いてファーストクラスの座席に沈み込むシムスを見た。
今、この場所には自分たちしかいない。
「貸し切ったのか？剛気だな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「君はまだ階級が大尉のままか。妹は君たちの献身に報いなかったのか？」
「いいえ、この上なく」
シムスはシャアに微笑んだ。
「……シャリア・ブルの容態の詳細はどういったものなのだ？」
その言葉を、シャアはずっと彼女に聞きたかった。
だが、シャトルがエンジンに点火し、生身を守るベルトが肌に食い込むような感覚を得るまで聞くことができなかった。

ポーン

機内に安全に大気圏を脱したという音が響いた。地球の重力から離れた。
シムスはシャアに向き直り、シャリアの容態を淡々と告げる。
その言葉にシャアは片手で己の髪を掴み頭を抱えた。
酷く悪い。

「君は落ち着いているな」
「そうでしょうか？最後の最後で貴方に頼るような俗物ですよ、私は」
ちらり、とシムスは端末を見やる。
最悪の知らせはない。
「……君はシャリア・ブルから幾つもの宇宙の話を聞いたことがあるか？」
シャアの言葉にシムスは頷く。
「多元宇宙、マルチバース、なんとまあ使い古された古典的なＳＦ用語かと思いましたが、シャロンの薔薇が存在し、現在も極小であるもののゼクノヴァは時折観測されています。世界は私が思うよりも面白いのですね」
「ふ…そうだな。私が見た世界ではいつも、君はシャリア・ブルと一緒に死んでしまう。ジオン独立戦争時、彼のデータを取るために共にモビルアーマーに乗り、白いモビルスーツに殺される」
「あぁ、なるほど」
シムスは何かに合点がいったというように頷いた。
「シャリア・ブル中佐とご一緒出来るのであれば、安穏とした死出の旅路となるでしょう。そう今の私は思いますが、７９年時の私が受け入れられるかは分かりませんね」
「彼はいつも、君に逃げろと言って死んでいく」
「歓喜に胸が震える思いです。シャア大佐、教えて頂いてありがとうございます。……だからでしょうか？大佐がシャリア中佐に５年間もの間連絡をしなかったのは？」
違うだろう？少なくともそれが一番の理由ではないだろう？と言外に滲ませながら、シムスは聞く。
「それはそうだ。私は利己的な機会主義者だよ」
「ですがその利己的な機会主義者の貴方のおかげで、中佐は現在まで生き永らえたのだという言い方も出来るでしょう。もはや導はいない。人は、己の心に従う

のみ」
シムスはそう呟いて溜め息をついた。
分厚い強化ガラス越しにシャアは宇宙を眺める。
地球。
青く美しく孤独な星。
「シャリアは…政権の要人になると思っていた」
だが地上から彼の動きを探ることは難しかった。これは彼が妹の、アルテイシアの影に徹していることの証左だった。
何故？
あれほどの男を遊ばせている余裕はジオンにはない筈だ。
「……シャリア・ブル中佐は、貴方から血も役割も剥ぎ取って何かを得ようなどと思う方ではありませんわ。それはシャア大佐、貴方が一番よく分かっていることではありませんか？」
「私が？」
「『洞察に満ちた優しさを持つものがニュータイプ』そう、貴方は思うのでしょう」
ガタ、とシャアは立ち上がりかけた。
「何故それを…」
シャアの父、ジオン・ダイクンがかつてニュータイプについて語った概念。それを、シャアはイオマグヌッソの劇場でキシリアに語った。
「ジフレドのログを拝見しました」
「チッ」
「中佐はそれをご自身のこととは全く思ってもいませんでしたが、貴方のあのお言葉を聞いて己のなしたことを悔いておられた。貴方が五年の間に変わっていたのかも、と」
ぐしゃりと、今度こそシャアは自分の髪を鷲掴んだ。
机の奥深くにしまったラブレターを読まれたような気まずさだった。
そしてその気まずさの奥にあるものに、シャアは嫌で

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

ｼｬｰｼｬﾘ(4/4)

「馬鹿なことを言うな」
「貴方かあの子に殺されたい」
「……私は君を殺さない」
「でもあの子は絶対に殺してくれない」
ごめんなさい、と言って体を丸め、涙を流すシャリアにシャアは戸惑う。
戸惑いながら、やはりあの時この男の手を取ったのは間違いだった、と思った。
自分の野望に巻き込んでいい人間ではなかった。ニュータイプなどではない、使い物にならないと後方に下げるべきだったのだ。
ソロモン。
そう、あの時ほんの少し、この男のことを思い出した。
悲しむだろう、苦しむだろうと分かっていて、それでもシャリアが殺すジオンの人間が減れば飲み込みだろうと、そう過ぎった事実。
「シャリア。シャリアすまなかった」
震えるシャリア・ブルを抱えながらシャアは謝っていた。
いまだにシャアは、この男が殺しにこない生き方はわかっても、理解は出来ていない。
この男の強さと優しさの源流がどこにあるかも。
「いつか殺してやる」
言っていることが違う。
「私はまた間違える。だからその時、私を殺しに来てくれ。絶対に殺してやる」
これは私の本心だろうか？
違う気もするし、正しい気もする。
振り向き、目を見開き体を起こしたシャリアがこちらを睨み付ける。
「このっ！クソガキ！！」
振るわれた拳は避けなかった。頬に当たる、あまり痛くない。
「私をお前の！くそっ！嫌だっ！もう嫌だ！！……貴方

を殺す覚悟は、もう持てない」
シャアは、自分を組み敷き上になって殴りかかってきたシャリアから零れ落ちる涙を眺めた。
自分のために温かい涙を流す存在が、妹であるアルテイシアと、夢の中でシャアの生死を見つめていたララァの他にいるとは思っていなかった。
いや、もしかしたらシャアは、イオマグヌッソ発動の後にそれが見られると期待していたかもしれない。
意地の悪い自分がいる。この男の正しさに屈服するのを良しとしない自分が。
「……うん」
だがそれをシャアは捩じ伏せたい。
「シャリア、私も君を殺せない」
「言ってることが違う…」
服の襟を掴んで項垂れる男を抱き留める。
「うん、そうだな」

「では、お元気で」
簡単な荷物を持って、宇宙港のターミナルで別れる。
「あぁ、君も」
シャリアの隠れ家で半月ほど過ごした後、彼の端末に連絡が入った。
それを読み、シャリアは瞳に力を取り戻した。
シャアはそれを見て、この男はじきに死んでしまうだろうなと感じ、あぁ嫌だなと思った。
「連絡する」
「……」
「必ず返信をくれ、シャリア・ブル」
顔半分をいつかの自分のように隠した男の右手の薬指に、幾つかの機能が付いた指輪を着ける。
「……私は、私の絶望がどこに向かうのか分からない」
ぽつりと、シャアは言った。
「妹が、君が、子どもたちが苦しむ世界はなくなればいいと今でも思うよ。だが、私が思う世界はあまりに

狭いのだということは、分かってきた気がする」
「……はい」
シャアはシャリアの両腕を包んだ。
「私は君のことが好きだ」
シャリアが何かを言おうとして、口を噤む。
それに笑って、シャアは言葉を紡ぐ。
「そんな君が世界を愛しているうちは、私も世界を愛してみるフリをする。いつかこのフリが本当になれば良いと思うよ。本心だ」
人は簡単には変われない。
シャア・アズナブルという青年の人生を容易く奪ってみせた自分が、そんなに簡単に変わって良いとも思えない。
「えぇ、分かります」
シャリアは顔を歪めて、涙を堪えながら笑った。
「シャア、貴方を愛しています。世界を愛するように」
「……うん」
シャアはシャリアの背に腕を回す。
二人はずっと、時間が許す限りそうしていた。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

ｼｬｰｼｬﾘ(3/4)

を見上げた。
長い沈黙のあと、「言葉にしてしまうと全てが違う気がする」と小さく呟いて、そこから先は何も言わなかった。
シャアは言葉の先を待ったが、シャリアの状態を鑑みてもう休ませるべきだと考えた。無理をさせた、と思う。
「泊まらせてもらう。シャワーを借りるぞ、シャリア・ブル」
断りの言葉はなかった。喋れないだけかもしれない、それを都合よく受け取って、シャアはシャリアの、小さな隠れ家の中を歩いていった。

　シャリアは翌日も、その翌々日も、一日のほとんどをベッドで横になって過ごした。
けれども彼は朝になれば身を起こして身綺麗にし、服を新しく清潔なものに着替え、全自動の洗濯機に服を投げ入れる。そして水とサプリメントを飲み下し横になる。
シャアはそんなシャリアの横で買ってきたパンと、勝手に料理した食事を摂り、本を読み散歩に出たりした。
横になった男はシャアを時折目で追うが、すぐに疲れたように目を伏せる。
「君は」
シャアは傷を負い身を伏せる獣のような男に聞く。
「何故地球に？」
その問いに、シャリアは目を閉じたまま「コロニーは狭過ぎるのです」と言った。
「狭い？」
「部下に…感応力の強い子が」
「あぁ、心配をかけさせたくないのか。君らしいな」
「いえ。煩いので」
言って、シャリアはぼんやりと上を見上げた。

「私を気遣う気持ちがうるさくて、優しさがうるさくて、私に向かう全てがうるさくて、地球のここなら貴方にもマチュくんにも分からないだろうと思って、家を買いました。……貴方こそ何故ここに？暖かいところにいらっしゃると思っていました」
「……暖かいところにも寒いところにも行くさ」
「お連れは？」
「いない」
はく、とシャリアは言葉を飲み込んで、目を閉じた。
シャアにはシャリアの心を感じ取れない。深いところにそれは沈んでいる。
潜って、拾って、それをこじ開けたい。
一度は分かり合えたと錯覚していたものを、今度は暴き立ててやりたかった。
「私もうるさいか？」
「……いいえ」
その応えには諦めが滲んでいた。
乾いて、皺の目立つ唇をシャアは指でなぞる。
「貴方もうるさくはない」
シャリアの言葉に、シャアはそうだろうなと内心頷いた。
この男が、自分の部下を、誰かをうるさいと思うなどありはしないのだ。
「言葉にしてしまうと全てが違う気がする？」
シャアが数日前のシャリアの言葉をなぞる。その言葉に何か反応が返る前に、シャアは薄くなったその体を抱き締めた。

　シャアの抱擁に、シャリアはゆっくりと両腕を上げその背に回した。
どくどくと、シャアの鼓動が聞こえる。
血の脈打つ音。空気を吸い、吐いて、全身に酸素が巡る様。

――――貴方は自由になれたのですか？
シャリアはそう聞きたい衝動を抑える。
血の束縛から、役目から貴方はもう縛られてはいない？
そんなものがなんだというのだろう。
「……私にはもう貴方を殺す力はない。貴方は悪魔にも天使にも、神にもなれる」
この人を本当の意味で手放す時なのだ、とシャリアは思った。
宇宙から一人、この凍える街にやってきて、身の内から湧き上がる希死念慮を抱えている時にシャアが来た時は驚いた。
だが、それはこの人を自分から本当の意味で、『殺されないような人生』など考える必要はないのだと伝えるためだったのだ、と思った。
「君は？」
シャアが小さく呟いた。
「君はなんだ？君は何になれた？君は…私を解き放って一体何に縛られた？」
薄く開いた目の先に、シャアの青い瞳があった。
「何も…私はなにも」
気にしなくていい、という意味で背を撫でる。
シャリアは自由だった。
あの時からずっと。
だから、あの時守れなかった船団の部下たちが、独立戦争で殺した人間の叫びが、アルテイシアを擁立させる過程で強いた犠牲が、それを維持するために消えていった命がシャリアを苛むのも自由だった。
そうしたものが徐々にシャリアを動けなくする時がある、それだけだ。
「……私を自由にして、そのあとは？」
シャアの言葉に、するりと口から滑り落ちた言葉にシャリアは驚く。
「ほんとうはもうしにたい」

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

ｼｬｰｼｬﾘ(2/4)

かじかむ手を擦り合わせながら、感応を拡げる。
小さな家。
シャアは、自分のＭＡＶがこんな小さな家にいるだろうかと思う。護衛の気配もない。
ノックをしようとして、シャアはまだシャリアに語るべき言葉を持たないことに気付いた。
自分の有り様が彼をああさせたのは分かった。
しかし、自分が変わったとも思えない。
ええい、とノックをしてシャアはまた困った。呼ばれたから来たと言って、笑顔で迎えてくれるような男でもあるまいに、と。
そして、玄関が開いた。
シャアはそこで、病み衰えたシャリア・ブルを見た。
彼は洒脱な髪型で、服装も部屋着としては最上等だった。口髭も、新しく蓄えた顎髭も整っている。
けれど、シャリアは病んでいた。
シャアが、彼のＭＡＶが扉の向こうにいることにも気付かないほどに。
「えっ？」
驚きに目を見開いた眼！
シャアはシャリアの体を突き飛ばすようにして扉の中に潜り込む。
「君が、私を呼んだんだ」
シャリア・ブルの深い絶望、悲しみが、シャアをここへ。

「シャア…大佐？何故……？」
「何故？シャリア・ブル。今言っただろう、君が、私をここに呼んだんだ」
私の言葉にシャリアは小さく首を振る。
「いいえ、いいえ大佐。私に貴方を呼ぶ資格などない」
「人が泣き叫ぶのに資格もクソもあるものかよ」
吐き捨てるように言った言葉に、目の前の男は身を固

くする。
「あ……私、」
「君をそうしたのは私なんだな？」
違う、と言いながら、シャリアは頭を抱えた。
「違います、私はずっとこうです、ずっと、貴方のせいじゃない」
シャリアは扉を開けた時から涙を流し続けていた。
そうだ、彼はずっと、私と出会った時から柔らかい心を持っていたではないか。
私は彼の身に何が起こったのか知っていた。木星で彼が体験した地獄の一端を報告書という形で読み、あろうことか彼のニュータイプとしての素養だけを欲したのだ。
父の理想を体現したかのような男だと思った。
悲惨な状況で帰還し、静かな心で私を見つめたこの男をどうしても欲しいと思った。
「君は、薔薇の少女が目醒めないまま私を襲ったな」
「……」
「私は薔薇に守られていると、そう言った直後に。君は本気で私を殺すつもりではあった、だが、私を必ず薔薇が守ると、そう確信していたんだな」
分からない、とシャリアは言った。
「貴方が何を言っているのか…」
誤魔化しの言葉だった。
シャリア・ブルは今思えばどこまでも正直な男だった。
「……疲れてるんです」
そう言って、シャリアは奥へ引っ込んだ。その後ろを歩きながら小さな家と思ったが、よく整えられていると思った。家具以外のものがないと言い換えてもいい。
ソファに沈み込んだシャリアは、キッチンで勝手に茶の準備をしているシャアを眺めている。
「食料がほぼない。何を摂っている？」
自分の分とシャリアの分の紅茶を用意してシャアは言った。

「サプリメントを」
「吐くのか？」
「はい。……体力を逆に消耗するので、水とサプリ以外は摂らないようにしています」
シャリアの答えにシャアは鼻を鳴らした。
「……君に必要なのは適切な医療と思うが」
「時々あるんです。数日でいつもは治るのですが今回は長くて…長期の休暇を貰ってここに」
「私と過ごした頃はなかった」
「えぇ、楽しかったから」
言ってしまった、というように淡く苦くシャリアは微笑んだ。
「大佐、貴方と過ごし、貴方と連邦の戦艦やモビルスーツを破壊し、中にいる人々が死んでいると知りながら私は楽しかった」
「嘘だ。君は…いつも苦しんでいた」
シャアは、自分の後ろを守るシャリアの苦しみを感じ取りながらその手を取って戦場に駆り立てた。
あのまま自分たちが走っていけると思った道は、あまりに血に塗れていた。
シャアの頭の中にソロモンでの出来事が浮かぶ。
それを読み取ったシャリアが口を開く。
「貴方は、ソロモンを落とそうとする時ほんの少し私のことを考えて下さった。グラナダにソロモンが落ちれば…私がそこから先殺す人間が半分になると」
「……」
「嬉しくて、苦しかった。貴方の中に満ちていた復讐心の片隅に私がいて、私のためにも数多くの人間を殺せる貴方が悲しかった。貴方は己の懐に入れた人間に対して、あまりにも優しい。けれどあの時、私たちが進む為の盾となって沈んだ仲間たちを、私たちを守る為に死んだ彼らを貴方は裏切ったのです」
「……私が彼らを裏切ったから見限ったのか？」
シャリアはシャアの問いに、ソファに寄り掛かって上

総 @sou1010sou.bsky.social · Jul 7

ｼｬｰｼｬﾘ(1/4)
CB受けwebオンリー様で展示させて頂いていたやつです。
ｼｬｰｼｬﾘです。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「言葉による確定は無謬ではない」と記載されています。
以下は本文の内容です。

言葉による確定は無謬ではない

　シャリア・ブルはメディカルチェックを受けると艦長であるラシットからソドン自室での待機、もとい謹慎を命じられた。
ラシットは彼を問い詰めることも出来たが、それは本国からやってくる査問官たちの役目だ。
シャリアは深閑とした雰囲気を持ってラシットの言葉に頷いた。
が、ラシットの言葉に噛み付いたのはキケロガのコアを持ってソドンにやって来たエグザベだった。
「シャリア・ブル中佐を一人にするのは危険です」
「自死の可能性があるか？ならばあの脱走した捕虜のように独房にでも入れろと？」
自らの部下と、主人であるキシリアを失ったはずのエグザベは真っ直ぐにラシットを見る。
「簡単に言えば、そうです」
「中佐は責任を取ると言ったのだろう。ならば大丈夫だ」
ラシットはエグザベを簡単にいなした。
シャリア・ブルが自死を選ぶならそうしたほうがいいとも思った。
ジオンの軍事法廷を仕切るのはキシリア麾下のマ・クベだ。どれほど苛烈な尋問が待っていることか。
ふん、と息を吐いてラシットは自分と同格でありながら何もかも分かったような顔をする男の顔を思い浮かべた。
しかし、本国から査問官はやって来なかった。
代わりに来たのはジオン・ダイクンの娘、アルテイシア・ソム・ダイクンだった。
艦橋に集められた一同をアルテイシアは見つめた。
いつかのキシリア・ザビのように。
「シャリア・ブル中佐」

「は！」
数日間の謹慎などなかったかのように、シャリア・ブルは完璧な敬礼をする。
「大義でした。貴方の献身には必ず報います」
「…は！身に余るお言葉です」
シャリア・ブルの謹慎が解かれた瞬間だった。
アルテイシアはソドンにいる全てのクルーに対し謝辞を述べ、シャリア、ラシット、シムス、そしてエグザベとコモリを別室に呼んだ。
彼女の後ろにはランバ・ラルが控えている。
「楽にして頂戴。シャリア・ブル、貴方には苦しい任務を与えました。こうしてジオンに戻って来られたのは貴方と貴方が結んでくれた縁があるからです」
「いえ、私は何も…」
新しい女主人の言葉に、シャリアは言い淀む。
「……単刀直入に聞くわ。兄は生きているのね？」
頭部を破壊されコアファイターを失った赤いガンダム。あの場にシャア・アズナブルでありキャスバル・レム・ダイクンがいたことはこの場にいる人間は把握していた。
「はい。キャスバル様を、私は……」
そこまで言って、シャリアは彼らしくなく黙り込んだ。
そのシャリアを、アルテイシアが立ち上がり、抱き締め涙を流す。
「貴方が兄をあの場で殺してしまっていれば、シャリア・ブル。貴方はここにはいないでしょう。あの人の妹として言わせて頂戴。兄を、キャスバルを失わなかったこと、私は本当に嬉しいの」
アルテイシアの背後に控えるランバ・ラルが彼女の肩を支えようとして躊躇する。
彼女の言葉に頷いたシャリアを見て、涙を拭いながら「ここでのことは他言無用で。シャリア・ブル。貴方は少し休息が必要だわ。よく休んで」と言って去っていった。

そこからシャリア・ブルは抜け殻のように…ならなかった。
彼は勤勉なジオン軍人として、またアルテイシア・ソム・ダイクンを頂く派の人間として日夜働いた。
「……」
アルテイシアがズム・シティの公王庁に入り戴冠した日。
シャリア・ブルは特に笑みも見せず、なんの感慨もないように遠くからそれを二人の部下と共に眺めた。

　自分を見て涙を流す少女。
シャア・アズナブルは彼女の名前を知っていた。
ララァ・スン。
別世界の彼女に、シャアは幾度も救われた。そして救われると同時に彼女はこの世界のシャア自身を否定してもいた。
泣き崩れるララァにシャアはゆっくりと近付き、その細い肩に手を伸ばす。
「大丈夫か？」
「はい、はい、大丈夫です」
顔を上げたララァの緑色の瞳を見て、シャアは己の友人の男の瞳を思い出した。
「私はこれから世界を見て回るよ。君は？」
シャアは彼女に手を差し伸べようとして、やめた。
きっと自分が手を伸ばしてしまったら、どんなにここに心残りがあってもララァは手を取ってしまうと分かったからだ。
「私…私は…ここに残ります。会えてよかった、本当です」
貧しい国、貧しくとも自由な自分、虐げられた子供たちをララァは思った。
「あぁ、私もだ」
シャアとララァは自然と抱き締めあった。

夢の中の男と、別世界の女が実体を伴った感覚が、二人の間で共有された。

　シャアは地球を巡った。
ジオンのコロニー落としによって引き起こされた寒冷化。
金色の髪と端正な顔を持つシャアを、地球の住民たちは時に無関心に、時に興味を持って眺め、交流を持った。
シャアは日銭を稼ぎながら旅をした。
今は、北半球のヨーロッパ圏を巡っている。寒冷化の激しい地域だった。
そこで、シャアは小さく呼ばれるような感覚に陥った。
懐かしいそれを、シャアは確かに知っていた。
シャアの感応能力はそれほど高くない。
シャリア・ブルの内心を何も分からなかった程に。
彼が自分をどう見定めたのか、シャアには予想くらいしか立てられない。
しかし、キケロガから放たれる悲しみ、絶望はシャアにも分かった。だからあのビームの嵐を避けられたのだ、というのは出来すぎか。
彼の言いたいことは痛いほどよく分かった。
シャリア・ブルはシャアよりもずっと、シャア・アズナブルを理解していた。
この宇宙から眺めた時に青く見える星。
しかし世界は時に肥沃に富んだ土の色を、赤く焼ける空を、白く輝く雪の色に、様々な色に満ちている。
「シャリア」
シャアは、自分を呼んでいるのがかつてのＭＡＶ、シャリア・ブルだと確信していた。
シャアは列車を乗り継ぎ、足で歩いて、声のする方へ向かった。
辿り着いたのは人口十万人ほどの都市だった。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jun 10

ブルシリーズの続きです。
ｼｬｰがザベくんを詰めてるしキシ様の扱いが悪いです。申し訳ありません。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミノタウロス2」と記載されています。
以下は本文の内容です。

ミノタウロス２

　人は人を殺したいほど憎んだ時、笑うのだ。
エグザベは捕えられた営倉の中で、そう思った。
光を放つような金の髪、地球そのもののような青い瞳を輝かせて、シャア・アズナブルはエグザベを睥睨した。
「エグザベ少尉」
その声はどこか弾んでいた。
エグザベはその青い目を真正面から見ることが出来ずに逸らす。
返事も出来ないで体は震えた。
だが、シャアはそんなエグザベのことなど何一つ気にならないというように次の言葉を放つのだ。
「すまない。こちらの手違いで君をこんなところに入れてしまった。お詫びする。シャリア・ブルからは君を保護するように言われていたのにな」
聞き慣れた名に、エグザベは顔を上げた。
顔を上げて、後悔した。
シャア・アズナブルはけして獲物を甚振らない牙持つ獣の眼をしてエグザベを見つめていた。
「……自分を倒したキケロガに乗っていたのは、どなたですか」
やっとのことで紡いだ言葉。
「うん？シャリア・ブルに決まっている」
「ですが、シャリア中佐は……僕が、」

ガンッ！！

シャアがエグザベの座るすぐ横の壁を蹴った。
「お前があの人の名を口にするな」
分かったな？という問いに、エグザベはシャアの燃える眼を見ながらゆっくりと頷く。

一転、シャアは笑顔になった。
「お前の主人のキシリアは死んだよ。兄のギレンと一緒にな。簒奪者の子風情が、まるで統治者のような顔をして私に食ってかかるのは面白かった。キシリアがジオンの姫？笑わせる。あの女が頭の中で私にしていたことを、今夜から君に話して聞かせよう。面白いぞ。いや、それとも君は本当にあんなことをしていたのかな。あの簒奪者の娘に？」
サア、とエグザベの顔から血の気が引いた。
「…キシリア様は誇り高い方です！」
エグザベはシャアを睨みつけて言ったが、「誇り高い女があんな妄想をするものかね？」と笑った。
「そしてギレン。あの男には辛酸を舐めさせられたが…最後の最後、感謝せねばならないような気もするのだよ。あの男の唾棄すべき研究が、君が奪いかけた私の大尉を返してくれた」
私の大尉。
「キケロガに乗っていたのは…」
「勿論シャリア・ブルだよ、少尉。肉体は彼自身のクローンだがね」

「シャリア！」
シャアは声を上げて駆っていた機体から降り、横たわるキケロガのコックピットに走る。
ビットは全方位を警戒させている。シャリアの駆るキケロガも、砲だけは警戒するように動いている。
「シャリア！シャリア！！大尉！！」
名を呼びながら開いたコックピットの中にいたのは、齢十歳にも満たないような少年だった。
裸で、何も纏ってはおらず、けれど上半身は赤く染まっていた。
「……シャア大佐？」
ぐったりとシートに体を投げ出し口から血の痕を流し

ている少年が、懐かしい口調でシャアを呼ぶ。
うん、とシャアは頷いた。
自分が着ていた服を脱ぎ、シャリアに被せると彼は少し眼を細めた。
『申し訳ありません。この体がＧに耐えられず肋骨と内臓が痛みました。折角お会いできましたのに、ここまでとは…』
「けして君を死なせはせん、大尉、君は私の隣に立ち続ける男だ」
『この体、あまりにも脆いのです』
「木星帰りに比べれば大抵の人間は脆いものだ。今、医療班が向かっている。シャリア、君は生きる」
言いながら、シャアはシャリアの体を恐々と持ち上げた。
「まさか、貴方がこんなに稚くなるとは」
『……この私のクローンは、最も歳若く、最も世界に絶望した子でした』
培養槽の中で世界を一度だけ覗いた後は、脳波すら止め精神は死んでいた。
「そうか、君はけして世界に絶望したりしない。その体に私たちの未来を見せてあげよう」
シャアは腕の中で今にも息を止めてしまいそうな男を力付けるために、そう言った。
欺瞞に満ちたその言葉に、シャリアは少し瞬く。
『……あぁ、そうですね。シャア、必ず』
遠くを夢見るように、シャリアはシャアの瞳を覗き込んで頷いた。

「あぁ、久しぶりですね、エグザベ少尉」
そう、今日集中治療室から出ることが出来たシャリア・ブルが言った。
シャアと再会し、憑き物が落ちたかのように表情は柔らかい。

話には聞いていたが、エグザベにはその姿を見ても未だ実感が湧かない。
十歳に満たないようなボーイソプラノの少年が、あの威厳に満ちていたシャリア中佐の今の姿だとは。
ギレン総帥がクローンによる強化人間を秘密裏に造っていたのは公然の秘密だった。そして、考えてみればそのクローンに、ジオン最強のニュータイプが使われない筈がないということも分かることだった。
かつては敵同士、現在は身柄の保証をしている男とされている男という関係性であり、あまつさえエグザベはシャリアの三十四歳の肉体を死に至らしめた存在だった。
シャリアがエグザベの身柄を保護するのも、結局はシャアの下ジオンという名は同じでも中身を変えていく国家の中で、法に則って裁くためだろうと思っていた。
「そんなことはしませんよ」
シャリアは眩しそうにエグザベを眺めた。
一幅の絵を見るように。
「新しい時代を生きる、新世代のニュータイプ。シャアと君が、彼らを導くのです」
エグザベにとって、それは鐘のような声だった。

総 @sou1010sou.bsky.social · Jun 9

中佐が肉体的に死んで、目覚めなかったブルシリーズに乗り移る話です。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「ミノタウロス」と記載されています。
以下は本文の内容です。

ミノタウロス

　ブルシリーズと名付けられた、ジオン最強のニュータイプ、シャリア・ブルのクローン強化人間計画はほぼ頓挫していた。
シャリア・ブルのクローンたちは、成長を促され自我が目覚め、己たちの役割を知った瞬間自死してしまう。
首吊り、拳銃、水死、と死んでいき、死に繋がるものは全て排除され監視されていた、のんびりとした性格の個体が食事中にプラスチックのフォークで左目を突き刺して死んだ時、私たち研究者は天を仰いだ。
そうして残っているのは薬漬けとなって自我を無くしたクローンたちと、そもそも自我の芽生えがあるのかすら分からない、昏昏と眠り続ける個体のみ。
培養槽に浮かぶそのクローンは、歳の頃は十歳に満たない。
目覚めることすら放棄したその個体は灰緑色の髪を立ち昇る酸素の泡に遊ばれながら、夢すら見ずに廃棄されることが決まっていた。
ギレン総帥とキシリア閣下のあまりにも血腥い後継者争いが続いている最中に、使えない者は消えていくしかない。
しかし。
目の前の培養槽のブルシリーズの、常にフラットだった脳波が反応する。
「！　おい！！」
隣に座った同僚に驚いて声を上げると、同僚は目を見開いてブルを見ていた。
「脳波が反応している！このパターン、本物のシャリア・ブルだぞ！？」
瞬間、ブルシリーズ最後の個体が目を見開いた。
全てを見通すような緑の瞳。

その視線が同僚を射抜く。
「あ、あぁ…」
呻きながら、同僚はデスクから拳銃を取り出し、光を放った。
それは培養槽を過たず狙い、けたたましい音と共に培養槽が割れた。
飛び散る強化ガラスと培養液から、ブルシリーズが膝と手をついて息をしている。
そうだ、このブルはこうして息をしたこともなかったのだ。
――――産声も上げずに。
私は生まれたばかりのブルを見て、そう思った。
「……あなたがこの私を惜しんでくれたこと、忘れませんよ」
そう言ったブル…いや、これはシャリア・ブルそのものだった。
自我を持たず、目覚めることを拒否したブルの肉体に入り込んだオリジナル。
銃を放った同僚は気を失っていた。
警報音、アラートがずっと鳴り響いている。
「キケロガが来ます。あなた達はお逃げなさい」
そう言って裸のまま、なんとか立ち上がろうとしているブルに手を貸したい気持ちが湧き上がった。
「いいえ、逃げなさい。生き延びて、なすべき事をなしなさい」
アラート。
ついぞこの研究所では聞いたことがないような破壊音、爆発音が近づいてくる。
そして、天井を溶かして現れた灰色の機体。
「……キケロガ」
キケロガが伸ばしたケーブルに掴まり、ブルはもうこちらを見ることもなくコックピットに収まる。
やって来た時とは打って変わって、キケロガは恐ろしく静かにこの場所を去っていった。

「灰色の幽霊が…オリジナルが死ぬようなことがあったということか……」
私は同僚を抱えて、破壊を免れた進める通路を歩いていった。

「はあ……はあ……」
このクローンの肉体はあまりにも弱い。
筋肉が発達しておらず、ニュータイプ用のパイロットスーツを着ていないシャリアにとって、キケロガが生み出すＧは酷く堪えるものだった。
全身に脂汗をかきながら、それでもシャリアは戦場を走る。
シャアの下へ、そしてシャリアを殺した青年を止めるために。
「いた！」
キケロガに入る味方からの声に暗号音で答えながら、敵機を落としていく最中。
その声は、筋肉と同じく発達しきらない声帯から生み出されたせいで小さい囁きに近かった。
しかし、見つけた。
暗い宇宙で白く輝く機体を。
「ジフレドは…離れているようだ」
マヴ戦術において、先陣を切る機体はあえて目立つ色をし、後陣の機体は空間に馴染むものが多い。
これでエグザベの駆る機体の側に、あのジフレドがいるならばシャリアは一旦退かねばならなかったが、ジフレドは戦場を別にしているようだった。
「…っ」
シャリアの脳裏に浮かぶビジョン。
兎にも角にも、まずはエグザベを無力化することだった。
「……私は今ここで生きているのだから、君は誰も殺していない」

詭弁だと自分自身を嘲りながら、シャリアはエグザベの駆る専用ギャンに肉薄する。
『誰だ！？』
狼狽える声にはしかし力があった。
覚悟を決めた者の声。
「それでは困る。君には新世代のニュータイプとして純潔でいてもらわねば」
丁寧にハクジを破壊し、ギャンの手足を捥ぎ取る。
シャリアにはエグザベの苦鳴が聞こえたが、無視した。
「……は、嘘だ。中佐……？」
「そうです。エグザベ少尉、君はここで、世界がどうなるのか見ていなさい」
『貴方は僕が殺したはずです』
「君ほどのパイロットを丁寧にダルマにできるキケロガ乗りは、シャリア・ブルしか存在しないと思いませんか？」
声変わりもしていない少年の声でシャリアはそう言って、機体を旋回させた。
チカチカと、視界を染めるシャアの怒り、悲しみ。

「シャア大佐、私はここに」

総 @sou1010sou.bsky.social · Jun 4

ｼｬｰｼｬﾘ
完璧なものよりも欠けたものの方が美しく感じるよね、みたいな話です。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「欠けたる君」と記載されています。
以下は本文の内容です。

欠けたる君

　ソファに腰掛けた腰を掴んだ。
「……削げたな」
私が前髪の合間から見た男は、そう言うと少しだけ微笑んだ。
あの頃。
今はジオン独立戦争と呼ばれる戦場を共に駆けた頃、この男は木星からの長く過酷な旅から帰り着いたばかりだった。
食事も艦で出されるものはレーションばかりだったと語っていたことを覚えている。
今、ジオン軍の中佐として食うに困らない筈の男はしかし、あの頃よりもより先鋭な肉体となっていた。
「シャリア」
呼べば、真っ直ぐとこちらを向いて「はい」と答える。
腰を掴んだ手で抱き寄せ、頬を撫でると、ゆっくりと目を閉じこくりと首を傾げるようにして掌に重さを乗せる様はいじらしい。
そう思った私の感情を読んだのだろう、シャリアは「三十も過ぎた男にいじらしいとは。貴方も変なお方だ」と言った。
「そうだろうか？」
「えぇ、そう思います」
言いながら、シャリアはゆっくりと私に体重を預けてくる。
いい香りだな、と思った。
あるかないかの体臭と、彼の好む香水が薄く香る。
腕の中の男はもぞりと動き、身の置く場所を整えている。
こうして抱えていると、やはり痩せた。
「貴方が大きくなられたのですよ」
私の思考は全て筒抜けだ。それが嫌ではないというこ

とが重要だった。
「君の重さは覚えているよ」
「私も…えぇ、貴方の体を覚えています。五年前よりも背が伸びて、逞しくなられた」
シャリアは初めて見せる顔を私に見せることを許した。
酷く疲れ果てた男の顔。
「少し休め。ベッドへ行くか？」
「いいえ。お許しくださるならこのまま…」
「うん」
ソファの上にシャリアの体を抱き寄せて、そのまま私を下に重なり合う。
スーツを脱がせ、ベストのボタンを外す。
ネクタイを寛げると、シャリアはゆっくりと息を吐いた。
私の呼吸とシャリアの呼吸が合わさり合う。髪を撫でてやると甘えるように頬を胸に擦り付けてくる。
「寝てしまえ」
目の下の隈を指でなぞった。
この男は、私のために欠けてしまった。
肉体も、心も、己の夢さえ踏み付けて、私を探し回ったのだ。
しかし、私のなんと罪深いことだろう。
そんな男を、欠けた大理石の彫像のようなこの男を、美しいと思ってしまう。
ふ、と私の思考を読んだ男はそれを鼻で笑って、眠りに落ちた。

「サモトラケのニケを見たことがあるか？」
「レプリカでしたら」
ふと目覚めたシャリアに聞くと、どこぞのコロニーで見たことがあるという答えが返ってきた。
頭部と両腕を失った有翼の女神の像の話だった。いや、右腕は後から発見されたのだったか。

「君のようだと思うんだよ」
「……分からないな。何処がですか？」
シャリアには頭も両腕もあり、翼はない。あの像のように柔らかな肢体でもなかった。
「君の心の欠損を私は美しいと思ってしまう。きっと、完璧な君であれば私は、貴方に対してここまで心惹かれることはなかったような気がする…」
「私はずっと、木星へ行く前から壊れていますからね」
自嘲して、シャリアはキツく目を瞑った。
「だが君もそうだろう？私が完璧な男であったなら、君は私に付いてこようなど考えもしなかった筈だ」
シャリアはその問いに答えなかったが、私の胸に置いた手が掻きむしるように動く。
その手を取って、翡翠の瞳を覗き込んだ。
「君はこの五年、私のために何を無くした？ゆっくりでいい、けれど全て教えておくれ」
――――いいえ、何も。
そう口を開いてそう私に答える前に、シャリアの口は封じてしまう。
言葉も、吐息も、何もかもを。

総 @sou1010sou.bsky.social · May 31

ｼﾛｼｬﾘ(2/2)

吐息に混ざる喘ぎ声は、三十を過ぎた男のものにしては艶かし過ぎる。
シャリア・ブルの行動の監視を担当する部署は、彼がグラナダに帰るといつも、こうやって情事の音を聞くことになる。
シャリア・ブルの金髪狂いは有名で、彼の周りに金髪の男が現れるとこの部署の人間は「またか…」と溜息をつくのだった。
今日連れ込まれた男は海軍工廠研究所に配属された技師の男だった。
名はシロウズ。
スラリとした長身は、なるほど色狂い中佐が好みそうな男だった。
シャリア・ブルに声を掛けられると、それまで性的嗜好がノーマルだった男であってもいつのまにか彼と閨を共にしていた。
こちらの部署からも金髪の男を用意して接触をさせている。今ヘッドホンをして計器に目をやっている男で、がっしりとした体付きのグレーの瞳をした男だった。シャリアはことの他この男がお気に入りで、ジオニック社の社員という表側の顔をした男に、グラナダに帰り着くと必ず連絡を寄越した。
だが、この男ももう駄目だった。
耳を欹てて情事の音に聴き入る姿、歯を強く食い縛り、瞳の奥は嫉妬心で燃え上がっている。
シャリア・ブルと寝た諜報部の男はあの英雄殿に入れ込んでしまうのだった。
あの中佐は、『イイ』時ほど声を上げない。
今日は二人の荒い息遣いと粘膜の立てる水音、肌と肌とが打ち合う音と、衣擦れの音に聴き入る。
どれほどの時間をそうしていたのか、シャリア・ブルが「っあ！」と鳴いた。
深い深い溜息の音が重なり、長い時間を沈黙が支配する。

『……シロウズさん、でしたっけ。顔に似合わず激しいんですね。気に入っちゃいました』
お気に入りの交代だ。
俺は股間を弄りながら同僚の顔を窺う。
まるで気に入りの女を寝取られたような絶望が、顔だけでなく全身を包んでいた。
その後、シャリア・ブルとシロウズは浴室に場所を変えた。
そこで、一度、シャリア・ブルが声を上げて笑う。
シロウズが何と囁いたのかは声が小さくて聞き取れなかった。

「アップライトピアノがあるんですね」
のぼせる前に風呂場から上がり、寝室のベッドのシーツを剥ぎ取って新しいものに変えて寝転がる。
シロウズはシャリアの手から己の手を絶対に離さずに、言った。
「えぇ。手慰みですが」
そう言ってシャリアは疲れ果てているだろうに、キラキラと輝く瞳でシロウズを見つめた。
「もしよろしければ。何か一曲」
思い出の曲を。
そう、繋いだ手から言えば、シャリアは懐かしい笑顔で笑った。
「では、ラフマニノフのヴォカリーズを」
「好きな曲です」
シャリアはシロウズの手を離して下着を着ようとしたが、シロウズはそれを許さなかった。
二人一緒に立ち上がり、シロウズは片手を繋いだままシャリアの前に跪いて下穿きを履かせてやると、シャリアは片手で顔を覆ってため息を吐きかける。
そのまま膝頭に口付けを落とし、腿の内側に沿ってキスをしていく。

息を飲んだシャリアは繋いだ手を強く握った。
その強さにシロウズはシャリアを見上げ、少し恥じ入るような顔をして立ち上がる。
立ち上がったシロウズを、シャリアはいつの間にか成長していた子供をまじまじと眺めるような、そんなシロウズにとってむず痒くなるような視線で見つめた。
「ヴォカリーズでしたね」
シャリアはそう言ってシロウズの手を引いてピアノの前に座る。
後ろから、ゆっくりと両手をピアノに伸ばす男をシロウズは抱き締める。
柔らかな緑灰色の髪に顔を埋め、郷愁を誘う曲を聴きながら、帰って来た、と強く思った。

総 @sou1010sou.bsky.social · May 31

ｼﾛｼｬﾘ(1/2)
🏰＝ｼｬｰで書いています。
本編開始前に二人が会っている設定です。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「御伽噺」と記載されています。
以下は本文の内容です。

御伽噺

「お前、男はイケる口か？」
シロウズがそう声をかけられたのは、グラナダ海軍工廠研究所にやってきて、六日目のことだった。
シロウズが振り返ると、そこにはじろじろとシロウズを値踏みする男がいた。
赤みを帯びた金髪をした男は、その声の軽薄さからは想像もつかぬほど、暗い情念をその瞳の奥に隠し持っている。
「……どういう意味でしょうか？」
シロウズがまずそう聞いたのも無理はない。距離を詰めてシロウズの髪や血色の良い唇、髪の合間から見える青い瞳を覗き込みながら、男は笑った。
「おい、警戒するなよ。俺はお前に忠告をしてやろうと思ってな。ここのボスはキシリア様だが、ジークアクスの設計製造にはあのシャリア・ブルが深く関わっている。…おい、シャリア・ブルを知らないわけ、ないよな？」
「それは、勿論。ですが何故シャリア・ブル中佐の話題が？」
当然の問いに、男は弾けるように笑った。
何故かその笑い方に、ある種の植物の種子が破裂して種を蒔く様をシロウズは思い出した。
「あんまり気を急くなよ。だがまあ、そんなに引っ張るような話でもない。シャリア・ブルはな、金髪喰いとして有名なんだよ。それも男のな」
嫌らしい顔をして男が言うのに、シロウズは当然の如く、男の髪を見やった。
「俺は誘われてない。残念だったな」
「……残念？」
「そうさ。俺の髪色じゃあ中佐のお気には召さんらしい。誘われてりゃ、お前にあの人の具合がどうだった

か教えられるだろう？」
シロウズは何かを言おうとして口を開け、そのまま閉じた。
「噂話じゃ、キケロガに大改修が入るらしい。シャリア・ブルがここに通う回数も増えるだろう。気をつけるんだな」
そう言って男は去っていった。
シロウズはその背中をただ眺めた。扉の向こうに消えるまで。

　そして、シロウズは日々を淡々と仕事をして過ごした。
この暗いグラナダのさらに奥、キシリア・ザビの掻き混ぜる鍋の中、窓のない部屋で眠り、窓のない部屋で目覚める。
悪夢を見る夜もあれば夢見が良い日もあった。そういう日は大概、シャリア・ブルの姿が視界の隅に映った。
完璧な軍人然としたその姿を横目で垣間見る。
空調によって運ばれるその落ち着いた声音。
シロウズはその声をベッドの上で思い出しては抱き締めるようにして眠った。
「お久しぶりですね、ティルザ博士。ジフレドの調子は如何でしょうか？」
邂逅自体は早かった。
シャリア・ブルは研究所に来ると、まずシロウズの上司であるティルザに挨拶に来たのだ。
「あぁ、シャリア・ブル中佐。長期任務からの帰還、お疲れ様でした。…ジフレドですが、どうにも。ジークアクスのようにマニュアルであれば動く、というような機体ではなさそうです」
「気難しい機体ですからね。この機体に見合うパイロットが居ればいいのですが…」
「はい、ジフレドのパイロット探しは急務かと」

ティルザの言葉にシャリア・ブルは柔らかく微笑む。そして、はじめてシロウズを見とめたというように「そちらの彼は？」と水を向けた。
「助手のシロウズです。父のお気に入りですわ」
「レオ博士の。将来有望な方ですね。よろしくお願いします、シャリア・ブルです。以後お見知り置きを」
す、と差し出された筋ばった手。
シロウズはその手を取って、かたく握った。
「シロウズです。中佐の独立戦争でのご活躍はかねがね」
「私風情が活躍など。全てはシャア大佐と私の愛機、キケロガの性能によるものです」
「まあ」
ティルザがシャリアの謙遜の言葉に笑う。
「そういえば、中佐のキケロガには大改修が入ると聞き及びました。モビルアーマーは専門外ではありますが、非常に興味があります」
「おや。えぇ、そうなのです。もしかしましたら、モビルスーツの専門家であるお二人に相談に伺うこともあるかもしれませんね」
にこやかにシャリアは言って、ジフレドが鎮座している区画から去っていった。

　その日、シャリア・ブルが抱かれるために連絡を入れたのは勿論シロウズではなかった。何度かグラナダの夜を共にした、寡黙な、そして鮮やかな金の髪をした男だった。

『……ふ』
シャリア・ブルに与えられた窓付きの部屋は彼好みの落ち着いた色に変えることが許されていた。
『んぅ…』

総 @sou1010sou.bsky.social · May 28

エグシャリ
今しか書けねぇ！

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「サンサーラ」と記載されています。
以下は本文の内容です。

サンサーラ

　雨だ。
僕は雨を初めて知った。
重く、焼ける匂いのする、ミゲルが溶けた雨だった。

「エグザベ少尉、参りました」
新任地に着いていたソドンの、司令官シャリア・ブル中佐の部屋に通されたエグザベは、手を後ろに組んだシャリアが鷹揚に頷くのを待った。
しかし、シャリアはエグザベを見て、すっと少しだけ口角を下げた。
そうすると、シャリアは全くの無表情となり、ただただ眼前にいるエグザベの内も外も見通して、通り過ぎていく。
「……どうやら君も苦労したようだ。私の不手際でお手数をかけますね」
言って、取ってつけたような笑みをはいたシャリア。
「いえ…あの、」
今回エグザベが再度ソドンにやって来たのは、ＭＳ・ＭＡを操縦出来るパイロットがシャリアしかいないという状況を憂いたキシリアからの好意…ではもちろんない。奪還したジークアクスがソドンから逃げ出した件について糺すためだった。
エグザベはシャリアから、ジークアクスのパイロットについて、ソドンから逃げ出した状況を聞かねばならなかった。
保護したニャアンはグラナダから出ることは、もう出来ない。
彼女の使命、彼女の運命について、エグザベは決定的に狂わせたのだ。
少尉とはいえ今のエグザベはキシリアからの正式な使

者だった。
シャリアは立って、どうしました？というように小首を傾げている。エグザベの沙汰を待つシャリアは、そしてまたゆっくりと表情をなくしていった。
ぽつ、と擬似重力が作動している居住区の床に、エグザベの涙が一粒落ちる。
ぽつぽつと落ちる涙に、頬を伝う違和感に、エグザベは驚くような心の機微もあまりなく、手のひらで片頬を押さえ、「あれ、」と声を上げた。
そんなエグザベを見て、シャリアはゆっくりとため息を吐いてから、椅子に腰掛けた。
「……いらっしゃい」
自分の片膝を叩き、そこにエグザベを招く。
近寄ってくれない、抱き寄せてくれない、けれどこうしてエグザベを呼ぶことが、シャリアと自分の距離なのだろうかと思いながら、エグザベは座るシャリアの肩に手を乗せて、ゆっくりと右膝に乗った。
「すみません、」
涙で歪む視界の向こうで、シャリアは笑わなかった。
「いいんですよ。気の済むまで泣きなさい」
シャリアはエグザベの背中に手を添わせてゆっくりと、まるで赤ん坊にするように優しく叩いた。
「ぼ、僕は……」
エグザベはそう言って、しかし口から零れ落ちようとする言葉を歯を食いしばることで押し留めた。
自分と同じスクールを卒業した同期二人が、同じ同期のミゲルに殺されていたこと。
エグザベはミゲルがジフレドのパイロットに選別されることを恐れてニャアンをキシリアに差し出したこと。
ディアブロ。
ミゲルは殺された。エグザベが連れて来たニャアンによって、彼女をジフレドのパイロットにしない為に毒を盛った為に。
消えたキシリアの秘書、アサーブのこと。

キシリアから供されたケーキについて。
全てに緘口令が敷かれていた。
シャリアはエグザベではなく横の虚空を眺めながら、エグザベの背中をゆっくりと叩き、軍服の襟に涙が染みて少しずつ重くなるのを感じた。
エグザベを膝に乗せながら、シャリアは彼の身に起こったことの大半を理解した。
ジフレド。
ニャアンという少女。
蒸発し雨になったミゲル。
白く輝く部屋。
キシリアに影の如く付き従っていたアサーブの死。
ディアブロか、とシャリアは思った。
思って、ぐずぐずと泣いているエグザベの顔を見やった。
伏せられていたその紫と緑の瞳が、涙に揺れながらシャリアを映す。
「……僕は所詮、養殖のニュータイプです。中佐のようにも、あの子のようにもなれない」
「養殖とか天然とか、あまりよく分からないんですが、私が君をニュータイプと分かっている、それじゃあ駄目なんですか？」
「中佐は……友人が友人を殺したことはありますか？」
「ありますよ」
「毒を盛られたことは？」
「それもあります」
「自分がいい気になって助けたつもりが、その人のためになんて一つもならなかったことは？」
「身に覚えがあり過ぎて、恥ずかしいくらいです」
「……なんでもあるんですね」
ぎゅう、とエグザベはシャリアの背を掻き抱いた。
そう、シャリアは今エグザベが言ったこと、彼がこれまで経験したことなど、大抵似通った状況に陥ったことがある。

エグザベと静かに抱き合っていると、シャリアの肌に雨が降った。
現実によく似た幻。
けれどそう、人が溶けた金属が降り注いだことすらシャリアは木星で経験していた。
しかし…と声を殺して泣いているエグザベをもう一度見やる。
こうして泣くことはなかったな、と思った。

総 @sou1010sou.bsky.social · May 28

エグシャリ(3/3)

「いま君は自由ですか？」
その、死に際にしてあまりにも穏やかな声を。

僕は思い出した。

「私の考えを、若い子らが否定するならそれでも良かった。彼らが幸福で、自由であってくれれば未来は続いていくと、そう思っていたんですよ、私は。……貴方のようにどこまでも周到であれればよかったと、今では思います」
「私は人間不信なのです、貴方のようにはなれなかった、貴方のように戦うための肉体を持っていなかっただけです。…私は貴方が羨ましい。愛し託すことを選べたのですから」
「……その結果が大虐殺、です。私にはその未来が見えていた。世界が、人類が打ち勝つ未来はあの時が分岐点だった。彼を殺してでも…その未来を手にしなければならなかったのに」
沈黙。
僕はよろよろとそこを後にした。
あの世界を滅ぼしたのは、他ならない僕だったのだ。

「では、お気を付けて。イオリア先生、また必ずお会いできますよう」
「えぇ、大変有意義な時間でした。最後は私の話になってしまいましたね、遅い時間までありがとうございました、シャリア先生」
シャリア・ブルはイオリアを彼のために待機していた車に乗せ、見送った。
端末を確認すると、シムスから一件、コワルから二件、学生たちからも楽しそうな写真付きで連絡が入っていた。

シムスとコワルに返信をし、学生たちの写真を眺めていくが、そこにエグザベ・オリベの顔はなかった。
シャリアはエグザベが自分に失望するように促したが、学生である彼を排除するのは難しい。
だから褒められたことではないが、他の人間よりもほんの少し、近くにいるものだけが分かるくらいの冷たい態度を取っていたが、彼がシャリアのゼミに入ってしまったのならば他の学生たちと同じように接しなければならないと思っていた。
彼は『前』のように優秀で、『前』を思い出せば自分を憎まずにはいられないだろう。
だが、そんな気持ちが他の学生に伝わり、彼を軽んじたりすることはあってはならない。
シャリアは『とても楽しそうですね』『参加出来ず残念です』『エグザベさんのお顔が見えないようですが何かありましたか？』と文章を返した。
すぐに…本当にすぐに、学生から返信が返る。
一次会の会費のお礼と、現在彼らが飲んでいるお店の住所、エグザベ・オリベは一次会ですぐに帰ってしまったという連絡だった。
『そうなのですね、体調が悪いなどでなければ良いのですが心配ですね』とシャリアは文章を送り、ため息をついた。
これからのゼミ生の動きをきちんと見ていかなければ、と思いながら、構内を歩いた。
夜目の利く目は、あまり昼夜を選ばない。
イオリアと話したことを反芻しながらシャリアはいつの間にか構内から出て隣接する公園に出てしまっていた。
このまま帰ってしまうか、と思ったところで、勘が働く。
シャリアはその勘が導く通りに道を進み、藪の中を進み、彼を見つけた。
自分を守るように体を丸めて泣いているエグザベ・オ

リベを。
「……思い出してしまったんですか？」
その時は決して責めるような声音は出すまい、と誓っていた。
「　　シャリア・ブル中佐　　　」
ゆっくりと上げられた顔、まず目につくエグザベ・オリベの輝く瞳。
これが世界を滅ぼした光なのだとシャリアはふと考えついて、次の本の序文はこの言葉から始めようと、そう思った。

総 @sou1010sou.bsky.social · May 28

エグシャリ(2/3)

やり、たっぷりとした時間のあと、「シャリア先生が特定の学生に対して悪意を持って接することなどありえませんよ」と言ってからその手に持った赤い液体を飲み干した。
シムス教授は「後はお若い皆さんで楽しまれて」と幹事である先輩に封筒を手渡すと酒席から去っていった。
「……あれは絶対何か知ってる」
「シムス教授が知っていると言うことは、シャリア教授はエグザベへの感情を言語化してるってことだ」
「もう、単純に生理的に受け付けない顔とか声なんじゃねぇの？」
「僕、そんなに駄目ですか？」
涙目になりながら呟くも、スルー。
僕は居た堪れなくなり、早々に飲み会を辞した。

　ふらふらと僕は歩き、その足は大学に向いていた。
夜の構内は日中にはない雰囲気がある。
僕は結局シャリア教授の研究室がある場所に向かっていた。
光。
研究室には灯りがあった。ゼミや研究室の人間は歓迎会に皆いるはずだから、あそこにいるのはシャリア・ブル教授に違いなかった。
「今日は君のとこの歓迎会だったというのに、時間をもらってしまってすみませんでしたね」
「いいえ、お気になさらないでください。ですが折角でしたらイオリア先生も顔を出してくだされば、うちの学生たちも喜んだことでしょうに」
漏れ聞こえた声は、シャリア教授と、もう一人はシャリア教授の師匠筋であるイオリア教授だった。
シャリア教授の処女本である『ラスト・メッセージ』に推薦文を書いたのがイオリア教授だった。
二人は大学の垣根を越えての友人であるらしい。

そして、今日シャリア教授が歓迎会に来られなかったのは僕が嫌だったからではなく、イオリア教授とこうして会う予定があったからだったのだと知ることが出来て僕はホッとした。
「当分この国から離れてしまわれるとか」
「えぇ、講演の予定が立て続けに。貴方に会いにくるのも本当はもっと早くに来たかったのですが、中々スケジュールの都合が付かず…」
「イオリア先生にこうして会いに来ていただける、これ以上光栄なことはありません。こちら、気に入られるか分かりませんが」
「おぉ、さすがシャリア先生ですね。こちらの好みを知っていてくださる」
僕は少しスッキリした気分で、そろそろ聞き耳を立てるのは失礼に当たると気付き帰ろうと思った。
しかし、
「そういえば、先日私の講演を聞きに来てくれた貴方の生徒から、興味深い話を伺いました。貴方がある学生に対して他者に対するよりも冷たいというか、そっけないというか…そういう話です」
「……」
「おや、その反応。本当のことなのですか？まさか貴方ほどの方が、と思っていましたが、なるほど、貴方の『前』に関係があるようだ」
「……イオリア先生」
イオリア教授は間違いなく、僕のことを話題にした。
僕の心臓はいきなりのことに早鐘を打ち、『前』とはなんなのか、僕はシャリア先生に何をしてしまったのか、意識を向ける。
「『貴方に出会ったことが間違いだった』と言われたことがあります」
「『前』に？」
「えぇ、『前』に。その時私は怒っていたので、そちらから勝手にやって来たのだろうと思った記憶があり

ます」
「その…彼？彼女？が何も知らないまま、貴方の研究室にやって来て、長年のファンです、と来たわけですね。ですが、そんなことで貴方が冷たくなろうはずもありません」
「彼ですね。全く同じ姿で、私が見たことがない屈託のない笑顔でした。彼はスパイで、私には探られると痛い腹があったわけで…。記憶が戻れば彼は私を憎み、嫌うでしょう。優秀な子です。大学を辞めるということになるかもしれませんし、そうならなくとも学年が進めば進むほど専攻を変えたりするのは大変です。…何より、彼が私の考えに賛同するはずがない。彼と私が見えていたものは、あまりにも違う」
「『三百億年では短すぎる』」
「……はい」
「貴方が死んで、その世界は？」
「分かりません。知りたくもない。私と一緒に歩んでくれた友人たちも、私と時を同じくして死んでいました。……戦争と大虐殺が起こったことは聞いています」
「なんということだ。惨いことです」
二人の言葉を聞きながら、僕は叫び出してしまいそうな声を封じるために両手で口を押さえていた。
『前』？『三百億年』？『戦争と大虐殺』？
知らないはずなのに、僕はそれを知っていた。

「キシリアの犬を捕まえたぞ！！」
その嬉々とした声を。
「裏切り者！裏切り者！！裏切り者！！」
その憎しみの声を。
「だから言ったじゃん、無駄だって」
その全てを諦めた声を。
「貴様は良い護衛であった」
その凜とした声を。

総 @sou1010sou.bsky.social · May 28

エグシャリ(1/3)
学生×哲学科教授のやつです。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「君の声」と記載されています。
以下は本文の内容です。

君の声

　本に呼ばれた、と思ったのはあの時が初めてで、最後だった。
『ラスト・メッセージ』という題名の本はしかし、著者の刊行した本では最も最初のものだった。
２作目の後書きで、そのことが書かれていた。
まさか自分が二冊目の本をだすことになるとは思ってもいなかった、とその人は書いていたが、『ラスト・メッセージ』はそのジャンルとしては異例と言えるほど版を重ねた。
僕はその本を図書館で見つけた。
題名『ラスト・メッセージ』
著者【シャリア・ブル】
その名を見つけた時、僕は何故だか泣けてしまった。
家に帰って本を貪るように読んだ。上品な言葉選び、けれど心地良い文体。
僕はその本を何度も何度も読み、返却期限が近づいた頃には暗唱出来るほどになっていた。
哲学書という専門性もあってか、『ラスト・メッセージ』は高価な本だった。僕は再度その本を借り、ノートに一語一句間違えないように書き写した。シャリア・ブル教授が出した本を今は全て持っているが、そうやってノートに書き写したものもまだ幾冊も僕の机の本棚に並んでいる。

「はじめまして、シャリア・ブル先生！あの、子供の頃からずっと先生の著作のファンで…先生の下で学びたいと思いこの大学に入学しました！お会い出来て本当に嬉しいです、感激しています！」
シャリア・ブル教授の研究室。
すっきりと片付けられたその部屋には、僕とシャリア

・ブル教授と、数人の学生がいた。
著者近影よりも遥かに整った顔立ちと優しげな雰囲気は、僕が教授の文章から感じる人柄と同じだった。
「ありがとう。君、名前は？」
声もいい！まさしくシャリア・ブル教授の声帯から出てくるに相応しい落ち着いた声だった。
「はい、エグザベ・オリベと申します！」
「……そう、でも、君には私の講義はあまり向いていないかもしれません。カリキュラムの取得には気を付けなさい」
「…………え、は、」
僕は一瞬何を言われたのか分からず、頭が真っ白になった。
後から聞いた話だが、その時シャリア・ブル教授の部屋にいた他の学生もまた、敬愛する教授が初対面の青年にやんわりと拒否の意を示すのに驚愕していたらしい。
その日、僕は家にどうやって帰ったかの記憶がない。

　大学三年になった僕は、シャリア・ブル教授のゼミに入ることが、なんとか出来た。
このなんとかと言うのは、恐らくだが、僕は成績上位者であるにも関わらず、教授のゼミに優先的に入れる五人に選ばれず、抽選で選ばれるもう五人の方で入ることになったようだからだ。
初対面の時、ああ言われたものの僕がこの大学に来た目的はシャリア・ブル教授であり、一年生であってもシャリア教授の講義には必ず、出席した。
教授は僕と他の学生を差別するようなことはなかったが、それでも言葉の抑揚や表情から、よく思われていないことは分かってしまった。
僕が教授のゼミに入ることが出来たのは、ひとえに運の良さと抽選で選ばれたものをさらに弾くのは公平性

に欠くと考えたシャリア・ブル教授の思慮でしかない。
僕は何故教授にうっすらと嫌われ、避けられているのかが分からない。
最初の挨拶が勢いがありすぎて引かれてしまったのかとも思ったが、教授には歴代でもかなりのストーカー気質の学生がいたらしいが、教授の助手をしている院生の先輩もああやって初対面で学生を拒否する教授は初めてだったらしい。
「……なぁんで僕はシャリア教授に嫌われているんでしょう」
しくしくとビールを片手に泣いていると、「まあ、好かれてないと分かっていてゼミに入ってくる君も、なんだかんだ入れちゃう教授も面白いよね、傍目から見ると」と院生の先輩。
「教授はそう言うとこ、絶対私情を挟まないしな。まあ、俺は抽選でエクザベを引いて固まる教授の珍しい顔、見たけど」
「え～、私も絶対見たかった、そのお顔！今日だってゼミの歓迎会なのに教授が来ないの、エグザベのせいじゃん！歓迎会とか送別会とか、忙しくても絶対に最初は顔を出してくれる先生なのにさ」
先輩たちの言葉が僕を抉り、同期たちの僕を見る白けた視線が痛い。
「あら、シャリア教授は今日は本当にご予定があったのよ。皆さんの飲食代は私が預かっているので、そこは心配なさらないでね」
と、機械工学科の教授であるシムス教授が笑って言った。今日、歓迎会にシャリア教授が出られない代わりとして出席したシムス教授は、シャリア教授と内縁の中だとか、結婚間近だとかを、ここ数年言われ続けている人だった。
「シムス先生は、シャリア先生がなんでエグザベくんに塩いのか聞いたことがありますか？」
にこ、とワインを手にしたシムス教授は僕を笑顔で見

総 @sou1010sou.bsky.social · May 21

中佐ｼﾑｺﾜの三人がお話ししている話。
エグシャリの匂わせがあります。
ｺﾜ中尉が中佐閥であれと祈りながら書いています。応援よろしくお願いします。

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「宿願の血」と記載されています。
以下は本文の内容です。

宿願の血

　シャリアはシムスを椅子に座らせ、ぽつぽつと互いの近況を話していた。
先ほどまでギレン総帥とキシリア司令の殺害に関して話していたとは思えないような穏やかさだった。
「それで…」
シムスが口元を隠し、笑いながら口を開くと同時に、シャリアの私室に来客を告げる音が鳴った。
「あぁ、コワル中尉ですね」
顔を上げたシャリアが言って、立ち上がりかけたシムスを制してドアを開ける。
「遅くなってしまって申し訳ありません」
するりと部屋に入ってきたのはソドンの技術士官のコワルだった。手にはタブレット型の端末が一つ。
「いいえ。先に初めてしまっていました。それで、ジークァックスの方は？」
手づからグラスにワインを注ぎコワルに手渡すと、立ち上がったシムスと三人で小さくグラスを合わせる。
キィンと小さく小さく音が鳴った。
三人は、その音が消えるまで耳をすませた。
赤ワインを一口飲んだコワルは、ジークアクスの状態についてシャリアとシムスに説明をした。
「エグザベ少尉の報告の通り武装の殆どはなくなっていましたが、機体自体に損傷はほぼ見られません。…中佐が鹵獲時に傷をつけたもの以外は、ですが」
コワルの言葉にシャリアは片眉を上げる。
「それはそれは。あれだけのクランバトルをこなしながらやはり目と空間把握能力に優れたパイロットのようですね、あのアマテ・ユズリハさんは」
コワルとシムスに座るよう促しながら、シャリア自身も足を組んでデスクチェアを軋ませる。
「私もアマテさんのクランバトルでの戦闘は拝見いた

しましたが、連邦の魔女相手では少々…いえかなり遅れを取っていたようですが？」
「連邦の魔女…スガイ・シイコの相手では私も骨が折れる。むしろ、あの赤いガンダムの操縦者があの装備でよく勝てたものだと賞賛を送りたいですね。…私はアマテさんの空間把握能力を高く評価しています。彼女の操縦技術はいまだに発展途上ですよ」
シャリアの言葉にそのことですが、とコワル。
「まだ未確認の情報ですが、エグザベ少尉がジークァックスの二人目の搭乗者を引き入れたとのことですが…」
「あぁ…」
口の端を少し笑みの形に歪め、シャリアが頷く。
「アマテさんのご友人でしょう。ジークァックスにまさか二人目の適合者が現れるとは思ってもみませんでしたが」
「中佐ったら。悪い顔をしておいでですわ」
「おや…すみません」
つるりと、シャリアは己の頬を撫でた。
コワルは手に持つ端末を覗く。
「その二人目の搭乗者ですが、非常に荒削りな操縦ではありましたね。…こちらがアマテさんとの比較になります」
コワルの持つ端末を、シャリアとシムスが覗き込む。
そこからは、技術者二人とジオン最強のパイロットで議論が交わされた。
ジークァックスの機体とパイロットの話がひと段落すると、ワインを一くち口に含んだシムスが言う。
「そういえば、エグザベ少尉の専用ギャンを遠目ですが拝見しました。白兵戦特化の機体のようにも思いますが、中佐のキケロガのチューンアップについて思うところがありますので、明日にでも、お時間があるときに」
「分かりました。少尉もキシリア様の元に戻ることが

できて万感の思いでいることでしょう」
「……」
「あら、コワル中尉？エグザベ少尉について気になることが？」
エグザベの話になって口を噤んでしまったコワルに、シムスが聞く。
「あぁ…いえ」
ちらりとシャリアを伺うコワルに、シャリアは苦笑いする。
「シムス大尉。私はね、エグザベ少尉と寝ていたんですよ。それをコワル中尉は気にしてくれているようです」
「あら…そうでしたか。少尉は、彼の望む情報なりを手に入れることが？」
情報戦において、対象と肉体関係になるということは珍しくもない。
シムスが曲がりなりにも驚いているのは、シャリアがそういったことを躱すことが上手いからだった。
エグザベは優秀なパイロットだが、シャリアや自分達が望むような情報は持っていないだろうと言外にシムスは言う。
「さて…私は尻尾を出したつもりはありませんけどね」
「中佐はエグザベ少尉を気に入っているようでしたが…」
コワルが渋面を浮かべて言った。
「えぇ、まあ。彼は真っ直ぐな青年でしたからね。それにパイロットとしては紛れもなく天才です。彼が十全に己の機体を操れば、私の身も危ういかもしれません」
まるで歌うように呟くシャリア。
「……死に場所を探されるのはやめて頂きたい。私たちは貴方だから従っているのです」
「そんなつもりは…いや、どうかな」
否定をしようとして考え込んでしまったシャリアを見

て、コワルとシムスは顔を見合わせる。
「彼とは…エグザベ少尉とはウィスキーを飲み交わしました。彼がジークァックスを奪われて、軍警に捕まったのを迎えに行ったときです。あの時彼を引き入れようと思えば、出来たかもしれません。けれど彼はキシリア閣下に掬い上げられ、育てられ、彼女に感謝をして生きている。その思いを上書きしてしまうようなことは酷く罪深い気がしたのです。私たちの目的、目指すところにキシリア閣下はおられないが、彼女の成したことに救われた人間もいる。そうであるならば、いつか彼と私が敵として相対する方が良いと思ったのです」
「お互い殺し合うことになった方が、健全な関係だと仰るのですね」
「…大尉の言葉は鋭いですね」
シャリアが胸を押さえて苦笑いする。
「それに…」
シャリアはワインの入ったグラスを透かし見る。
「若いニュータイプが私を否定するならば、そのニュータイプが望むまま生きる世界があってもいいと、私は本気で思うのですよ」

　シャリアの自室を辞し、シムスとコワルは互いの居室に戻る前に、格納庫のキケロガの前に立っていた。
「……私のキケロガが必ず中佐をお守りするわ」
コワルは静かに佇む灰色の機体を見上げながら、シムスの言葉に頷いた。