久志田渉
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久志田渉
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安吾の故郷、西大畑に2007~15年迄住み暮らし。シネ・ウインドに出入りして早21年。新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「月刊ウインド」編集部、「安吾の会」事務局長、「舞踊家 井関佐和子を応援する会」役員。俳号・偏窟。1984年生。本業会社員
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楽しみにしていたイリナ・グリゴレさんの新著『みえないもの』(柏書房)を買い求める。この人の文章を読んでいると、初めて旅した海外であるルーマニアやシビウのことは勿論、子どもの頃の感覚、本や民俗学に親しんできたことなど脳裏に浮かび、ゆっくりゆっくり考え込んでしまう
「月刊ウインド」3月号、完成しました。私の連載「わたしと日本のあいだには」は、松重豊監督「劇映画 孤独のグルメ」について。新たな映画作家の誕生を寿ぐ内容です。松重監督も大ファンのアキ・カウリスマキ監督が作った映画館を巡る「キノ・ライカ 小さな町の映画館」紹介文も担当しております。
キム・セロンさんの訃報に、打ちのめされる。ペ・ドゥナさんとの競演作「私の少女」での純真と狂気を体現する凄まじさ。「冬の小鳥」や「アジョシ」も良かったが、私が韓国映画の豊穣さを身体で覚えたのは「私の少女」だったと、改めて思う。どんな俳優として未来を描いてくれるかと願っていたが。合掌
小森はるか監督「ラジオ下神白」歌による緩やかな連帯を実現した、プロジェクトの記録。原発事故で移住を余儀なくされた高齢者達の記憶が、「歌うこと」によって湧き出してくる。矍鑠と生を楽しむけい子さんや、ブラジルを追想する清さんの情感に泣きつつ、この交流を途絶したコロナや国策にも思い至る
京都の大垣書店で見かけて、購入を迷った『九龍城探訪』を、やはり求めるくらい「トワイライト・ウォリアーズ」は刺さった。アクションの本筋以上に、あの「共同体」「アジール」たる九龍城の描写と、その象徴のようなルイス・クー、暮らしの描き方に脱帽
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」劇中、新自由主義と極右の台頭に絶望する人物に思考では共感しつつ、それでも人を肌感覚で信じたい、もっと細やかな連帯で未来を見たいと反論するジュリアン・ムーアの姿にもひたすら打たれた。「トワイライト・ウォリアーズ」共々、厭世感に立ち向かう勇気を貰った
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」馥郁たる傑作。映画の終わりが近づくことはティルダ・スウィントンの主人公の死を迎えることであり、ジュリアン・ムーアの友人同様、観客もその心づもりをしてゆく。アルモドバルの筆づかいと呼びたい巧みな構成、ティルダ様が体現する人の矜持。ハン・ガンの小説のよう。
ついティルダ様と呼んでしまうくらい、この俳優が好きな者には、至福のような一作。千変万化する彼女の役者としての凄み、人の矜持を全身で語り尽くす姿勢に、ひたすら見入るのみ
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」失われた街と其処にあった暮らしの息吹を再現する志、寄る辺なきもの達の緩やかな連帯を、見事な面構えで見せる俳優陣に引き込まれ、物語の面白さを越えて、落涙してしまった。人々の尊厳を奪うものに、力を寄せ合い、場の地力で勝つ展開に胸がすくよう。
そしてタマフル・アトロクリスナーとしては、橋本吉史元プロデューサー瓜二つの「王九」フィリップ・ンの大怪演に悶絶。カラオケシーンの調子に乗りっぷりが堪らない。そしてラストの大決戦、否応なく「タマフルtheMovie」終盤が重なって不思議な気分に。サモ・ハンに若松孝二監督の面影も浮かんだ
あまりの大雪かつ新幹線も遅延の為、Noism埼玉公演千穐楽に向けて移動中。今日は深谷に泊まることにする。鈴木卓爾監督の「ジョギング渡り鳥」や、入江悠監督の諸作の聖地。丁度深谷シネマで鈴木清順の「東京流れ者」を上映中なので立ち寄らねば
2021年1月、Noism京都公演前以来のような猛烈な雪。日曜・埼玉での「円環」千穐楽の為、明日出発するか思案中
てらさわホークさん&大山くまおさんのシネマ野郎「ダブルダイナマイト」を愛聴しているが、聴ききらずにいた「ゴジラ−1.0」回、GHQ不在は「日本国憲法」を無き事にしたい故ではの指摘に唸る。名前を出したくない元構成作家の作家の特攻隊映画との共通性や戦争責任の黙殺など、お二人の視座に聴き入る
朝、出掛けにradikoで聴いた松重豊さんの「深夜の音楽食堂」遠藤憲一さんゲスト回が滋味深く、また聴いてしまう。エンケンさん選曲の10-FEET「ヒトリセカイ」には「バイプレイヤーズ」を思い出して泣きそうに。映画「鬼平犯科帳」文吉役の血生臭さに衝撃を受けた子どもの頃からの時間も思いつつ
京都5泊目。きざみうどんとお稲荷さんで朝飯を済ませる。延暦寺や奈良行きなど遠出も考えたが、丁度節分会が市内各地である為、自転車で廻ろうかしらん。ティルダ様主演の「イン・ザ・ルーム・ネクスト・ドア」も観たい故
Noism「円環」滋賀公演。三作共に強度を増しているが、「宙吊りの庭」の身体と舞台美術、音楽の磨き抜かれた調和には、改めて涙止まらず。金森穣的精緻さとは、舞踊家達の同時多発的な振りと、それが波及し合う際の哀歓にあると改めて。「にんげんしかく」も笑い声多し。樋浦くんの「アレ」には驚いた
「月刊ウインド」2月号、会員の方には届いた頃かと。連載「わたしと日本のあいだには」社会や世界に参ったこころを、狂気で勇気づける「極道恐怖大劇場 牛頭」と「Chime」について、ホラーが苦手なくせに書いております。大先輩・恩田雅和さんの長期連載と同じ頁に恐縮しつつ
6年ぶりで広隆寺へ。参拝客も疎らで、弥勒菩薩さんをじっくり拝見する。コロナ禍も社会の荒廃も思わずにいた頃とは違って、弥勒さんの「美」に打ちのめされた
恵文社一乗寺店で、斎藤真理子さんの『在日コリアン翻訳者の群像』を入手。近くに「せんなり」というお食事処を見つけて飛び込んだが、鯖味噌・出汁巻き・エビフライの日替わり定食が旨い。小鉢ひとつひとつ、然りげ無く良い
新幹線で無事京都へ。飛行機キャンセルの分、倹約せねば。昨晩は山乃家という食堂で出汁カレー皿とかやくごはんで軽く一献。そして京都の朝はイノダコーヒから。いつものインコさんが居なかったが、寒い時期はお部屋におり、元気に鳴いていると聞いてひと安心
今朝の新潟発始発の伊丹行きは、雪の影響で欠航。明日も不安な為、半休を使って新幹線で京都を目指している。東海道新幹線のぞみが空いており、のびのびと。
もう一日乗り越えれば、Noism滋賀公演の為の京都4泊。京・大津とも行きたい場所が多いが、それにも増してあの割烹の定食、あの南インド料理屋さんのミールス、あの喫茶店のコーヒーと、欠かさず行きたいお店が浮かんでいく。京都が好きなのは、そういう店と風景が積み重なるからかと
どなたか全く同じことを書かれていたのを見つけられないが、radikoで「森本毅郎スタンバイ」を聴く際、前番組を少しでも聴かないように再生を始めるタイミングが、熟練の域に達していた。今朝の放送の片桐千晶さんの押し付けがましさの無い締め方含め、TBSラジオにとって良い決断だったのでは
それにしても藤沢周さんの「ブエノスアイレス午前零時」、ミツコを岸田今日子、カザマをオダギリジョー、宿の社長を蟹江敬三で映像化されていたらと、妄想してしまう。当代の俳優陣に疎い故、どうしても懐かしい人を思い浮かべてしまう
友人が奔走している「老ナルキソス」試写会の試写に顔を出したが、作品の伸びやかさに唸る。田村泰二郎に昨今なかなか居ない「老優」の矜持を感じ、また東海林監督のセクシャルマイノリティを殊更に特別に描かないタッチも清々しい。異性愛独身者の私もしみじみ。全編観終えて、また感想を
ゲンロンでの富永京子著『ビックリハウスと政治関心の戦後史』を巡る富永さん・宇多丸さん・古川耕さんの鼎談を聴き始めたが、本論に頷きつつ、古川耕さんの「児童文学」論に心打たれる。「ダサさ」を超えて未来を生きる人たちに何を伝えるか。井上ひさしやチャップリンを発見した幼い頃を思い出しつつ
木曜からの京都行き(実に11回目)に備えつつ、森崎和江『能登早春紀行』、沼野充義『ロシア文学を学びにアメリカへ?』、奈倉有里・逢坂冬馬『文学キョーダイ!!』など購入。丁度奈倉さんの『夕暮れに夜明けの歌を』を読み返していたところ故。モスクワやサンクトにまた行ける日は来るだろうか