ごまだんご
gomadangooisi.bsky.social
ごまだんご
@gomadangooisi.bsky.social
次の引っ越し先要望
・騒音が少ない
 バイクの音、お祭りの音対策
 大通りや公園沿いではない
・セキュリティが安心
 ドアロックがしっかりしている
・玄関周りで臭いが特にない
・ベランダが広い
 物干し竿がちゃんと置けるくらい
・キッチンが広い
 まな板と乾かすところが両立するくらい
・部屋の雰囲気、気持ち灰色のところ
 雰囲気的に落ち着くため
・全体的に綺麗
・何階でも良い、角でなくても良い
・家賃6、7万
 同棲するならまたそのときに考える
・職場から近い
 30分くらい
November 14, 2025 at 11:18 AM
いろいろやった結果、過去を振り返れば、あのときああしておけばという後悔は意外と残らず、残るのは単に自分の性格がビビりだったという結論だけかもしれない。そしてそれでいいのだと思う。ビビり上等。それが自分の性格だと思う。変えなくていい。なぜなら、いろんなことを後ろから眺めながら、考慮に入れながら、バランスを考えることが自分の性分であり、つまりいろいろビビらなければならなかったから。自分のちょうどいい、を目指してここまでやってきた自分が誇り。
November 11, 2025 at 3:01 PM
青森出張の2次会のBARで会社の上司は、価値がわからないとボヤきながら一杯何千円のウイスキーの注文を渋っていた。素直に自分は嫌い、と言えずこういう言い回しになるのは、毎日値段と睨めっこの副作用で、根底に値段が高い=みんながいいと思う=自分もいいと思うべきという価値観が刷り込まれたからだ。価値観とは世界に対する評価感、姿勢であり、テンションである。何もしなくても人の価値観はブレていく。なぜなら見える世界がブレているから。若い頃に色んなものを見る、とは、ブレやすい自分がブレる世界を見てまたブレることだ。見る世界か、自分を固定すれば価値観もはっきりする。ある期間ある程度必要だが、いずれ限界がくる
November 9, 2025 at 3:15 AM
我々はすぐにゲームに夢中になってしまう。すぐ言葉に夢中になってしまう。ゲームの外にもゲームがあり、言葉の外にも言葉があると認識してしまう(=他人と比べ、なんでも文句が言えてしまう)。記号の外にある、写真、修正されていないもの、体の反応、表情など事物そのものが大切だ。行動、冒険しなければいけない。にこにこ笑ったり、落ち着いたり、、
November 7, 2025 at 1:37 AM
livin on a prayerのIt doesn't make a difference if we make it or not.という歌詞は本当だ。過去、やっておけばよかったことを仮にやっていたとしても、そのときの自分が心地よいだけで、世界は何も変わらない。過去には過去の「現在」が存在し、そのとき心地いいと思ったことをやっていただけ。過去の後悔は現在のリターンを鑑みているだけで、現在に縛られすぎている。未来もそう。何をやってもそんなに状況は変わらないから、世界が良くなる方向に、宗教的にやることをやろう。完璧主義の皮を被った上へ上へ主義に気をつけよう
November 7, 2025 at 12:04 AM
今度会ったらこう言ってやろう、つまり、自分がもっと社交的で現実的で、早々に人とたくさん行動を共にし、その中でもろもろの現実を受け入れ、自分との折り合いがついて、自分のちょうどいい真ん中の生活を目指す許可が自分の中で出るような人間であれば、あなたの友達に会ったときに自分の息子も最近結婚してね、と話に入って自慢できるような母親になれただろうに、ごめんねと。残念ながら自分はそうじゃない。もっと時間が必要。申し訳ないが、自分の人生の舵は自分で切るよ
November 3, 2025 at 10:36 AM
過去に嫌なことがあったと、他人か自分が言ったのを聞いたら「今はどうなの?」と聞き返す。今は大丈夫って返ってきたら、よかった、って返す。今がいいなら良い。本当にそれだけ。過去は変わらない。変えられるのは今や未来だけ。いずれ寿命を迎えるのに、過去に囚われるのがもったいない。過去の埋め合わせのために現在を生きない。未来を想像しない。これは自分を含めたあらゆる人間との約束。これが分かり合えない人、つまり、いつまでも嫌なことを言う、やる人とは心理的距離をとる。意地悪、って言ってみる。これが分かる人、人生の時々で自分と同じような価値観で、同じような選択を取る人とだけ付き合う。そういう人を選ぶと自分に誓う。
November 2, 2025 at 11:07 AM
性格悪っ!犯人みっけ
離れるのは心理的距離でいい
November 2, 2025 at 9:03 AM
振り回されるな。振り回せ
November 1, 2025 at 10:32 PM
「粗」という漢字を使う熟語が気に入っている。粗塩、粗利、粗筋、粗方、粗削り、粗挽き。粗方わかったら教えて、粗削りでいいから送ってなど、だいたい、大雑把で、という意味がある。粗塩に粗挽き胡椒、大体いい意味で使われているような感じがするのは気のせい?僕はこれを人生に求めたい。荒削りな人生、プライベートも仕事も大体でいい感じで、USJのライドみたいな充実があること。適当に、とは違う。おそらくこの粗削りな人生には細かな部分の詰めが必要だ。でもなんとなく分かる。上手くいかなくてくだらなくて悔しくて、人生は有限だとショックを受けたとき、自分の使命、支えてもらう人、自信は必ず目の前に現れることを。
November 1, 2025 at 8:51 AM
統計学により、この時期にこの国のこの地域のこの家族に生まれると、こういう容姿で生まれ、こういう環境、教育され経験し何歳までにこういう考えが育つといった、人生の枠組みのようなものは算出できる。しかもそのデータはほぼ正確で、何をやっても大体その範囲に収まるようになっている。でも、その統計学が掬いきれない経験に対するその人独自の解釈もまた存在しこの理系と文系のバランスで世界は回っている。行動は解釈で決定する。統計に抗える手段は細分化のみであり、皆と同じく大体こんな感じでは絶対に幸福にならない。毎秒幸福を目指す、上へ上への売り上げ史上主義は必要ない。が、不必要な損は身体に影響があるので被らない方が良い
November 1, 2025 at 8:29 AM
一歩が踏み出せないとき、自分に「言葉が好きなんだろうね。」と言ってみる。言葉そのものに目が行って、やるべきことを見失っている。言葉とはツールだ。例えるなら木の棒。行動に移せないとき、木の棒を箱に入れ部屋で愛でているような状態だろう。やりたいことはそうではない。本当の目的は、果物を取る、松明にして前を照らすことだ。やるべきこと=目的と言葉=その手段の区別を思い出そう。目的は使命を果たすことだ。自分の使命は、自分の能力を世界に返すこと。そのために言葉という道具を使って、言葉で相手の心は響き、動く。相手の心が響かないとき、言葉の外=行動とリンクしていない。自己分析、雑談は木の棒を振り響かせる練習だ。
November 1, 2025 at 8:01 AM
プライベート、仕事、人生はライドだ。ライドとはUSJにあるアトラクション。事細かく見て、解釈するんじゃなく乗ってわーっと楽しむ。全て風景にすぎない。乗ったらゴールまで降りられない。途中下車はなし。1番大切なのは乗り物。乗り物が速いのか遅いのか、何を見せてくれるのか。充実した人生は、そもそもライドであることを認識すること、そして、ライドを選ぶところから。閉園時間は決まっている。迷ったらとりあえず乗ってみる。
November 1, 2025 at 7:38 AM
となりの雑談を聞いて、付き合う人は自分で決めていい、そして、自分はそれだけの経験、自信を備えていると気づいた。これまでの人生でやるべきことはもう十分やったのだ、と。人に支えられて、何かを頑張って成功することもできた。そう思えたら途端に体の内側から暖かい気持ちが湧いてきた。もしなんらかの理由で明日世界が終わりを迎えても、全く悔いのない人生だったと思う、そんな余裕も。あとは何をやってもよいのだ。仕事をしてお金を稼ぐこと、誰かと付き合うこと、今後やることなすこと全て、やることをやったあとの、死ぬまでの暇つぶしであり、それによって世界は何ら変わらず、ただ自分が慶び、自分の能力は世界へ還っていく
October 27, 2025 at 1:15 PM
ビジネスはコンテンツを解体する。細分化して金に変える。舞台から降ろさせる。つまりコンテンツ化とはぼやかすことだ。面白くさせるとはぼやかすすこと。
October 26, 2025 at 12:09 AM
大人になるとは、子供を守れるようになること
October 18, 2025 at 10:37 PM
サボりながらいいものを作りたい
October 18, 2025 at 10:09 PM
永遠に生きたいのね、あなたは
October 18, 2025 at 8:35 AM
小さな革財布、小さな黒い肩掛けバッグ、シンプルなシャツ、ズボン、香水、レコード
October 18, 2025 at 1:21 AM
些細でいい。自分ができることを書き出す。それは言葉であり嘘だが、自分の身体を想像しペンを持って書くことはそのものが意思を伴う身体行為だ。〜のせいで動けないと自分の身体が介在しない世界を言葉で訂正し、欲望=身体の蓋をこじ開ける。意思とは身体と時間の有限性の自覚で、身体感覚だ。まず身体がくる。次に言葉。最初の身体感覚を言葉で思い出す=こじ開ける。1番簡単で有限性を自覚する行為=些細なできることを書き出す。蕎麦食べたくないなら早く言ってよ=さっさと身体動かしといてよ。身体=責任。自分の身体、能力を世界に返す使命、宗教観(他者は関係ない、他者を介在させない)で動く。それならなぜ身体は存在するのか?
October 15, 2025 at 11:23 PM
となりの雑談、言葉の力を使って、言葉の外の世界=身体の世界へ連れ出すポッドキャストだと思う。繰り返される自分と相手の境界線を把握する、プールの枠を決める、という話は、つまり言葉=虚構の世界から脱出する、虚構と現実をきちんと区別する、青春=テストの世界から卒業する、ことを言っている。これはあまりに大事だ。大事すぎるからこそ、脱出できていない人を責めることはできない。では、虚構を通過しないと現実は分からないこと=文学の役割とは、どう接続するんだろう。はて、、
October 14, 2025 at 1:11 PM
となりの雑談 72
〜されたという被害者意識。羨ましい感情は自分のもので全然持ってOK。それを相手のせいでと思う人。相手にも感情があることを知らない。土を出ず、相手のプールで泳ぐ。
お昼に蕎麦を食べたいと言われ拒否出来ず、蕎麦屋で蕎麦が嫌だと言われることが嫌という話。
言葉に身体性が宿っていない。現に蕎麦を食べる=身体の反応で拒否出来た。それを会話でできるか。ラグを縮められるか。
習慣でなんとかなると思う。常に、はて?と思うこと。身体=時間の有限性を味方にする。言葉には限界があると言い聞かせる。言葉には言葉の担当がありその先は身体の問題だと割り切れるか。終業の鐘を鳴らす、言葉のターミネーターへ
October 12, 2025 at 11:35 AM
人生のほとんどは本来、楽しめるものだ。楽しみは言葉以外から生まれる。言葉の中で楽しみを完結させない。言葉には、明るい部分を担ってもらう。それ以外を担っているなら、それは言葉が限界を迎えている
October 11, 2025 at 8:18 AM
過激だなあと思うコンテンツも、興味がなくなってきた。本当に最近、身体がバランスを求めているのが分かる
October 3, 2025 at 6:41 AM
君は色んなことが気になるだろうけど、大切なのはひとつだけ掴みにいくことだ。何かを作るときだってそうだったじゃない。周りのことはどうでもよくて、まず最低限の目的を達成して、そこから見てくれを修正していったはず
September 26, 2025 at 11:27 PM